第十一話 思い出の夜明け
「メアリー様!メアリー様、待って下さい!」
「リュシー!着いてきちゃったの!?」
王子達と別れて数十分、後ろからリュシーが走って追いかけてきた。
「駄目よリュシー。今すぐ戻りなさい。今から私が何するか分かってるでしょう?ダニスは知らないけど殿下ならきっと貴方を守りきってくれるわ」
「残念ながら、僕も来ちゃったんだよね」
巨木の陰からいかにも決めてやった様な顔で王子が出てくる。
「……殿下、私が何の為に逃げずに此方へ来たか分かってなかったのですか?」
「ああ。存分に理解しているさ。だけどね、僕は女子を身代わりにしてまで自分だけ助かろうとする程下衆じゃ無い」
「私がメアリー様を追いかけるって言ったら、ついてきちゃいました……」
「はぁ、ならダニスさんはどうしたのですか」
「彼は一人で帰ると思うよ。僕らが追い掛けるって言ったら彼は拒否したからね。置いて来ちゃった」
頭が痛くなってきた。これでは先程のやり取りは何だったのか。
「今ならまだ間に合います。三人で戦っても勝ち目はありません。私が時間を稼ぎますから、二人は今すぐ逃げて下さい」
「駄目です!メアリー様も一緒に逃げるんです!」
「それでは間に合いません。こうしている間にも奴は私達を探しています。見つかって手遅れになる前に、早く逃げてください」
「それじゃあ!……君はどうするつもりなんだい?ただあんな安い挑発の為に、命を捨てるつもりなのかい!?」
「そんなわけないでしょう!死ぬつもりなんて更々ありません!」
私の、行動と矛盾したようなその発言に、二人はキョトンとしたように固まる。
「じゃあ、秘策があるって言うのかい……?」
「あるに決まってるじゃないですか。無かったら馬鹿正直に向かっていきませんよ」
すると、ほっとしたように二人が胸を撫で下ろす。疲れたように笑いながら王子が私の肩を叩いてきた。
「なんだ、早く言ってくれれば心配せずに済んだのに。全く、君は意地が悪いなぁ」
「でも安心しました。それならメアリー様、私達は何を手伝ったら良いですか?」
「何言ってるんですか。お二人は帰って下さい」
「なんだよ、水臭いな。それとも僕の力を信用していないのかい?君も中々だと思うけど、僕は天才だよ?」
「わ、私は天才じゃないですけど……でも、きっと役に立てますよ!」
二人がわあわあと騒ぎ始める。やれ、僕は魔力量なら歴代最高だ、私は細かい作業が得意だと自慢大会が始まる。私は頭を抱えながら、夜の森で煩くされては敵わないと作戦の一部を伝える事にした。
「あのですね、私の秘策は一人じゃないと上手くいかないんですよ。能力の善し悪しではなく、人数が居るだけで邪魔になるんです。危険が無い訳では決して無いので、お二人は先に逃げて、救援を呼んで来て下さい」
そう。私の秘策は、一人じゃないといけない。
エペ・ヴィペルには、ある習性がある。それは、魔力探知が優秀すぎるあまり探知を始めると他の感覚を閉ざしてしまうという習性だ。
ただひたすらに獲物を追跡するハンターとなり、木があろうと池があろうと関係なく突き進む。そしてそれが弱点となることがままあるのだ。
そして、私はここまで来る途中に見つけた崖を中心にして、私の髪の毛を木の枝に巻き付け、魔力固定の星を脇に刻んだ物を設置して歩いていた。陣地内で私を上手く探知出来ない状態を作り上げる事で奴は感覚を全て失い、崖を滑り落ちる。落ちた先には罠をしかけ放題という訳だ。
だが、もしここに私のものでは無い異質な魔力があったとしたら?
