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いつか異世界に行くよりも、貴女の冒険を教えてほしい  作者: きし
第四章 優和は彼女に教えたい
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第20話 決着

 目覚めると優和は自室のベッドで眠っていた。

 体は重たいものの肉体は志保と戦う前よりも活力に溢れている気がする。精神的な疲労から回復はできていない感覚だが肉体はすこぶる調子がいい。このアンバランスな状態は合宿明けに経験したそれだった。

 最初に時間が気になり辺りを探ると、時計が目に入る、もう夜の十時だ。いつかのエルデに出会った時のような時間帯だった。

 傷一つない肉体にエルデの凄さをしみじみと実感させられる。

 程なくして部屋に二度ノックの音が響いた。

 どうぞ、と優和は深く考えることもなく応答した。


 「入るぞ、起きたようだな」


 エルデが来るのは何となく予想していた展開だったが、その後ろから澪奈と……志保までやってくるのはどうぞのぞの部分で開いた口を閉ざすタイミングを失う程の驚きだった。


 「し、志保ちゃん……」

 

 また喧嘩になるんじゃないかとびくつく優和だったが、これまた予想外に俯き気味にもじもじしている志保の肩をエルデが叩いた。


 「志保、最初に言うことがあるだろ」


 驚愕することに志保は心底すまなさそうにあのツリ目を垂らすと頭を垂れた。


 「ごめんなさい、許してもらえるとは思ってないけど……今の私には謝罪することしかできない。貴女が望むなら、どんな罰だって――」


 「――そんなことどうだっていいよ!」


 「ゆ、優和っ!?」


 奇声じみた声で優和の名前を澪奈は叫んだ。

 歓声を上げながら志保に抱きつくという思ってもみないリアクションで返す優和に志保は硬直して動きが取れなくなっていた。


 「だって、志保ちゃんがごめんなさいしたってことは、もう戦わなくていいってことだよね!」


 「そういうことになるな」


 いつもの調子で優和の発言にエルデが応じる。


 「なら、これで私達はようやく友達になれるってことだね!」


 眩しい笑顔を向けられた志保は複雑そうに顔を逸らした。


 「……私に友達になる資格はない……。エルデ……せ、先生から過去の理由を教えてもらって私は誤解をしていたことに気付いた。先生は悪くはない……。それで済む話を私はフィルメにそそのかされて、憎悪を膨れ上がらせて、無関係な優和やその周囲を傷付けようとしていた……反対に憎まれても好まれるようなことはしていない……」


 「そうだね! 嫌いなっちゃうのが普通だよね!」


 相変わらずの笑顔で志保から体を離した優和は真っ直ぐとした眼差しですぐに言った。


 「――だからこそ、なおさら友達になりたいんだよっ!」


 「正気……?」


 「うん、そんなに強い気持ちで私にぶつかってくれる人なら凄く仲のいい友達になれると思うんだ」


 目を合わせられないままの志保は静かな声のトーンで応じる。


 「ぶつかった気持ちが憎悪だとしても?」


 「でも、その強い憎しみは元々は誰かを想う気持ちだったり正義感から来たものだったんでしょ? それなら、私には全然問題ないよ。それどころか、そういう人だからこそ友達になりたいて考えたんだ」


 「……私の事を何も知らないのに?」


 「知らないから知りたくなっちゃう。あ……でも、唯一知っていることがあるとしたら、志保ちゃんは本当は真面目な子でエルデさんの事が大好きってことぐらいかな?」


 「なっ――何言ってんの……!」


 耳まで顔を真っ赤にした澪奈が顔を上げるとその視線の先のエルデと目が合うと首から上をトマトのように朱に染めた。

 女の子らしい仕草の志保に優和は笑みをこぼす。

 温かな雰囲気に包まれる空間の中で、どうして志保とエルデが仲直りをしたのか、そして、エルデが志保の異世界行きを阻止した理由がなんだったのかそうした知らなければいけないいくつかの事実がどうでもいいものになっていた。



                  ※



 ――優和が目覚める数時間前まで遡る。


 優和の自宅までの帰り道で優和を背負ったエルデ、治療を施された志保、気まずそうな澪奈の三人が歩いていた。

 一番タイミングを探していたのは、もしかしたらエルデの方かもしれないと後になって澪奈は思う。

 世間話でもするようにエルデは口を開いた。


 「志保、あの時は君を一人にしてすまない。……君はやはり本当の事を知らなければならない。その責任がある。……これから真実を語るが、もしかしたら君にとっては良くない話になるかもしれない。……それでも真実を聞くか?」


 「もちろんよ」


 即答した志保の声に先頭を歩いていたエルデが珍しく緊張しているようだった。


 「私は、席を外そうか?」


 「構わない、この話を聞いてから澪奈にも私の判断の正当性を判断してほしい。……あの日、志保が異世界に向かうと知った時――」


 ――それからの内容は、澪奈と志保を驚愕させて動揺させた。

 予想していた内容よりも、それはずっと、優しく、残酷で、あまりにエルデらしからぬ行動だったように思えた。


 話を聞き終えた志保は震える声を発した。


 「そ、それが……本当の真実なの……」


 「そうだ、好きに私を糾弾していい。他人から見れば愚行と言えるのかもしれないからな」


 「愚行なんて、そんな……」


 無関係だと思っていた澪奈ですらも、エルデによって突きつけられたある事実に思わず発言していたが、その続きは自分が喋ることではないとすぐに閉口する。

 その続きを語るのは志保、もしくはいつか真実を知るであろう優和の役目だと考えたからだった。


 「エルデ……いや、先生。私に先生を叱責する権利はない。だって、優和と戦って負けたからには過去の人間でしかない。ここで貴女を怒ってしまえば、」


 彼女の予想の斜め上だった真実を聞きながらも志保が冷静なのは、優和の戦いの影響なのは明白だった。

 エルデは優和を背負ったままの背中を向けたままで次の言葉を待っていた。


 「判断をするのは優和よ。でも、もう無関係である私から一つお願いをするのなら……今度は異世界に行く前に先生がやろうとするその愚行をちゃんと教えてあげて。そこまで聞いてから、最後の判断は優和に任せてほしいの。……私が希望するのは、それだけよ」


