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第三話 家庭教師

「お嬢様、申し訳ありません」


……目の前で頭を下げるセバスにため息を付きそうになるのを堪え、頭をあげさせる。


「セバス、あなたが悪いわけじゃないじゃない。お父様がそう決めただけなのよ」


「しかし、このセバスの力及ばず……」


「いいの。そんなに気にしないで。念の為と家庭教師をお願いしてみたけど、勉強は書庫の本だけでも出来るし」


二週間程前に家庭教師の手配を父親に依頼したが、先日私とセバスへ返信が来たのだ。

手紙を書いて返信が来るのは初めての事だったのでドキドキしながら開けてみると、そこには短く否と書かれ、セバスへの手紙は見せて貰えなかったが、反応を見る限りお叱りのメッセージが書かれていたのだろう。


私の中で父親への評価が地の底に落ちた出来事だったが、しかし尚も頭を下げ続けるセバスに参ってしまった。


「むしろ私のわがままのせいで貴方までお叱りを受けてしまったのだから、こっちが謝りたいぐらいなのよ?」


「しかしお嬢様、罰を下さらないと収まりがつきませぬ。どうか」


「そんな事言われても……」


罰といっても、ここで本当に罰を与えたら私の風評が悪くなる。そんな事普段のセバスなら分かるはずだが、少々周りが見えなくなっているのだろう。

ふと、セバスのことを考えていたらある事を思いついた。これは名案とばかりに私はセバスに命ずる。


「ならセバス。貴方確か武術には一通り精通していたわよね?本来来るはずだった家庭教師の代わり、貴方が勤めなさい!」


腰に手を当て、ビシッと指を指す。

セバスはと言うと、珍しくも目を真ん丸に見開くほど驚いたようで、


「し、しかしお嬢様は魔術や語学専門の家庭教師をご希望の筈では……!?」


「座学はいいの。もしその気があるならそっちも教えてくれて良いけど。でも、折角ならセバスの得意分野を教わりたいわ」


「は、はぁ……」


セバスは暫し考え込み、しかしすぐ承知しいつものようにお辞儀をした。


「では、これからはこのセバスめが、お嬢様の家庭教師を務めさせて頂きます。このセバス、魔術はからっきしですが、他の教養も心得がある故、お望みになられるならば」


「受けてくれるのね。勿論教えられる事は全部教えてもらうから。これからよろしくね」


私はセバスが元の凛とした執事に戻ったことに満足し、ならば早速と本を開いた。





※※※※※※



セバスが家庭教師になってから九ヶ月。突然父親から便箋が届く。


『メアリー、お前の希望通りに家庭教師を手配した。宮廷魔術師の資格を持つ素晴らしい教師だ。我がヴィオラクィラ家の名に泥を塗らぬように』


それだけ。手紙を書く上での作法など知らぬかのように殴り書きされた手紙が一枚。

セバスは自分の事のように喜んでくれはしたが、私は正直腹が立っていた。

何がヴィオラクィラ家に泥を塗るなだ。

今まで放置してきた癖に。

今はセバスによる剣術訓練の途中だが、つい恨みが握る拳に篭ってしまい、セバスに咎められる。


「お嬢様、今日はお加減が優れませぬか」


「……いや、何でもないわ。ごめんなさい、続けましょう」


「……ふむ。剣筋に乱れが出ております。力任せでは男性に勝てませぬ。剛では無く、柔をもって主導権を握るのです」


セバスが剣を縦に構え、私は心を落ち着けて打ち込む。しかしするりするりと受け流されて全く手応えがないが故に、どうしても苛々がぶり返してくる。


「……お嬢様、今日はこの辺に致しましょう」


「いや、まだ行けるわ」


「駄目です。そんな状態で剣を振るえば悪い癖がついてしまいます。また明日、落ち着いて稽古致しましょう」


そう言ってセバスは私の返事も待たずに片付けを始める。私は暫し手に持った木刀を眺めた後、父親への憎しみを思いっきり握り込み、振り抜いた。


「お嬢様、後三時間程で家庭教師の到着予定時刻です」


「はぁ、分かったわ。ちょっと汗を流してくるから、メイドに着替えを頼んでおいて」


