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いつか異世界に行くよりも、貴女の冒険を教えてほしい  作者: きし
最終章 エピローグのその先を教えたい
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最終話 《私達は》教えたい

 ――それから数年が経過した。


 澪奈と志保は高校を卒業し地元の大学に通っている。

 元々優等生だった澪奈と猛勉強の末、著しい学力の向上を果たした志保はもっと良い大学に通えたのだろうが、それを蹴って二人はこの街に居る。理由は語る必要はないだろう。

 その理由は決して二人には重荷にはならず、ただ当然のように二人はそこに居るのだ。例え、年老いることがあろうとも二人はこの街に住み続けるだろう。

 あの日旅立った優和の顔が毎日のように目に浮かぶ。あの選択は正しかったのか間違っていたのか、どちらにしてもそれを選択したのは優和本人だ。責任の所在なんてどこにもありはしなかった。


 「姉様」


 私を呼ぶ声に顔を向けると、女性らしくなったセアラがそこには居た。

 心配そうな表情でこちらを見ている。どうやら、惚けた顔をしていたせいで不安にさせてしまっていたようだ。


 「セアラか、すまない。穏やかな日々に気が抜けていたようだ」


 縁側に降り注ぐ陽光に目を細めながら言った。


 「姉様はいいんですよ、他の誰よりも頑張ってきたのですから」


 安堵したように微笑むセアラに笑いかける。


 あれから、私はカーヴァネスを辞めた。

 セアラを連れて、優和の居場所であるこの街に二人で引っ越してきた。幸いにも優和の家の近所に二人で住むにはちょうどいい広さの空き家が見つかり、今はそこに二人で住んでいた。

 一度カーヴァネスの肩書を持つことになると世間一般の日常には戻れなくなるものだが、フィルメを単身で潰した功績もあり異例中の異例で二人は異世界転移者を指導する者からただの姉妹に戻ることができたのだ。


 「少し……散歩をしてこようと思う……」


 「では、私もお供しましょうか!」


 「はは、それはありがたい。けれど、そろそろ学校のテストも控えているんじゃないか」


 「そ、それは……」


 言い淀むセアラにエルデは今一度苦笑すると、視線を下げるセアラの頭を撫でた。


 「ついでに買い物もしてくるさ、今はいつだって散歩ぐらいはできるからな」



           ※



 家を出て、河原を歩くと桜が待っていることに気付いて顔を上げる。

 道に沿うようにずっと桜が続いていた。

 ひらひらと舞う桜の花弁を一枚だけキャッチすると、そっと息を吹きかけると風に流れて上昇した。


 「なあ、優和……私は何度この桜を見たら、お前に会えるんだ……」


 誰も答えてくれることはなく、ただエルデの頬をそっと風が撫でた。


 二人はずっとここには居られない。いつかは澪奈と志保も進路を考える時が来る。その時、きっと二人は優和を優先して考えるはずだ。その時は、例え何があっても二人には自分の事を優先してもらわなければいけない。その為に、私はここに居るんだ。


