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いつか異世界に行くよりも、貴女の冒険を教えてほしい  作者: きし
第三章 合宿で戦いを教えたい
15/23

第15話 覚醒

 本来のエルニャンは召喚獣として従順で怪物然とした外見でありながら主人の命令を無視して勝手に人を襲うことはない。しかし、元々エルニャンは異世界で人々を襲い恐れられていた存在。ふとした拍子に、そうした怪物としての側面が出て来ることもある。それが、今回の出来事に繋がったのだ。

 優和と澪奈が居た場所を三回ほど足で踏みつけた後に、エルニャンはあんぐりと開口した。

 我を失っていたとはいえ、主人の知り合いを手に掛けてしまった。

 ついカッとなってやってしまったのだが、そんな言い訳許すほどエルデは寛容ではない。

 顔を体毛で覆っていないなら、顔面蒼白にしていたであろうエルニャンは、そっと右足の下で潰れていると思われる二人少女の遺体を確認した。


 「――ンニャ?」


 そこでエルニャンは初めて猫らしい声を発して首を傾げた。眼下には窪んだ大地しかない。


 「――ここだよ、猫さん」


 声に反応して振り返ると、いつの間にやらエルニャンの背後には澪奈をお姫様抱っこのようにして抱えた優和の姿があった。

 雰囲気が違うことをエルニャンの本能が告げる。先程までとは、全くの別人がそこに立っているようだった。

 月明かりに照らされた優和の外見にも変化が起こっていた。

 栗色の髪は青空の色のような深い蒼色に変色し、肩の辺りまでで揺れていた髪は腰の辺りまで伸びる長髪になっていた。

 もう一度、エルニャンは首を傾げた。そこに居る人物が、とても先程までと同一人物とは思えなかったからだ。


 「澪奈ちゃん、少しだけ待っていてね――」


 空気に溶けるように優和の姿が視界から消えた。

 ぎくりとエルニャンは首を傾けると、右横の方で木の根元に澪奈を寝かせる優和の姿があった。

 自分の目でも追えないスピードで動いたであろう優和にエルニャンは久しぶりに動揺していた。こんな気持ちは初めてエルデに会った時以来だった。


 「さあ、猫さん。……鬼ごっこ再開だよ」


 睨みつける優和に、動物的な本能でエルニャンは優和に飛び掛かる。

 今度こそ一切の躊躇なく鋭利な刃物となった三本の爪が優和へと迫った。

 相対する優和は焦りもない、ただ右の拳を握りしめてそれを真っ直ぐに伸ばした。


 「何年間ぶりに怒った私は強いんだよっ!」


 優和の拳とエルニャンの拳が激突することはなかった。厳密に言えば、優和の拳の一突きによって発生した風圧によりエルニャンの体は遥か彼方へと吹き飛ばされたのだ。

 天高く二度三度空中を回転したエルニャンだったが、生まれ持っての運動神経能力を使い木々の間に着地する。

 直接的な攻撃を受けていなかったが、ただのネズミ程度に考えていた存在が突然強力な何かに変化したことで気が動転していた。


 「私は猫さんを倒さないといけないんだ。それに、まだ澪奈ちゃんを傷付けたお返しが終わってないよ」


 暗い森の中は時折、鳥の鳴き声と虫の音が聞こえるだけだ。そんな中、愛らしい少女の声でありながらよく通る声がはっきりとエルニャンの耳まで届いていた。

 追いかけるだけの自信が優和にあることを確信したエルニャンは、先手を打つべく外回りに木々の中を疾走した。ただの暇つぶしの遊びをしていたエルニャンから、エルデという主の召喚獣としての顔つきに戻っていた。つまり、優和を戦うべき一人の敵として認識したのだ。

