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いつか異世界に行くよりも、貴女の冒険を教えてほしい  作者: きし
第一章 プロローグのプロローグのプロローグを教えたい
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第6話 授業の開始と転校生

 ――早朝五時。


 小学生の時から中学生、現在の高校生までの優和から考えてみると異常に早い時間だ。そもそも、夏休みのラジオ体操ですらギリギリの時間で起床していた彼女からすればこの時間はまだ夢の中の方が日常。

 油断していたら閉じてしまいそうな瞼に力を入れたら、次にやってくるのは恐ろしい眠気。首をフリフリして眠気を追い払い、広がる景色は見慣れた公園。

 昔から親しんだゾウの滑り台や年季の入ったシーソー、塗装の剥がれて元の姿が分からなくなったあ動物達の遊具が哀愁を誘う。

 強い自分を目指しての新たな門出にしては少し味気ない気がするが、冒険の始まりは大体シンプルな場所からのスタートが多いものだと自分に納得させた。

 いやいや、今はそれよりも優和には触れなければいけない異常事態があるのだ。


 「どうかしたのか、そんなに早朝の公園が珍しいか?」


 「どうかしちゃったのかは、エルデさんの方ですよ……」


 異世界にはまだ行ってないが、いきなりある種の異世界感がある人物が目の前に立っていた。

 ――ブルマ姿体操服姿のエルデだ。


 「前代未聞だな、いきなり失礼なことを言う生徒だ」


 「いえいえ、その恰好が気になるんですよ。前代未聞なのは、そっちの方だと思いますよ」


 「これは日本伝統の体操服だろ。現在、君が着ている学校指定の体操服と何ら変わらない」


 「ながーくひろーい目で見たらそうかもしれませんが、普通の目で見ると今はおかしな格好なんです!」


 「なんと! 過去のカーヴァネスの資料にはこれが運動をする際の正装だと……スクミズーセーラフークーブルマーが三大文化だと目にしたのだが……」 


 「その先輩には資料を作らせない方がいいと思いますっ」


 実はこの人、天然のだろうかと優和は考えてしまう。カーヴァネスの資料を作成した人が、にやにやしながら虚偽の情報を広げている姿が目に浮かぶ。

 腕を組むだけで強烈な色気がある色々アウトなブルマ姿でエルデは困惑しているようだ。


 「しかし、これしか日本風の服を持ってきていない。後日用意するとして、今日はこのまま訓練を始めることとする」


 「思春期の少年には目に毒ですね……」


 「――さて、幸いにも優和にはまだまだ猶予があるようだ。質問なら、これからいくらでもできるが、すぐに教えてほしいことはあるか?」


 「難しいですね、教えてほしいことか……」


 雰囲気から察して、何でもかんでも訪ねて時間を稼ぐような真似はできないことを優和は理解していた。とはいえ、ここで何も問いかけないというのもおかしなことなので、一つ訊ねてみる。


 「えーと、質問です……異世界に行くまで、どんな力が使えるか分からないなら、私の鍛える方法なんて分からないんじゃないんですか?」


 「有意義な質問だ、先生から3ポイントをあげよう」


 「そのポイントは意味があるんですか?」


 「意味はないが、ポイントをあげると言われた君の顔は凄く嬉しそうだったぞ。飴と鞭だ」


 「……その飴も目の前で取り上げられた気分ですね……」


 やっぱり、エルデさんは天然なのかもしれない。


「体を動かす前に、まずは知識の学習をしよう。朝一での勉強は余計なことを考え始める前の脳内に吸収させやすいからな……さ、本題に入ろう。まずは、これから優和が手にすることになるチカラ……ワールドパスが体に現れた者は体内に既に異世界で本来の能力を発揮する異能力であるアナザーアビリティと呼ばれる特殊能力を宿することになるのだが、優和がやらなければいけないことは分かるか?」

 

 「分かる気がしますが、分かりたくありません……」


 「また一つ教えなければいけないことができた、言いたいことははっきり言えるようにしなさい。……そのアナザーアビリティを伸ばすことが君の仕事だ。日本の子供に分かりやすく言うならゲームだって、レベル1で始めるよりも、最初からレベルが高い方が進めやすいだろ。一足先に異世界の訓練ができることを狂喜乱舞するしかないな」


