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いつか異世界に行くよりも、貴女の冒険を教えてほしい  作者: きし
第四章 優和は彼女に教えたい
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第16話 志保の憎むべき理由

 二日間だけの合宿はあっという間に終わり、疲労した体をエルデによって無理やり回復させられた優和は月曜日の朝を迎えていた。

 早朝のトレーニングは志保の襲撃を警戒し中止になった。不幸中の幸いとも言えるが、志保と戦うことを考えたら朝のランニングや筋トレぐらいなら簡単に乗り越えられそうな気分になってくる優和だった。きっと気分だけなのだろうが。

 澪奈と待ち合わせをして登校した優和を志保は静かに教室の席から見つめているだけだったが、逆に闘志を滾らせているように思えた。

 隠さなくなった志保の敵意以外、全てが通常運転過ぎる日常が目の前で流れている。

 一つ思い出すのは朝食を終えて支度をする優和にエルデは声を一言だけ声を掛けていた。


 ――あの子を止めるのは、優和。お前の役目だ。


 たったそれだけの言葉であり、エルデからの唯一の願いなのだと思った。

 激励するでもなく、ただ役割を告げたのだ。

 きっとそれが異世界で人々を救う存在になるということなのだろう。願われ、祈られ、託される。そういう存在になる為に必要なプロセスの一種なのだ。

 少しだけ冷静さを取り戻した優和の感情が、エルデの言葉の真の意味に辿り着いていた。


 そして、昼休み――。



                 ※



 ――優和は志保と二人で校庭の隅のベンチに座っていた。


 不満そうな顔をした志保は二人分程スペースを開けて四人は楽に座れそうなベンチに腰かけていた。 


 「で、話てなに?」


 心の底から煩わしそうに志保が問いかけた。

 前までの優和ならここで回れ右をしていたことだろうが、ここで撤退する訳にはいかない。きちんと話をして、向き合わないといけない。


 「どうせ、放課後になったら、私を襲うつもりだったんでしょ?」


 緊張を隠して軽口気味に優和は言った。


 「そうよ、家まで追いかけてそこで大暴れするつもりだったのよ」


 悪びれる様子もなく足を組みながら志保が告げた。

 やはり今日決着を付けなければいけない相手なのだと優和は再認識した。


 「そう……。だったら、誰にも迷惑の掛からない場所で会おうよ。町の外れに空地があるから、そこなら誰も来ないはずだから」


 「偉そうに指示できる立場にあると思ってんの?」


 「この間も澪奈ちゃんを私から遠ざけようとしていたみたいだし、貴女の狙いは私だけだよね。だったら、言う通りにして」


 志保は少し驚いていた。

 たった数日前まで怯えていた少女の姿はそこにはなく、真っすぐにこちらを見つめてくる姿は別人のようだった。エルデの影が見え隠れするその成長ぶりに志保の心はざわついた。

 その時、突如として吹き抜けた風に優和は目を細めた。

 何が起きた分かっていない様子の優和を前に、自分の感情がコントロールできていないことに気付いた志保は舌打ちをした。


 「いいわ、分かったわ……。そこに行くまでは、手を出さないわ。関係ない人間に見られて止められるのもいい気分じゃないし」


 第一関門をクリアしたことで優和はほっとする。ここまではうまくいくと踏んでいたが、優和にとっての本題はこの先だ。


 「ありがとう、志保ちゃん。……訊ねたいことがあるの、いや、教えてほしい。……どうして、志保ちゃんはエルデさんを恨んでいるの?」


 空気が変わった。敵意はあれど直接的な攻撃はしてこないだろうと思っていた優和だったが、質問をした瞬間に空気が張り詰めていくのを感じた。


 「どうして、そんなことを聞くのよ」


 ここで殺されなかっただけでも儲けものかもしれない、少しでも訊ね方が悪かったら例の風の刃で首を刎ねられていたことだろう。高速で攻撃されてしまえば、優和には抗う術はない。それでもなお、聞かなければならないと優和は踏み込んだ。