 真摯な志保の言葉にエルデはただ沈黙を保ったまま歩き続け、数分してから小さく「ああ」とだけ呟いた。



                 ※



 ――場所も国も変わり、それからいくらか時間が経過した。

 ただ生きるだけなら短い時間、優和にとっては少し長く感じるぐらいの時間、どちらの時間も等しく均等で大切な日々なのだとエルデは思う。


 「――戦いというのは、虚しいものだな」


 周囲は暗く夜は深く豪雨とも呼べる激しい雨粒の中、崩れた建物の瓦礫の上でエルデは静かに呟いた。

 眼下にエルデが見下ろすのは、身動き一つしない無数の人間達。彼らの生死はエルデのみしか知らない。ふと一人だけ瓦礫の中から這い出して立ち上がった。


 「どうして、ここが……」


 漆黒の長髪の女は顔に張り付いた前髪の隙間から、全身が濡れていること以外は泥一つ付いていないエルデを見上げた。


 「私はそれなりに万能なんだ。僅かな痕跡からここ――フィルメのアジトを探し当てるぐらいさほど難しいことじゃない。志保に接触したのが運のつきだったな」


 名前も知らない漆黒の髪の女はフィルメのボスだった。

 過去に二度異世界へ渡り同時に二つの世界の異能力を巧みに操ることができるフィルメの中でも最強の異世界転移者だ。そんな彼女、いや、彼女を含めたフィルメの異能力を扱う者達が束になって挑んでもエルデには傷一つ負わせることはできなかった。


 「どんな力を使ったんだ……はは、これでも私は……フィルメの異世界転移者の中で……最強と言われていたんだぞ……」


 「そうだな、確かにお前は強かった。けれど、最強ではなかったという話だ。成長を止めてしまったお前の敗北だよ」


 あまりの格の違いに漆黒の髪の女は愕然としながら吠えた。


 「簡単に言ってくれるな! これでも、私は2度異世界へ渡った! その私を倒すだと! そんな馬鹿な――」


 「――6回。私は6回だ。今の会話の流れなら説明しなくても分かるな」


 「ろく……は……?」


 断言するエルデの言葉に漆黒の髪の女の思考は停止した。

 異世界に渡ったことのある者なら、異世界での理不尽な扱いも知っていた。

 身勝手に転移した異世界から迫害や差別の対象にされることもあれば、その世界の政治の道具に利用されることもある。世界に歓迎されることもあるが、その割合は半々と言えるだろう。それ故に過酷な旅を経験して廃人になる人間も少なくはない。

 精神を狂わせるような地獄の世界へ6度も渡る神経を持ち合わせている目の前のエルデと名乗る人物を前に漆黒の髪の女の常識が粉々に壊されていく音が聞こえていた。


 「異世界に6回も渡った者なら、私達のやろうとしていることも分かるはずだ! 理不尽に私達を転移する異世界に復讐をするんだ! 利用されるだけ利用されて、心を壊された者達もいる! 理不尽な思いをした私達が立ち上がらなくてどうする!」


 血反吐を吐きながら強引に声を張り上げる漆黒の髪の女の姿は痛々しいものだったが、それをエルデは真っ向から受け止めて淡々と応じる。


 「しかし、本当の意味で助けを求める人達が居ることも私は知っている。だから、世界を超えるんだ」


 「どうして……お前は、そんな揺らぐことない気持ちで戦えるんだ……!」


 「私は先生だからな」


 騒がしい雨音の中で耳を疑うような言葉が漆黒の髪の女に届いた。

 このエルデという女は最初の異世界で狂わさられた一人に違いない、そして、どこまでも正義の体現者であろうとしている。言葉のやりとりは、もう彼女に届くことはないのだろう。

 その時、漆黒の髪の女の脳裏にある疑問が浮かぶ。


 「どうせ、私はもうだめだ……。最期に教えてくれ、どうやって6回も世界へ渡った……。私のは完全に事故のようなものだったが、お前は自分の意思で向かわないと6度もいけないはずだが……」


 しばらく思案していたエルデだったが、荒い呼吸の中で咳き込みながら吐血する女の姿に観念したように口にした。


 「答えは告げたつもりだった。――私は先生だからな」


 答えに行き着いた漆黒の髪の女はその残酷な真実に体の力が抜けていくようだった。

 その場に両膝をついた漆黒の髪の女は雨音が大きく聞こえてくるのを感じ、自分の最期を知った。


 「……昔は私の髪は金色だったんだ」


 「……奇遇だな、私も金色だったんだ」


 はっとした表情で顔を上げた漆黒の髪の女は、そのまま事切れていた。

 エルデは漆黒の髪の女に近づくと体を横たわらせて、開いたままになっていた瞼をそっと手で落とした。


 「お前はこの世界で悪だったかもしれないが、お前の歩んだ世界ではきっと英雄なんだ。……2つの世界を救った女なんてそうはいないぞ」


 もう彼女には聞こえていない鎮魂の言葉を告げたエルデは、静かに雨の中に身を委ねていた。



 ――この日、カーヴァネスの敵対組織フィルメは壊滅した。

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