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いつか異世界に行くよりも、貴女の冒険を教えてほしい  作者: きし
第一章 プロローグのプロローグのプロローグを教えたい
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第4話 異世界への水先案内人

 「ただいまー……ありゃ?」


 帰宅した優和は玄関には足首まで丈のある革靴が置かれていた。ぴっしりと両足が寸分違わず並んでいる所を見るとよほど几帳面な性格の人物らしい。

 扉の開く音にも気付かずに、話に夢中になっているらしい二人の笑い声がリビングの方から聞こえてくる。

 初対面のお客さんが居るなら優和は緊張してしまうので、本来ならあえてこっそりと部屋に上がってしまうのだが、年の離れた娘と父親が二人して談笑できるような人物に興味が湧いてきた。

 意を決してリビングの扉に手を掛け、そっと顔を覗かせながら挨拶をした。


 「二度目のただいまーアンドこんにちはー……んんん?」


 「ああ、帰ったかい。ちょうど優和にお客さんが来ていたところなんだ」


 立ち上がり何か説明をしようとする父の翔真だが、それよりもリビングのテーブルに翔真と妹智悠の向かい側に座る人物には見覚えがあった。というか、見覚えしかなかった。


 「――おかえり、優和」


 「えぇ――!? さっきのお姉さん!?」


 優和の前には凛とした面持ちで先程自分をトラックから助けてくれた銀髪の女性が居た。


 「お姉ちゃんが帰ってくるのを待ってたんだよ、二人は自己紹介したの?」


 「いや、まだだ」


 「それなら、私は夕飯の続きがあるのでどうぞごゆっくりお話ください」


 軽く会釈する女性にとりあえず優和も会釈しつつ、お茶を淹れる為に立ち上がる智悠と入れ替わるようにして座った。翔真と優和に対してエルデと呼ばれた銀髪の女性が対面する。


 「実はな、優和――」


 説明しようとする翔真をは手で制し、真っすぐな眼差しで優和を見据えた。


 「――ここは、私の口から」


 「助かります、やはり詳しい方の口からが説明しやすいでしょうから。それでは、よろしくお願いします」


 (何だろうこれは、家に帰ると抜き打ちの家庭訪問が行われていて、既に親と先生の間で雰囲気が出来上がっていたようなこの感じ)


 理解が全く追いつかないまま、美しすぎる女性の顔をまじまじと優和は見つめる。

 咳払い一つすることなくエルデは表情を変えるだけで、その場の雰囲気を変えた。彼女が新たに言葉を始めるよりも、目線や気配だけで放つ空気感だけで今から説明が始まるのだと優和どころか一度は耳にしているはずの翔真ですら身を固くした。


 「まずは自己紹介をしよう、名前を知ることこそが人間関係の小さく見えても当人同士には大きな一歩になる。私の名前は、エルデ・カーヴァネス。――異世界転移者専門家庭教師機関カーヴァネスに所属している」


 「いせか……え、ほぇ?」


 「異世界転移という言葉は知っているな?」


 家庭教師と名乗るだけあって、授業中でもないのに説教を受けるような不思議な圧を優和は感じながら応答した。


 「は、はい……えーとですね……急に体の一部に紋章が浮かんで……その紋章が濃くなればなるほどに異世界転移をする日に近づいて……異世界に行っちゃう病気?」


 「病気か……そういう判断をする研究者も居るようだな。しかし、テレビの知識だけなら概ね間違っていない、そこまで説明できるなら自信を持って発言するようにするんだ」


 「えへへ……褒められちゃった」


 「優和、お父さん的にはたぶん今のはあまり褒められていない気がするぞ……」


 観察するように優和の顔と翔真の顔を見比べて、何か察したように目線を一度テーブルに落とせば再度のんきそうな顔をした優和に眼差しを向けた。


 「百年に一度、いや、数十年に一度の間隔でかなり昔からこのような異世界転移は起きていた。歴史上の偉人達も異世界転移を経験してきた者も少なからずいる。子供の頃に目立つような逸話を持たない偉人が成長してから才覚を発揮するのは、異世界から帰還後の影響だと言われている」


 「あ、そういえば異世界から帰還した人達はみんな特殊な能力を持っているんでしたよね?」


 「単純に身体能力が高くなる者も居れば、知恵に長けた者や君の言う通りに特殊能力を手にれる者も居る。こちらの世界で創作物で広く知られている魔法使いになる者も珍しくはない」


