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いつか異世界に行くよりも、貴女の冒険を教えてほしい  作者: きし
第四章 優和は彼女に教えたい
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第19話 その手が拳だとしても……

 優和が土の山に身を隠してから数分、遂には土の山は完全に消えていた。そこには僅かばかりの盛り上がった大地がいくつかあるだけだった。

 さすがに志保も疲弊したのか肩で息をして、じっと優和が身を隠していた場所を凝視する。


 「さすがに死んだ……いや……」


 あれだけ身体能力を高めていた優和のことだ。こんなに簡単に粉々になるのも志保にとっては都合が良すぎる話に思えた。

 念のために風の大玉、それもひと際巨大な球体を宙に作り上げた。圧縮した竜巻を躊躇なく志保は優和の隠れていた場所へと降下させた。


 「死体も残さないわ、これは私なりの善戦した貴女への敬意よ! ――超竜巻玉ぁ!」


 風の巨大な球体が落下し地面に激突した直後、内包した竜巻が大地を切り裂き上空の雲を突き破って周囲に全身を打ち付けるような風の余波を残す。後に残ったのは一人の少女を肉片よりも細かな状態にした後とは到底思えないほど澄み切った黄昏の空が出現した。


 「さようなら、エルデの教え子。……さて」


 志保が振り返ると風の落ち着いた後だというのに、空地の角の木にしがみついたままの澪奈に視線を移す。

 つい数分前まで口論していた志保と同一人物とは思えないほど落ち着いた声で睨みつける澪奈を志保は見据えた。


 「逃げなさい、どこか遠くに行くのよ。あの組織は関係者を全てに危害を加えるわ」


 思いもよらなかった志保の言葉に澪奈は驚愕しながら返答した。


 「な、何を言ってんのよ! さっきは私を殺すって言ってたのに!」


 「殺してほしいわけ? 優和……あの子の頑張りに免じて助けてあげようて言ってるのよ。あれだけ馬鹿正直に向かってこられたら、毒気も抜かれちゃったわ」


 志保の言葉に嘘は無いようで、声を掛けることすら拒まれるような殺気は感じられなかった。


 「……優和は、貴女と友達になたがっていた」


 「はあ? 友達……自分を殺そうとしている人間を? 本当に頭の中お花畑の女の子だったのね」


 肩をすくませる志保に澪奈はあくまで真剣に言った。


 「志保ちゃんを止めたい、助けたい、て言ってた。それは裏を返せば、あの子にとっては仲良くしたいてことなのよ。……もう否定はしないわ、そうよあの子は底抜けにバカなんだから。でも、そんな子がドジでも真っすぐに何かをやり遂げようとした。こんなこと初めてだったわ。……あの子にとってただ一つの命を懸けてやり遂げたいことが――井伊薪志保を救うことだったのよ」


 何故か志保の口からは次の言葉が出てこなかった。

 絶句したといよりも自分が言いたいことを口にする前に、見えない鈍器で粉々に叩き潰されたようなイメージだった。


 「わ、私は……復讐者よ……。そんな私と友達になりたかったなんて……おかしいじゃない……」


 「ええ、おかしいでしょうね。血みどろの殺し合いでもしていた方がまだ健全だわ。あーでも……今の毒気の抜かれたお人好しな貴女を見ていたら……私もちょっと感化されたかもしんないわ……」


 頭痛を感じるのか志保は額を押さえながら言い難そうにする澪奈を見た。

 何となく予感していたこれから飛び出す澪奈の発言は、自分の復讐者としてのアイデンティティを崩す発言になるのだと。


 「――友達になりたい、て少しは考えちゃった」


 敵であってほしい憎んでほしいと思っていた相手の発言に志保は大きく心揺さぶられた。これまで経験したどんな心の痛みよりも 内面をズタズタに裂かれていくような気持ちになった。