 凄い能力が手に入ることはきっと良い事なのだろうが、凡人は逆立ちして世界一周しても魔法や特殊能力を使えることはできない。それを可能にして実用化のレベルまで持っていくのは、きっと優和の想像以上の大変な特訓になるのだろう。

 過酷な日々を考えて変な汗が流れてくれば、つい決心が緩んでしまう。


 「そ、そんなぁ……私……本音を言えば、異世界なんて行きたくないのに……」


 もじもじとする優和に、エルデは目を見開くと喝を飛ばす。


 「四の五の言うな、まずは基礎体力をつけるぞ。ランニング始めっ!」


 「え、え、え!? まずは特殊能力を伸ばす練習とかするんじゃ――」


 「――運良く特殊能力が重視される世界なら、それでいいかもしれない。もしかしたら、机上で全て終わる戦いや使命もあるかもしれない」


 大きな声ではないものの、優和の腹の底に沈むような低い声で自信なさそうな反論を止めた。そして、「しかし」とエルデは言葉を続けた。


 「魔法などの特殊能力の使用方法が実戦方式……つまり、戦闘をしてもらう為に優和を呼んだ世界なら強い肉体が必要になる。それに、特殊能力を使用するだけで大きく疲労する可能性だってあるんだ。結局、これからの能力が不確かな以上、最良の特訓といえば体力を鍛えることに尽きるのだ。――さあ、走れ走れ! ここで問答をしている暇はない! 優和、お前の異世界転移は既に始まっているのだ!」


 どこから取り出したのか、エルデは握った竹刀を振るった。


 「ひ、ひええぇぇ~ん!」


 びゅぅんと空を裂く音に縮み上がりながらも、もたもたと優和は走り出す。


 「ちゃんと充分に走ったと判断するまでは、ゴールは無いと思えっ。無論、スピードも緩めるのは許さんっ」


 「ス、スパルタだよ……」


 酷い内またで走り出す優和にエルデも並走する。ぎょっとする優和を無視して、エルデは汗一つかくことなく容赦のない助言を浴びせる。


 「フォームが崩れている! フラフラせずに、ちゃんと真っすぐ走れっ。無理して早く走ることはないが、確実に持久力とスピードを上昇させるように意識をするんだ! 敵に向かう時も離れる時も、足の速さや持久力は必ずプラスに働くんだ! よーく噛みしめて、走るようにしろ! 返事!」


 「ひゃ、ひゃぁ……い」


 「まだ数十メートルしか走っていないのに、何だその声は! 返事を求められた時はきちんと声を出すんだ! 精神的にも肉体的にも、走りながら声を出すことは良い働きをしてくれる! 何より、魔法や呪文の類を声に出して戦う異世界だってあるんだ! 戦う前に体力が尽きているようなら、話にならない! もう一度、返事!」