すると奴は上手く捉えられない私から、鮮明に捉えられるそれへ目標を変更するだろう。
「だから、もし私が怪我をした時の為に救援を呼んでくれさえすれば十分なのです。割と時間もありませんし、早く行ってくれるとありがたいのですが」
私が苛立ちを隠さずに言う。すると流石に理解が出来たのか、王子は戸惑いながらも首を縦に振った。
「わ、分かった。じゃあ、助けを呼んでくるから」
「メアリー様、無理はしないでくださいね?」
リュシーが私の手を握って念を押してくる。全く、時間が無いって言うのに、すこしそれを嬉しく感じてしまう私がいた。
「無理はしません。リュシーも、気をつけて下さいね。夜道は危険が」
最後までいい切る前に、木が根から引きちぎられる音に遮られた。その主は勿論奴。その鋭い角が赤く光を放ち、空腹からか口からは唾液が零れている。
しまった。話し込んでいたせいで、避難も罠も間に合わなかった。私の魔力はジャミングしてあるが、それだけだ。そんな状態で崖まで誘導出来る気がしないし、落としても這い上がって来るだけだ。
奴が今、王子達の方を向いて口角を上げた気がした。そこからは考えるより先に動いていたと思う。
私は咄嗟に剣を抜き、奴の首を駆け上がりその閉じられた瞼の隙間へ剣をねじ込んでいた。
静かな森に、甲高い喚声が響いた。
私はその太い首に吹き飛ばされ、樹木に背を打ち付けられた。一瞬息が詰まり咳き込むが、しかしどうやらそれだけやった価値はありそうだ。
奴は左の眼孔から大量の血を流しながら、右の眼は開いてこちらを睨んでいた。
「リュシー!殿下!奴の探知が切れました!今すぐ逃げて!」
私が叫ぶと同時に、その巨体は地を捲りながら此方へ突進してきた。
少々胸が痛むが、私は踏ん張って左へ飛ぶ。
飛んですぐに樹木の影に身を隠し、奴を観察する。
(ジャミングが功を奏した。本当なら魔獣から隠れながら戦うなんて無謀もいい所だけど、左目、魔力探知を封じれたこれなら、少しはやり合えるかもしれない)
しかし、私の剣では奴の外皮を貫けない。上手く傷つけたとしても、そんなちまちまと戦っていたらいつか毒を貰ってしまう。
なら、私に残された有用な攻撃はなんだ。私は持っている荷物を確認する。
今私が持っているのは、長剣、鑿、ナプキンに水筒、火の魔石が二つ、水の魔石が一つ、粘土板……は、さっきの衝撃で割れてしまった。
この中で有用そうなのは、火の魔石か。これに拡散の星を刻んで奴の眼孔に突っ込めば、奴の脳髄をズタズタに出来るだろう。ナプキンに粘土板の破片と共に包めば、より効果があるかもしれない。
とりあえず、爆弾を完成させ、奴が隙を見せるまで時間を稼がなくては。王子達を追いかけられては困る。
私はまた髪を二本抜き取り、そして水の魔石に溶解の星を刻んで共に水筒に入れる。水筒自体には魔力固定、そして流動の星を刻んで私の血を塗る。剣で指を傷つけ、念入りに練りこむ。
これで、簡易身代わりの完成だ。これを壊されると私自身が呪いを受ける事になるが、背に腹は変えられない。
私は身代わりを送り出し、薮に隠れて火の魔石に星を刻む。
この作業は大変危険が伴う作業だ。拡散の星というのは、非常に暴発しやすい星なのだ。そして緻密に刻まないと不発にもなりやすい。なので一切の妥協なく、集中して掘り進めていく。
一秒が十秒に、十秒が一分に感じられる程に、集中しているのが実感出来る。その緻密な作業ですら、ものの数十秒で完了してしまいそうな勢いだ。
(あと少し……!あと少しで完成する!)