 「バカなこと言わないで……私はアンタの友達を殺したっ! それはどうしようもない事実なのよ!」


 友人の死の直後だというのに一番取り乱しそうな澪奈が静かな眼差しで言った。


 「じゃあ、もし優和が生きていたら私達と友達になってくれる?」


 目の前で優和が死んだせいで澪奈はおかしくなったのだと考えた志保は自嘲気味に答えた。


 「ええ、良いわよ! もしもあの子が元気な姿でここに立ってみせるなら、友達にだって親友にだってなってやるわよ!」


 やけくそに告げた志保の言葉を聞いた澪奈はにんまりと口の端を歪めた。


 「そう、それなら……友達を救う為に行きなさい、優和――!」


 嫌な予感に反射的に振り返った志保は眼前まで近づいてくる物体を風の力で叩き落した。

 慌てて下を向くとそれはちょうど人間が握れるぐらいのさほど大きくない石ころだった。


 「ま、さか……」


 再度、目線を上げた志保は飛来する無数の石ころに風の力で壁を張る。


 「――風盾!」


 渦巻く風が縦に水平になるとそれこそ志保を守護するように宙に浮かぶ盾を形成した。

 当面の脅威が去ったことに視線を前方に向けると脇に幾つもの小石を抱えて志保へと投げつけながら駆けて来る泥まみれの優和の姿があった。


 「生きていた!? 嘘でしょう!? あの子が生きていたことに気付いていたってこと!?」


 ちらりと背後に目をやると澪奈は腕を組んで親友の勇ましい姿を眺めているようだったが、志保の自然に気付き自分の余裕の理由をあっさりと言った。


 「気付くも何も、優和は絶対に負けるはずがないわ。だから、絶対に生きているんだって信じていただけよ」


 志保は愕然とした。澪奈は根拠も理屈も作戦すらなく、ただ優和が生きていることを信じて疑わなかっただけなのだ。

 奇跡のような現実に打ちのめされながら、志保はゾンビのように生き返った優和に注視する。

 エルデの教えと重ねた戦いの経験から、志保は優和は不死の存在ではないことはすぐに分かった。

 先程まで優和は塵芥に変わったと思っていた場所に大穴が空いているところから察するに優和は土の山に身を隠しながら攻撃を防げるであろうシェルターを作り上げてそこに隠れていたのだ。そして、隠れながら用意したらしい石を集めてそれを銃弾の弾丸のような速度でこちらへ投げつけてきているのだ。

 武器がない優和なりの肉体を強化するという最強のスキルを活かした遠距離攻撃というやつだった。

 思考をすぐに切り替えて接近する優和の石の弾丸に耐えるべく風の盾をさらに強固なものにさせる。


 「やっぱり……! それが、志保ちゃんの弱点だね!」


 優和は察していた。

 志保は攻撃と防御が同時にできない。風の剣で攻撃する際も自分に防御を張りながら戦えばずっと楽に戦えたはずだ。それをやらなかったということは、志保は同時に二つの風に二つの役割を任せられないということになるのだ。

 一か八かの賭けに勝利した優和だがまだ油断はできない、石を投げている間は志保は防御に専念することになるが、手に持った石が無くなればこちらは無防備になる。それなら、石を投げつつ近づけるだけ近づいて志保を戦闘不能にさせるしかない。

 何個目かの石を優和は投げる、これで残り三個。さらに大きな一歩で前進すれば、志保までの距離はおよそ五メートルといったところだ。この風の盾を壊せば相手の懐に飛び込めるが、渦潮のように風のがとぐろを巻いた空間に馬鹿正直に飛び込んでしまえば切り刻まれておしまいだ。

 躊躇していればこちらが石が無くなったと思われる、接近後もさらにもう一つ石を投げてみるが、志保へ到達する前に砂状になり風に流れて消失した。


 「だああぁ――!」


 何も考えていなかった訳ではない、優和は高くジャンプすると志保の頭上へと躍り出た。体を捻り、志保へと二発目を投石する。


 「舐めてるんじゃないわよっ――!」


 風の盾がスライドすると頭上へと向かう。優和の投げた石は再び志保へ届くことなく砂に変わった。


 (後一個だけ……!)


 ジャンプして回り込んだ優和はさらにもう一つの石を握り振りかぶる――。


 「全部受け止めてやるんだからっ!」


 優和の石が有限であることは分かっている志保は、全てを受け止めきるまで防御に専念し続けるつもりだった。もしここで石を拾う動作をすれば、風の刃で即首を落とす覚悟はしていた。

 だが、優和の投げた石が向かう場所は志保へではなく――足元の地面。


 「え――!?」


 優和の投げた石が地面に激突すると噴水のフィナーレのように土砂が巻き上がる。地雷なんて直接は見たことはない志保だったが、もし踏んで爆発したらこんな感じなのだろうなと頭の片隅で思った。