「承知しました」



私の手紙には特に何も書かれていなかったが、どうやらセバスの方には詳細が書かれていたようだ。私はお湯に浸かりながら今朝教えてもらった事を思い出していた。


我が家、ヴィオラクィラ家は名門の有力貴族だが、私を産んだ後中々子宝に恵まれなかった。

私が産まれてからそろそろ十一年。これから男子は難しいと考えた父は、念の為に私にも後継としての教育を受けさせる気になったらしい。


ざまぁみろ、大馬鹿者と思う気持ちもあれば、何を今更、と思う気持ちもあり、そして向こうの都合とはいえ初めて私の要求が通った喜びも、少しだけある。

もやもやとする気持ちに体を預けるように、湯船に頭を沈める。


(……せめて頼んだ時に了承して欲しかった)


沈んだ先で目を開ければ、ややウェーブがかった黒髪が漂っている。

前世の事は思い出せないが、何となく見慣れたその髪色に、前世では普通の事だったのだろうと思わされた。


しかし、今この世界では、私の黒髪は忌むべき凶兆。いくら私が動こうが、この認識は変えられないだろう。

果たして新しい家庭教師は、私を受け入れてくれる?

そう弱気な考えが頭を過ぎる。


いけない。今から弱気になっていたら、変えられる運命も変えられなくなってしまう。

淀んだ気持ちを振り払うように湯船から立ち、頬を叩いて気合いを入れる。


やるしかないんだ。最善を尽くさなければ、待つのは破滅のみ。

世界を変えるならまず一人から。おそらくセバスが準備してくれているが、私も早く準備した方が良いだろう。


浴場を出て体を拭いた後、メイドに身支度を整えさせる。

今回私は初めてフォーマルなドレスを着る故に、父親から送られてきたドレスを着ることになった。しかし、メイドに着替えをして貰いながら、私は心の中では愚痴を吐いていた。


私は、今日葬式に参列するのか?


いや、この国では葬式は白のみで、黒は罪人だったか。しかしそれにしてもそういう風にしかしか思えないような真っ黒なドレスを、本当に私の父が選んだのかと頭を抱える。


「……ねぇ、このドレス、どう思う?」


「え……、あっ!はい!とてもお綺麗でございます!」


メイドに意見を求めるのが大間違いだ。そういえばゲームの中の私も趣味の悪い黒ドレスを好んでいたが、これのせいかと納得してしまった。


「はぁ……今度セバスにちゃんとしたドレスを買ってもらいましょう」


コルセットは嫌いなので緩めにしてもらい、着替えを終えた私はセバスが準備しているであろう応接室に向かう。

すると、何故か応接室から喋り声が聞こえてきた。焦って時計を確認し、まだ予定より四十分程早い事を再確認してから、応接室に乗り込んだ。


「セバス!どうしたの?」


「ふん、貴様がメアリー・ヴィオラクィラか。十八分二十六秒の遅れだ」


私を目に入れるなり偉そうにそう話しかけてくる男こそ、今回私の家庭教師になる宮廷魔術師の名は、アルフレッド・サフィルアベイユ。前世のゲームでは攻略対象として登場し、あまり私と関わることがない人物だが、着実に私の学院での地位を下げる工作をしてきた底意地の悪い男だ。

しかし何、いまこの男は聞き捨てならない事を言った気がしたが。


「お言葉ですが、遅刻とは何の事でしょうか。予定では16:30からだった筈ですが……」


「はぁ、これだから近頃の子供の面倒は見たくないんだ。宮廷では予定より一時間早く行動する、これが常識だ。今までろくに社交界にも出席せず自堕落に生活していただろうが、私の生徒となるならばこれからは世間のルールに従って貰う。理解したら返事をしろ」


偉そうにソファにふんぞり返り返事を催促してくる。流石の私もこれは堪らない。


「へぇ、成程。私世間知らずでして、知らなかったのですけれども。社交界では時間は浪費する物なのですね。大変勉強になりますわ。しかし私自堕落なりに忙しいもので、あまり時間に余裕がありませんの。もし我が家で教師として教えてくださる気があるのなら、私のレベルに合わせて教えてくださらないかしら。アルフレッド先生?」