 「理由も知らないで、殺されるのは嫌だよ」


 茶化す訳でもなくはっきりと応答する優和に、志保は感心するように目を細めた。

 

 「馬鹿みたいな返答をするなら、ここで息の根を止めてやろうかと思ったけど……いいわ、その覚悟に免じて教えてあげる」


 余計な事を喋って会話が中断することを恐れた優和は黙って頷いた。


 「何となく分かると思うけど、私はあまり良い子じゃなく……まあざっくり不良てことよ。家も家なんて呼べるものじゃなく、学校にも居場所は見つからず、あの頃は何をして生きていたのか分からなかった。……そんな私の前にワールドパスと共にやってきたのがエルデよ」


 真剣な表情で頷く優和を横目でチラリと見た志保は話を続けた。


 「大人へ強い反感を抱いていた私は、急に家庭教師として現れたあの女の言うことを最初は無視していた。まあ力尽くで強制されたから、最後は渋々付き合うことにしたわ」


 組んだ足に肘を乗せて頬杖をついた志保は遠くを眺めているようだった。その眼差しの先には、エルデと過ごした騒がしい日々が映っているのだろう。


 「それから、エルデにはいろいろと教えてもらった。勉強、スポーツ、ちょっとした遊び心、アナザーアビリティ、人との付き合い方、感情を表に出す方法……初めて大人を信じられるかもしれないと考えていた。異世界に行って帰ってきて、自分の成長した姿と冒険の話を語ることが恩返しだと思っていた」


 ここまで聞いて優和は不思議でしょうがない気持ちになっていた。普段の優和なら目頭が熱くなってくるところではあるが、ここからエルデを憎悪するようになるなんて想像もしなかった。

 しかし、その直後志保の顔は険しいものになった。


 「ワールドパスが濃くなり輝きだした。そろそろ頃合いだって予感はしていたもう覚悟はできていた。でも……その時、エルデは言ったんだ。――志保、お前は異世界に行かなくていい、てさ」


 いつの間にか頬杖をついていた手は拳を握る形になり、忌々しそうに親指の爪を志保は噛んでいた。


 「どうして、て何度も聞いたんだ。でも、有無を言わさず強引に私の意識を奪った。そして、目覚めると――ただ濃くなっただけのワールドパスが呪いのように残っただけだった……異世界に行くこともできずに、私は権利をはく奪されたのよ」


 志保の過去の話に優和は愕然とした。

 異世界に行く為に生活の知恵も戦う術も必死になって学び、旅立つことこそが一番の幸福だと考えていた志保がいざその時になって目標を無理やり奪わされる。しかも、一番輝いた姿を披露したかったその恩師に。

 その時の彼女は全てを奪われて裏切られた気持ちになったのは、想像に難くない。

 爪から口を話した志保は淀んだ目で優和に視線を送った。


 「だから、私にも声が掛かったんだ。異世界を守る為に活動するカーヴァネスと対になる組織――フィルメ。奴らは、いつか異世界側がこちらに侵略してくる可能性を考え、この世界で異世界転移者を洗脳教育を施し異世界の破壊者としてあちらに送ることを目的にしている。この二つの組織は昔から敵対しているのよ。まだワールドパスの力を扱える私に、フィルメはエルデの居場所を教えることと引きかえに協力するように取引を持ち掛けた。カーヴァネスに反感を持っていたから、何かに利用できると考えたんでしょうね」


 フィルメ、初めて聞く用語に優和は思考が追い付かなくなりそうだったが、何とかカーヴァネスは良い組織、フィルメは悪い組織として認識することで話に集中することができた。