 「魔法! 何だか、ふへへぇ~すごい楽しそうですね~」


 優和の脳裏にはフリフリの衣装を着て杖に跨りステッキを振ることで、何もない大地に綺麗な花を咲かせるイメージが浮かんでいた。


 「さすが日本人だ。幼女向けアニメのような想像をしているところ悪いが、異世界は高確率で別世界の勇者に助けを求めるほど危機に瀕している。大半の転移先の異世界は、命懸けの冒険の旅になるんだ。未帰還者という言葉は、耳にしたことはあるだろ?」


 喉に太い魚の骨が刺さったような重苦しい沈黙の後に、優和は静かに「……はい」と頷いた。

 未帰還者とは読んで字の通り異世界に転移したまま帰ってこれなくなった人のことだ。転移後に帰ってくる間隔は人それぞれだ。異世界とは時間の流れが違うので一瞬で帰って来た者も居れば、数年、十数年掛かった者も居るらしい。居るらしいというのは、この異世界転移というのが広く知られるようになったのはここ数年の話だからだ。

 異世界で旅をするというのは、全て物語の世界の出来事だった。完全なフィクションだったはずのそれは、人知れず起きていた。異世界転移をした者達が、命を失って帰還できないのかあちらの世界が好きになって帰還しないのかは当人達にしか分からない。


 「あ、あの……その話と私に何か関係ありますか?」


 「薄々は気付いていそうな顔をしているが、その前に私の仕事を説明しよう。先程も言った通り、私はカーヴァネスという組織に所属している。カーヴァネスは、異世界に向かった者達の生存率を1パーセントでも上昇させる為に転移するその日まで教育することが仕事だ。……言いたいこと分かるな?」


 ぎくりとした優和は目を泳がせて智悠に目が行く。


 「ええぇぇぇぇぇ!? 智悠なの! 智悠なんですね! やっぱり、智悠は私の自慢の妹だもん! 智悠なら、異世界でもきっとうまくやっていけるよ! エルデさん、さすがお目が高い!」


 「ごめんねーお姉ちゃん、智悠じゃないんだよ。でも、智悠はエルデさんが教え子になる人は絶対にやり遂げると思っているよ」


 申し訳なさそうな智悠が優和の苦手な物を出した時のような軽いノリで答えた。

 がばっと稀に見る素早い動作の優和は次に父の翔真を見た。


 「お父さーん! お父さんなんだね! やっぱり、お父さんは優しいし包容力もあるし料理も上手だし思春期の娘とも仲良くやってる! お父さん世代で、ここまでのコミュ力はないよ! よっ! 異世界を渡るコミュニケーションおばけ!」


 「むむむ……ごめんよ、優和の期待には応えられそうもない……」


 眼鏡の上の額に汗をびっしりと掻きつつ翔真は気まずそうにしていた。


 「いい加減に現実を受け入れろ、優和」


 「ミー?」


 「ユーだ」


 じれったさそうにエルデが言えば、優和に対しての視線にははっきりと聞き分けのない生徒への眼差しが込められていた。


 「い、いやあぁぁぁぁぁ! 無理、無理、無理だってば! 私ですよ! ドジでおまぬけな私ですよ! 異世界に到着したら三秒で天に召しますよ! ○ラクエでスライムにボコられる私がですよ!? RPGなら次のターン待たずして即死になっちゃうダメダメユニット決定ですってば!」


 「――そうはさせない」


 「エルデさん……?」


 空気が一変するのを優和は感じた。厳しくも優しくも逞しくも、そんな複雑な輝きをエルデの瞳の奥には灯っていた。


 「君が無事に帰還する為に、私は全力を注ぐ。カーヴァネスの者達はいい加減なことを言わない、必ず帰還できるなんてもってのほかだ。そんな身勝手なことは言えるはずがない……だが、私はあえて言わせてもらおう。――君を異世界に送り届け、無事に帰還者にさせよう」


 「エルデさぁん……」


 真摯なエルデの眼差しに優和の気持ちが傾きつつあった。――が。 


 「まあ、無事に生きて異世界に転移する日を迎えられたらの話だがな」


 「うわあああああぁぁぁぁぁん! やっぱり異世界行きたくないよおおおぉぉぉぉぉぉ! うおえええええぇぇぇぇぇ!!!」


 「きゃー! お姉ちゃんが吐いたぁ!?」


 「はっはっはっ! 嬉し吐きか? とんでもない芸当だな」


 「昔から優和は緊張すると吐いちゃうんですよ~」


 「なに呑気なことを言ってんの! お父さん!」


 それから翌日の朝までの優和の記憶はない――。

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