つい、早口でまくし立ててしまう。言った後にやってしまったと気付くがもう遅い。

この男はこんなでも父親が選んだ家庭教師なのだ。もし父に告げ口されればどうなってしまうか。

控えたセバスも流石に焦ったのか私を視線で窘める。

直ぐ謝罪しようと口を開きかけたら、


「……ほう、噂によらず歳の割に口が利くようだな。気に入った」


突然愉快そうににやりと笑い、そうかそうか等と呟いている。全くついていけず疑問符ばかりが頭を過ぎるが、そんなことは気にも掛けず彼は愉快そうに言葉を続ける。


「いやいや、中々服の趣味は悪いようだが……まあ、そう怒らないでくれ。本来普通の家庭教師なら本気で常識を押し付けてくるところだったのだからな。まぁ私は常々その風習は時間の無駄だと感じていたんだ。理不尽に否を突き通せる人間は得難いし、口が利くのも頭が回る証拠だ。まぁ後先考えぬ所は見受けられるが、許容範囲だろう。貴様なら私の授業に付いてこれるだろうし、私の教育法の正しさを学院に示すいい機会だ。そもそも学院の魔術教育はここ数十年発展していない。それもこれも高度な術式ばかり教えて基礎を疎かにするから研究が進まないのだ。戦時中でもあるまいしそう即戦力に拘る必要性は全く無いと言うのが分からんのだ」


先生は饒舌に自論を語りかけてくる。どうにも興が乗ってしまったようで、もう止まらないようだから私は考えるのをやめ、軽く聞き流すことにした。





「……だから、私は学院の幹部会には常々違和感を感じていたのだ。しかし頭の硬い連中の事だ。私が何を言っても聞き入れはしないのだろう。ところでだが、そういえば私は本来宮廷での常識として定着していた風習に習った訳で、その知り得ることが出来た筈の常識を実行しなかった貴様に落ち度があると思うのだが。私は貴重な十八分を失った訳だが、何か申し開きはあるか?」


あっ、気付かなかったが、セバスのネクタイが新しく質の良い物になっている。後で褒めておこう。


「ん?おい、聞いているのか?私が聞いているのだが」


しかし急にどうしたのだろうか。別に給料が良くなった訳でも無いし、セバスに限って横領など考えずらい。もしや、恋でもしたのだろうか……?いやいや、それこそないだろう。


「おい、何をぼーっとしている!メアリー・ヴィオラクィラ!貴様に聞いているんだ!」


「あっ、はい!私もそれはいい考えだと思いますわ」


「違う!……もういい。確かに私も話しすぎた。とりあえず、これからの話をしよう。家庭教師は付けていないという事だが、学院入学まで後約一年。どこまで学習が進んでいる?私に何を教わるつもりだ」


先生は途端に疲れたように話を進める。私は緩んだ思考を引き締める。


「はい。いいえ、確かに家庭教師として新しく人を雇ってはいませんでしたが、そこの執事に家庭教師を務めて貰い、剣術、馬術と、座学は魔術以外、基本までは終わらせてあります。魔術に関しては書庫にあった魔術書を読み齧った程度です」


「成程。何故女の身で武術をやっているかはこの際良いとして、歯抜けなのは魔術のみで間違いないなら良い。私は宮廷魔術師だからな。一応他の座学は一通りテストするが、あと一年貴様にはみっちり魔術をメインに叩き込んでやる。私の弟子を名乗るからには首席程度は取ってもらうからな」


先生はそう言って立ち上がると、左手を差し出して来た。私も応じるように立ち、その左手を取る。


「これからよろしくお願いいたします。アルフレッド先生」


「ああ、メアリー。貴様をこれから私の弟子と認め、誠心誠意を持って一流の魔術師にしてやる」



こうして、私に偉そうな家庭教師が一人増えた。最初はどうなる事かと思ったが、どうも嫌われる事は無かったようで安心した。

今日は運命を変えられた実感はなかったが、果たしてどう転ぶか。一寸の希望を信じ私は日記を閉じた。

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