 「――はいぃ!」 


 優和の頭の中にはブルマ姿のエルデと並走するシュールな自分の姿にツッコミを入れる余裕はなくなっていた。



                    ※



 「つ……疲れたよ、澪奈ちゃぁん……」


 遅刻ギリギリで登校して早々、机に突っ伏しながら自分の前の席の澪奈に情けない声を漏らす。

 体を反転させて優和の姿を目にした澪奈は訝しそうに言った。


 「どうしてそんなに疲れているのよ……。髪には泥付いているし」


 澪奈は優和の頭に付いた汚れを手で払い落とした。


 「うぅ……澪奈ちゃんのなじみ深い優しさが身に染みるなぁ」


 「寝坊で遅刻しそうになっている時以外で、こんなに疲れ果てた優和は初めて見るわ。困っているなら、話を聞くわよ。……いいや、それ以上かも」


 「じ、実はね……聞くも涙語るも涙の波乱万丈な運命が巻き起ころうとしているんだよ……」


 危うく自分が異世界転移者になった不安を吐露してしまいそうになった優和は、咄嗟に「なんでもないよっ」と両手を口に当てた。


 「何か怪しい……」


 「たははー……」


 不審そうな眼差しで見つめる澪奈に冷や汗をかいていた優和だったが、幸いにも呑気なチャイムの音に救われる。


 「気になる気になる気になーる! モヤっとさせたからには、ちゃんと教えてもらうからね!」


 「は、はぁい……」


 HRが終わる頃には、何か言い訳を考えないとといけないなと心に決めた優和は救いの女神とも言える担任の先生が入ってくる扉を開く音に顔を上げた。

 担任の川馬田かわばた先生は、今年三十歳になる眼鏡の似合う女教師だ。気の弱そうな垂れた眉毛と分厚い眼鏡のせいで、何かと生徒からは砕けた扱いを受けることもあるが、大人がくだらないと一蹴してしまいそうな生徒の悩みも真摯にアドバイスをくれるので、生徒達からの信頼関係は良好だった。

 だが、いつもの川馬田先生が入ってくる日常の光景はいつもと違うものだった。


 (先生と……どなた?)


 そう首を傾げたのは優和だけではない。先生の背後からやってきたのは、派手な金色に染めた長髪をポニーテールにした少女。担任である川馬田先生よりも強い存在感を放つ。

 気の弱い優和なら一瞬で分かるある部類の人種だ。


 (不良だ、ヤンキー的な人種の人だよ……)


 不良、ヤンキー、怖そう、そんな感想が誰が口にしなくても教室内の生徒達の心中には渦巻いていた。

 天然の優和から一見しても、教師の後ろから続いてきたのは素行の悪そうな女子生徒。教壇じゃなければ、今から公開説教の一つでもされるのではないかと想像してしまう。しかし、それはありえない。

 その女子生徒のことは誰も知らないからだ。


 「えー、皆さん……急なことですが、新しいクラスメイトが増えます。では、大鐘さん自己紹介をお願いします」


 予想していたことだが、クラスの半数が貧乏くじを引いたと思っていた。


 「はい」


 思いのほか素直に大鐘と呼ばれた女子生徒はチョークを握り黒板の前に立った。


 「ちーす」


 ちーす? チーズの訛りだろうか。好きな食べ物がチーズと言おうとして、うっかりちーすと言ってしまったうっかりちゃんなのだろうか。……と、どうかそうであってほしい気持ちで優和は見守った。

 煩わしそうに大鐘は担任の方に目線を送る。残念ながら、優和の願いは砕け散り、どうやらそれが挨拶だったらしい。


 「あ、あの……大鐘さん。せっかくクラスに打ち解ける為の最初の挨拶なのですから、ちゃんとしておきましょう……」


 大鐘の事がよほど怖いのか、おどおどしながら川馬田先生が注意をする。学生時代にガラの悪い人に対して良くない経験でもあるのか、いつも体を小さくさせる先生がなお小さい。

 ただ、普段の川馬田先生を知っているクラスメイト達からすれば、一生懸命に不良に立ち向かう姿には胸が熱くなってくる。

 しかし、現実は無情だ――。


 「――あ? 何か言いましたか?」


 「……ちーすでいいです。ちーすっ、いいですよね」


 (川馬田先生は、簡単に屈した。……でも、私は先生を心の中で全力で褒めてあげようと思った)


 それから、大鐘を空席に座らせた後、何故か川馬田先生が大鐘の自己紹介をする謎の時間が始まった。

 転校生の名前は、大鐘志保おおがねしほ。家庭の事情で転校してきたらしい……以上。

 情報もなく恐怖だけが広まる大鐘志保の周囲には休み時間になっても誰かが近寄ることもなく、ただ一人ずっと窓の外を眺めている姿が目に留まった。

 このクラスは全体的に性格のいい子が集まっているとは思うが、それでも大鐘志保の放つ近寄り難い雰囲気に話をすることも阻まれている様子だった。

 まだ初日なのだから、少しずつ慣れていくはずだと優和は遠巻きに眺めながらぼんやりと考えていた。まあ、放課後まで筋肉津で机から身動き一つできなかったのが理由だが。


 ――優和こそが、志保の転校の目的だったとは知らずに。

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