しかし、運命とは非情なものだ。時間を稼ぐ身代わりは早々に砕かれ、完成を待たずしてその赤い瞳に捉えられる。そして次の瞬間には目前に迫る巨体を回避しようと試みるが、頼みの綱の魔石に気を取られて、一瞬判断が遅れた。
次に見たのは、眼前に広がる大きな月。大きな夜空を浮遊したかと思えば、どんどん遠ざかり、次の瞬間には私は地面に叩きつけられていた。
咳き込もうとしたら、咳より先に血が吹き出す。内蔵が深刻なダメージを負い、恐らく肋骨も折れているだろう。
私は最後の力を振り絞り、満身創痍の体を何とか起こす。先には、やっと飯にありつけると涎を垂らしながら脚を踏み鳴らす奴。
ああ、私は失敗したのだ。そう理解してしまった。手元にはもう何も残っていない。ただ無抵抗に食われるしかないのだろう。
刻む様に響く足音に、覚悟を決めた私は目を閉じる。願わくば、友人達が無事であるように。
「喰らえ!ファイアーボールッ!」
叫びと共に、奴の顔が横にブレる。喚声が響き、奴は頭に付いた炎を消し去ろうと転げた。
「メアリー様!生きてますか!」
「リュ、シー。どうして」
「友達を捨てて、逃げれるわけないじゃないですか!これ、メアリー様の鑿と鞄ですよね!?何かできることありますか!?」
その鞄からは、私が無くした魔石の、もう片割れが出てきた。その石は、その叫びは、もう無くしたと思い込んでいた希望を、確かに運んでくれた。
「でも、リュシー。貴方、星は覚えているの」
「バッチリです!……とは言えませんけど!教えて下さい!私が刻みますから!」
エペ・ヴィペルの元では、王子がファイアーボールと剣で応戦している。ぎりぎりだが、時間は僅かに残されている。
「……分かった、わ。まず、安定化は出来る?」
「出来ます!私の魔力は水ですから、収束、流動を円状に刻むんですよね」
「そう……それで、中央に拡散を刻むんだけど、拡散は丁寧に、後、少し効率を下げて。安全に使う為には、必要」
「分かりました!すぐ終わらせます!」
私が見守る中、着実に星が刻まれていく。細かい作業が得意だと豪語していただけあって、リュシーの星はとても精密だった。
「出来ました!……これでいいんですよね?」
「ええ、素晴らしい出来。それを、あれの眼孔に入れて、起爆するの」
「ええっ!?そんなの無理ですよ!」
「じゃあ、私がやるわ」
「え、いやいやいや!そっちの方が無理ですって!休んでて下さい!」
リュシーは起き上がろうとする私を焦って押さえ付ける。折れた胸を抑えられ呻き、リュシーがまた焦るが、覚悟を決めたように立ち上がる。
「メアリー様、そこで見ててください。私だってできるって所を、見せてやりますから!」
そう言って、彼女は魔石を持って構えた。
私は嫌な予感がして、リュシーに声を掛ける。
「リュ、リュシー。もしかしてだけど、そこから投げて狙うつもり……?」
「うおおおりぁああああ!!」
盛大な叫び声とは裏腹に、投げられた魔石は優しい半円を描いて、竜の足元に落ちた。
「あああああ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
リュシーが膝から崩れ落ちて私に謝ってくる。泣きながら抱き着いて来る彼女を何とか払い除けて、私は叫んだ。
「殿下!その石を、左の眼孔に!」
「石、眼孔!?……これか!了解!」
何とか奴の攻撃を凌いでいる王子は、引き際にその石を広い、そしてファイアーボールを打った。
竜は咄嗟に傷を庇い、瞼を瞑った。そして、安全と無事を確認して、貧弱な人間種を心の中で笑いながら再度瞼を開く。瞬間、何かが自らの左目に入ったのを認識した。不快感を感じたが、砂埃か何かだろうと意識をそれから外した。
その直後、竜の意識は途切れた。
正確な軌道、タイミングで投げ込まれた魔石は、確実に奴の頭部を破壊した。
残存していた右目は飛び出し、左の眼孔は黒く焦げて煙が出ている。
暫くは自立していた体も、数秒後、大きな音を立てて倒れ込んだ。
「やった……のか?」
既に動かなくなった竜の、その首に剣を突き立てる。そして切り取った首を持って、初めて王子は勝鬨を上げた。
「うおおおおおおお!勝ったぞぉぉおおおお!ランクCの!竜に!僕達が買ったんだ!」
両手を突き上げ、大声で叫んでいる。空は白み始め、夜が過ぎ去ったことを告げていた。
「メアリー様、何とかなりましたよ……メアリー様?」
ああ。何とか皆生き残る事が出来た。もう言葉を返す気力も無く意識も絶え絶えだが、この景色だけは忘れる事は無いだろう。
そう、心に誓ってから、私は意識を手放した。