 その後、少しだけ遠回りをしてから、私は家路に着いた。



           ※



 それから、またいくつか季節が流れた。


 想像していた通り、澪奈と志保はこの街から離れたくないと言った。

 二人を説得するのは大変だった。しかし、少し反則だとは思ったが、優和の名前を使うことで二人の意見を強引に抑えることに成功した。

 やはり優和は凄い、何年経っても二人の心の中にこんなにも強く居座っている。

 早く帰ってこい、本当の居場所はそこじゃないだろ。



          ※



 季節はまたいくつか経過した。

 桜の季節よりも少し早い時期に、澪奈と志保が家にやってきた。

 久しぶりの来客は特に騒がしい二人だ。


 なんと、二人は結婚すると言う。

 結婚、異世界以上に異世界な響きだ。しかし、この異世界は私の考えているよりもずっと幸福な世界になるに違いない。

 結婚式の招待状を受け取った私は快く了承した。


 早く戻ってこい、優和。ギリギリまでお前の友人スピーチの出番は空席にしておくらしいぞ。



          ※


 またしばらく時間が過ぎた。


 一つ変化がある。

 ここで私は塾を開くことにした。

 カーヴァネスの時に稼いだ貯金には一生遊んで暮らすぐらいの余裕はあるが、これは日本で教師になったセアラからの勧めだった。

 一人で過ごすことも多くなった私にセアラが何かやらせたくなったのだろう。

 こんな年増の女の家に誰か習いに来るのだと鼻で笑っていたが、これが思ったよりも好評だった。


 最初は三人だけだった子供達が二桁になった。

 自分でもよく理由は分からないが、今時らしからぬ教育方針が逆に評判を呼んだらしい。

 世の中は分からないものである。

 これからまた、騒がしくなりそうだ。


 優和、どうやらお前が最後の生徒ではなさそうだ。



          ※


 あの子……優和、と別れてからもう何十年も経ってしまった。

 帰りが遅すぎる気がするが、のんびり屋な優和のことだから時間が掛かっているのだろう。


 気付くと塾は少し大きくなり、生徒達も何人も替わった。


 数人の塾講師を雇い、今では子供達が学ぶ姿を楽しむ年寄りになってた。

 隠居した身には、子供達と接することが何よりも健康の秘訣になる。


 そういえば、セアラが言っていた。

 澪奈と志保がおばあちゃんになるらしい。

 おかしくて笑ってしまった。

 想像してみろ、とうとうあの二人がおばあちゃんだぞ! 優和の繋いだ友情は今も続いている。これから先も、孫になっても絆は消えることはないだろう。


 ふと日記を書いた自分の手を目にする。

 しわしわな手は、私もすっかりおばあちゃんだ。


 優和、これでは君も孫のようだね。



           ※



 ――私はもう長くはないらしい。

 澪奈、志保、セアラの孫まで見れた。

 充分、長生きをした。


 一つ心残りがあるとしたら、優和に会えなかったことぐらいだろう。

 もしかしたら、もう優和は……いや、考えるのはよそう。

 最期に優和に会えないとしても、彼女を信じて待ち続けると決めたんだ。



           ※



 最期は自宅を望んだ。

 私は二度の改装をした我が家の天井を見上げていた。

 ここで目を閉じるとあの温かな時間と懐かしい空気が走馬灯のように目に浮かぶ。


 幸せな生涯を過ごせたのかもしれない。

 正義を信じて間違いを犯し、他者を傷付け、ひたらすらに生徒の帰りを待った。

 なんということだろう、これはまさしく――夢と希望に溢れた人生だ。

 そんな人生を私は確かに優和から貰ったんだ。


 「――エルデ先生」


 顔を横に向けると、そこには澪奈と志保、それからエルデの孫娘達が居た。

 私は三人に頼んで、車椅子に乗せてもらい外出をすることにした。

 騒がしい三人のお喋りを耳にしながら、あれから形の変わった街の景色を眺めていた。

 もしも優和が帰還したら、きっとこの街の姿にびっくりするだろうな。でも、大丈夫だ。ここには澪奈と志保とセアラ、それに三人によく似て真っすぐに育った孫娘達も居るんだ。寂しい思いはしないはずだ。


 三人に、もう一つ頼み事をした。それは、優和の自宅に連れて行ってほしいという願いだった。


 三人は祖母達に訊ねに向かったかと思えば、何故か澪奈と志保とセアラも一緒に優和の家に向かうことになった。

 あの家に、もう誰も住んではいない。しかし、智悠が姉が帰る場所が必要だと、ずっとそのままにしてくれていたのだ。優和の見込んだ通り、智悠は大きな会社で女社長をしながら日本の経済界の重鎮となっていた。彼女の力を考えたら、実家の周辺を昔のままにするなんて、別に難しいことではないだろう。


 「あ――」


 誰かが、声を発した。おばあちゃんの声だ、いや、みんなおばあちゃんか。

 つまり、この中のどれかのおばあちゃんが発した声だったのだ。


 「どうかしたの?」


 孫娘の誰かが訊ねた。

 昔よりも視力は落ちているんだ、誰か教えてくれ。


 「先生、前を……見て……ください……」


 先生と呼んだのは、紛れもなく志保だ。

 年を取ると昔よりも、やたらと先生先生と言ってくるようになった。


 「何を、泣いているんだい……?」


 泣いていたのは志保だけではない、澪奈も同じだ。

 はて、と首を傾げて言われた通りに前を向いた。


 「――えへへ、みんな、エルデ先生……ただいま!!!」


 ――あの頃と変わらない姿のままで、あの日別れたあの子が笑っていた。


 みんなが彼女に駆け寄り、おかえり、おかえり、おかえり、と抱きしめた。

 呆然とする私は、自分の本当の最期の願いに気付いた。


 「……貴女の冒険の話を教えて」


 小さくなった私の声は届いたのだろうか、いいや、彼女は聞き逃すことはない。大切なことは、いつもちゃんと聞いている子だった。


 「うん、私の冒険を教えるね」


 笑顔の優和は、そうやって私の手を握った――。 

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