 「じゃあ、その組織に協力しているの?」


 「まだよ、貴女を殺しエルデを殺したらフィルメと協力する手筈になっているわ」


 「殺すなんて……。エルデさんから、力の使い方を教えてもらったのに何でそんなことを言えるのっ」


 残酷な発言に感情が昂った優和を志保は睨みつける。


 「異世界に無関係な人間は殺さないわ。でも、エルデに関係している人間は皆殺しにする。全てを破壊してエルデに見せつけてやるのよ。アンタがしでかしたことで、こんな結果を生んだんだ。アンタさえ居なければ、みんな死ぬことはなかったてね! さすがに生徒もその身内もカーヴァネスすらも全て破壊し尽くしたら、あの無表情な顔した女も泣いたり苦しんだりするでしょうね!」


 ――パンッ。軽い音が校庭の隅に響いた。

 それは、優和が志保の頬を叩いた音。

 目を見開く志保以上に驚愕したのは優和の方だった。産まれて初めて、人を殴った感触に優和は叩いた右手に左手を重ねた。


 「あ……ご、ごめんね……つい……私……」


 「謝るんじゃないわよ、アンタの気持ちはよく理解したわ。……それぐらいの気持ちで向かってきてくれないと、私も気持ちよく戦えないからね」


 吐き捨てるように言った志保が立ち上がれば、そそくさ離れていこうとする背中に優和は慌てて声を掛けた。


 「待って、喧嘩する為にここに来た訳じゃないんだよ!」


 「さあね、アンタがどう思おうが私はそういう意味として受け取った。宣戦布告てやつよね」


 本気で直前まで対話し戦いを回避できないかと考えていた優和だったが、ただでさえ暴走している志保の意思は強いもので、先程のビンタが拍車をかけてしまった。

 もう止めることはできない、そう判断した優和は遠ざかる背中に声を発した。


 「約束して! もし私が勝ったら、もう誰かを傷付けようなんて考えないで! 戦いでしか止められないなら、私は戦う! でもそれは……貴女を傷付ける為じゃない! ――志保ちゃんを救いたいの!」


 声だけなく想いが届いたのか、志保は校舎に入る前に足を止めた。そして、刺すような眼差しで横顔を傾けた。


 「勝つことができたら、望み通りにしてあげる。――まあ、私は殺すつもりで戦うけど」


 低い声で志保が告げれば、ゾッと背筋が冷たくなった。

 志保が見えなくなってからようやくベンチに座り込んだ優和は、ひんやりとした汗を掻いていることに気付き、自分がこんな状態で戦えるのかと不安に思えてくる。

 考えることはこれだけじゃない、どうしてエルデが志保の異世界行きを止めたのだろう。いや、そもそもどうやって止めることができたんだ。

 何もかも分からない、エルデが面白半分で志保を教育していたとは到底思えない。短い間しか一緒に居なくても、どれだけあの人が真面目なのか優和は記憶に刻んでいた。


 (ああもう! 余計な事は今は考えないようにしよう! エルデ先生には志保ちゃんに言えない何か理由があったんだ! 考えなくていいことを考えていたら、きっと思い通りには戦えない。今は放課後の事に専念しよう……)


 志保とエルデの過去は気になることばかりだが、今は過去ではない未来のことを想像しなければいけない。そうしないと今日より先の未来はやってこないんだ。

 まだまだ天高い太陽を見上げる。いつもよりも空が青く感じると、ふと猛烈に家に帰りたくなってくる。

 もしかすると、今日の夕飯の時間には死んでいるかもしれないと考えると心の中が今まで感じたことがないぐらい不安に押し潰されそうになってくる。大きく深呼吸をすれば、影から見守っていた澪奈がやってくるのを目にして手を振った。


 (不安になるとかならないが問題じゃない。絶対に勝つんだ。勝つことこそが、一番のハッピーエンドへの近道なんだ)


 方向性は違えど、優和と志保は戦いへの意思を強くさせた。

 一方は身近な人達を守る為に――。

 一方は壊された夢の復讐の為に――。

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