第17話 激突の狼煙は怒声と共に上がる
いよいよ、放課後になった。
待ちに待った訳ではないし戦いたくもない、逃げれるものなら逃げてしまいたい。町外れの空き地に到着するまで、どこかで逃げるチャンスを探っていた優和も臨戦態勢を取る志保と向き合ってしまえば腹をくくるしかなかった。
空地はエルデのリサーチ通り隠れて大きな音を出すには相応しい場所だった。中心部の裏側に続く田園風景を抜けて、さらに町から離れるように進むと近くに民家の陰すら見当たらない空地が出現する。近くに建物があるといえば、何年も前に廃墟になったボーリング場があるぐらいだろうか。さらには、年に一回ぐらいは管理者が来るのか通行の邪魔にならない程度の雑草しか生えておらず、空地の周囲は木々で覆われておりわざわざ脇の道に入って行って覗かないと空地の光景が見えないようになっていた。
買い手が付かない理由も分かるが、異能力の訓練の為にこんな場所を発見していたエルデにも驚きだ。
ねえ、と志保に呼ばれた。
「……ところで何でコイツまでいるのよ」
親指を指した方向には、優和の分の鞄と自分の鞄を握った澪奈がそこに居た。
「私には優和の親友として見届ける義務あんのよ。戦いの邪魔はしないから、思う存分やりなさい」
「へえ、よっぽど自信があるのね。でも、こんな所に居たらうっかり巻き込まれても知らないわよ」
茶化す口調の志保に澪奈は淡々と応答する。
「戦いが終わったら好きにしなさい、優和が死ぬなら私だって死ぬつもりだし」
当然のように言ってのける澪奈の言葉に優和はドキリとして声を荒げた。
「死っ……!? そんなこと、簡単に言ったらだめだよ!」
「いいのよ、これが私の覚悟なんだから」
でも、と澪奈は言葉を一度区切り、低い声で志保を見ながら言った。
「邪魔だと思うなら、私を殺しなさい。まあ、貴女には絶対に無理なんでしょうけど」
「……はっ、一般人のくせに私を挑発するつもり? 無力な友人を持ってかわいそうな異世界転移候補ね!」
「ゆ、優和ちゃんを馬鹿に――」
親友への物言いに反論しようとする優和を制するように澪奈は手を優和に向けられれば閉口してしまう。
「そうね、私は無力よ。でも――異世界にすら行くことができなかった貴方よりもマシね」
「――ああ?」
一瞬の強風は澪奈の近くに立っていた標識を折り曲げていた。
考えるまでもなく志保が自分の力で威嚇したのだ。
こんな展開、エルデとも澪奈とも相談していない。このまま怒らせてしまえば、本当に澪奈は殺されてしまう。
「やめて! 澪奈ちゃん! 志保ちゃん!」
「私は別に構わないんだけど、こっちは正々堂々戦おうとしてんのに喧嘩を売ってんのはアンタの親友とやらよ」
触れてはいけない場所に触れてしまったようで、志保の殺意の矛先は優和から澪奈にシフトしようとしていた。
全く恐れる様子もなく、澪奈はさらに挑発するように両腕を組んだ。
「正々堂々? いきなり姑息な手段で襲い掛かるアンタが言う? それとも、図星を突かれて怒った? そもそも、最初からアンタは異世界に渡る資格なんてなかったように思うけど」
「黙れ」
威圧する志保を前にしても澪奈は口を閉ざすことはない。
「自分が傷付いたから他人を巻き込もうとしているなんて、異世界どころかこの世界にもいらないわ。ていうかさあ、こうは考えられないの? ――そもそも、人格に無理があったんじゃないかしら?」
「黙れ黙れ、静かにしないと殺すぞ」
「だってそうでしょ? 真っ当な人間ならエルデを信頼して、問い質すことはしても自分で勝手に思い込んで疑って、さらには彼女を苦しめるような真似をしようとは思わないはずよね。それなのに、アンタは平気でそういうことをしようとしている。しかも、それを正しいとすら思っている。異世界を数くはずの存在が悪事を正当化しようとしているのよ。自分がやろうとしていること分かってる? ただの殺人鬼、殺戮者よ。……ああでも、異世界に行く理由がこの世界から追い出す為なら納得できるかも」
腹の底で煮えたどす黒い熱は志保の限界を難なく超えた。そして、彼女は感情の赴くままに志保を完全に標的と見なす。
「黙れ黙れ黙れ黙れ……黙れぇ――!!!」
大地を削りながらあまりに乱暴すぎる嵐が澪奈へと迫った。巻き込まれたら、当然無事では済まない。体の一部でも残れば良い方だろう。
気付くことも反応することもできず、肉片すら残さない攻撃になるはずだった――が、澪奈は嵐に巻き込まれるよりも早く視界から消えた。
「なっ――!?」
十数メートルほど先で着地をする音が聞こえて志保はそちらを向いた。友人の危機を前に――異能力アナザーアビリティを発動させてロングヘア―になった優和が澪奈を抱きかかえてそこに立っていた。
「澪奈ちゃん! 無茶しすぎだよ! 私が力使えなかったら……どうなっていたか……!」
心の底から心配した様子の優和に下ろしてもらいながら、涼しい顔で澪奈は応じる。
「信じていたから、大丈夫。これも私とエルデさんの作戦の一つだったのよ。普通に戦いが始まってしまえば、優和は本来の能力の二割も使えないだろう。だから、本来の力を使わせる為にもあえて私を危険な目に合わせることで、優和の覚醒を促したのよ」
「ええ!? 二人でそんなことを相談していたの!? でも、凄く危なかったんだよ! もし澪奈ちゃんに何かあったら……私……私ぃ……」
「こらこら、泣くんじゃないわよ。戦うことはできないけれど、優和を覚醒させるスイッチの役目ぐらいはさせてよね。それに私は一ミリたりとも心配してなかったんだから。……必ず優和が助けてくれるって、信じていたから怖くなかったわ」
よしよしと優和の頭を撫でて慰める澪奈は視線を優和から志保に移した。
「一つ怖い事があったとしたら……あの子の顔ぐらいかしら?」
顎でしゃくって見せた澪奈の視線の先には、よほど頭に来ているのか下唇を強く噛みしめて顎の辺りまで血を垂らしていた。
「随分と小癪な真似をしてくれたわね! 決めたわ! エルデの生徒を殺したら、次はアンタを八つ裂きにしてやるわ!」
完全にキレた志保は周囲に禍々しい程の風の塊を生成する。数はおよそ四つ、空中に運動会で見かける玉転がしの大玉のような大きさの風の塊が渦巻いていた。
激戦を察した優和は澪奈と視線を交えると互いに声には出さず頷いた。
「下がってて、澪奈ちゃん。……命懸けの作戦のお陰で、絶対に負けることはなさそうだよ」
「ええ、優和がそう断言するのなら絶対に負けることはないでしょうね。帰りにお茶して帰りましょう」
「うん!」
向き直った志保はすぐに見て分かるぐらい感情的になっているようだった。
優和は深く呼吸をした。
「これが私のアナザーアビリティ”キズナスイッチ”。大切な誰かを守る為に私の中のスイッチが入るんだ」
「……そんなスイッチ押せなくしてやるわよ。風を操る私のアナザーアビリティ”風の女王”によってね!」
啖呵を切る優和の姿に澪奈は微笑むと邪魔にならないように駆け足でその場から距離をとる。
――その直後、澪奈の背後から爆音と共に土煙が巻き上がった。