 ほんの僅かな隙、ほんの僅かな呼吸の乱れ、ほんの僅かな風の盾の歪み、それら全てを優和は見逃すことなく最後のダッシュに挑む。

 風の盾の隙間――志保の足元にスライディングして立ち上がると同時に拳を振り上げた。その時、驚愕する志保の顔を見ながら優和は何か言わなければならないと思った。

 説教をするのが正しいか、いや、自分は誰かを怒れるほど偉い人間じゃない。

 憎悪するのが正しいか、いいや、自分でも不思議なぐらい憎むほど志保を嫌いじゃない。

 愛を説くか、いやいや、まだ彼女を知らなさすぎる。――そうだ、なら――。


 「――志保ちゃん! お願い、私と友達になってください!」


 「ぐぅ……まだ、勝負も終わってないのにぃ――!」


 案の定勝負は終わっていない志保は全身全霊の神経をフル稼働させて、腰を大きく捻ると反射と予測のみで優和の素人のパンチを体をのけ反らせて回避した。そのまま体を捻らせて、風の盾を完全に放棄して風の剣を右手に発動させた。


 「半端な覚悟の友達ならいわないのよっ!」


 風の剣は不安定な態勢から振るわれたもので酷く大振りになった。その為、優和でも難なく身を低くすることで避けることができた。再び右手の拳に力を入れる。


 「ここまで来て、半端な気持ちで友達になんてならないよっ! 私は志保ちゃんを知りたい! こんなに本気でぶつかり合った友達は志保ちゃんが最初になるんだから――!」


 「あぁっ――!」


 苦悶の声を漏らす志保の脇には優和の拳が突き刺さっていた。血液混じりの胃液を吐く志保は、それでもなお口元をきつく締めて風の剣を掻き消すと今度は左手に風の塊を発生させると優和へと振り下ろした。


 「――これが、私の覚悟だ……!」


 「くぅ――!」


 顔面に風の塊を受けた優和の体は宙を飛んだ。頭が揺れ鼻からは血を流している。今度こそ致命傷、頭部に受けたダメージはそう簡単に取れることはない。

 手痛い一撃を受けた志保だったが、ここまでのダメージを受ければこれで心置きなく優和の命を奪うことができる、そう考えた志保だったが――目が合った。


 「し……ほ……ちゃ――ん!」


 空中に浮いた優和は指をデコピンの形にしながら、志保を見据えていた。その両目には活力が満ちていた。

 はっとした時には遅かった。優和の指先には小さな小石が乗っており、それを優和は指で弾くと猛スピードで志保へ向かって撃ち込んだ。


 「があっ――!?」


 ゴスゥ、と鈍い音が周囲に響いた。無防備になった志保の額には優和は指で弾いて発射した小石が激突していた。

 あまりの痛みに志保は白目を剥き、信じられないスピードで意識を奪われる。闇の中に落ちていく中、目にしたのは同じく地面に落下しながらも立ち上がろうとする優和の姿だった。


 「あぁ……負けた……」


 全身全霊の勝負の結果に不思議な充足感を感じながら志保は意識を手放していった――。



                  ※



 「か、勝ったの……」


 鼻からも頭からも血を流し、泥まみれになった優和はぼんやりと倒れて動かない志保を上半身だけ起こして見ていた。


 「優和、優和、優和っ――!」


 駆け寄って来る澪奈が倒れこむ優和の体を抱きとめる。


 「澪奈ちゃん……汚れるよ……」


 「馬鹿言わないでよ! 一生懸命に頑張った優和の汚れならむしろ食べてもいいぐらいだわっ!」


 「はは……意味……分かんないよ……。でも、ドジで……良かったなぁ……」


 「どういうこと……」


 「もう投げれる石、ゼロだと思ってたけど……一つ数え忘れていたみたいで……ポケットに入ってたんだ……だから……相手が予想できないタイミングで……最後の一撃を放つことができた……これは満点貰えるかもね……」


 「分かった……分かったから、もう無理して話さないで……!」


 「うん……そろそろ、私ももう限界……」


 途切れていく意識の中で優和の視界の中に一人の人物が映った。一瞬、その人物は泣いているようにも見えたが、次に瞬きをする時にはいつも冷静な彼女に戻っていた。


 「よくやったな、優和。君は、彼女を救う為に戦った。異世界転移をする者としては申し分ないことだよ。はっきり告げよう……百点満点の最高の生徒だ」


 ――エルデが口角を上げて笑ったような気がしたが、混濁する意識の中あまりに嬉しい言葉過ぎで泣いてしまった優和にはそれが現実のなのか夢だったのか知る由もなかった――。 

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