 駆けるエルニャンはさらに速度を上げ、夜の闇に溶けるように木々をくぐり、高速移動で気配を掻き消す。

 いた。

 優和は、まだあの開けた場所をゆっくりと歩いていた。

 油断しているのか隙だらけに見える優和に、エルニャンは襲撃することを決意する。

 闇から闇、木の間から木に移るほんの刹那のスピードでエルニャンは優和に飛び掛かった。その頑丈な顎と鋭い牙で噛み砕く為に。


 「――いつまでも来ないから、こっちから行くところだったよ」


 目が合ったのだ。

 現代の自動車がアクセルを全開にした何倍も速い数百キロというスピードで突っ込んでくるエルニャンを少女は捉えていた。

 その時、エルニャンの視界はゆっくりとした感覚で時間が流れてくるような錯覚に陥った。

 早く引き返したい気持ちになるが、これはこの先の展開で何か良くないことが起こっており、ただそれを追体験しているだけなのだと気づいたのは、あっさり優和が軽くジャンプをしてエルニャンの攻撃を回避した時だ。

 軽くジャンプとはいっても、三メートルほど跳ぶ人間をエルニャンはそれほど多くは知らない。

 優和の姿を目で追うこともできないエルニャンの頭上で優和は再び右の拳を振りかぶった。

 喧嘩なんてまともにしたことはない、背中まで大きく振りかぶった構えなんて素人のそれだ。それなのに、優和が構えた分だけエルニャンの恐怖は増幅した。

 意図せずか全体重を拳に乗せたような状態になりながら優和はエルニャンの頭上へと痛烈なパンチを放った。


 「友達を泣かせた猫さんには、ゲンコツだよっ!!!」


 強い衝撃に圧迫されるようにエルニャンの視界は地面にめり込み、それから少し遅れて頭に熱湯を流し込まれたような激痛を感じながら、自分の思考が遅くなった理由を身をもって知った。


 ――そして、宣言通り優和に倒されたエルニャンは意識を失った。


 「へへへ……やったよ……みおなちゃ……あれれ……?」


 勝利宣言をしようと澪奈の元へ向かおうとした優和だったが、そこだけ段差でもあるように膝から崩れ落ちた。急いで立ち上がろうとしても力が入らないし、全身に錘でもぶら下げたように体が言うことを聞かない。


 「なん……で……」


 そのまま優和の意識も闇の中に落ちていった――。



            ※



 驚くほどすっきりと優和は目覚めた。しかし、肉体は今まで生きてきて溜め込んできた筋肉痛が一気に出てきたみたいに全身に痛みが駆け巡っている。


 「い、痛くて動けない……」


 見上げれば、都会ではなかなかお目にかかれない一面の夜空。プラネタリウムよりもずっと綺麗だ。


 「目覚めはどうだ」


 足音が聞こえて視界だけ動かすとエルデが覗き込んでいた。

 まともに動くことはできないが、彼女の課題だけは達成したことは確かに記憶していた。


 「気分は最悪です、痛すぎて吐きそうになります。……でも、エルデ先生の言う通り奴を倒しました」


 「出来てもらわなければ困る、これからもっとたくさんの修羅場をくぐることになるんだ」


 エルニャンを倒せたことが、やはりエルデも嬉しいのか、その声色はどこか弾んでいるように聞こえるのは優和は気のせいじゃないのだと思えた。


 「それより、澪奈ちゃんは大丈夫なんですか?」


 エルデは頷き顎でしゃくってみせると、その先にはレジャーシートの上で静かに寝息を立てる澪奈が目に留まり優和はほっと安堵した。


 「魔法で傷跡一つなく完治させたよ。……自分より友人の心配か。だからこそ、お前のアナザーアビリティはあの条件で発動したのか」


 「無我夢中でよく分からなかったんですが、やっぱり私の異能力が発動したってことでいいんですかね……」


 「あのタイミングで覚醒できなければ死んでいただろうな」


 「ええ!? そんな無責任な!」


 「もし生徒が死んだら私も死ぬことにしている。それで許してくれ」


 あっさりと断言されてしまえば、優和も沈黙するしかない。自分の命を天秤に乗せている人間に責任の話なんてできやしない。


 「私の力て、どんな力になるんですか?」


 エルデは少し考えるように間を置いた。言葉を探しているようだった。


 「かなり漠然とした能力だが、身近な人物……今回みたいに友人や家族などが危険に晒された時に能力が覚醒するのだろう。その反動で今のように肉体に負荷がかかっているのがその証拠だ。なんせ、無理やり身体能力を向上させているのだからな」


 「てことは、目の前で誰かが危険な目に合わないと力が使えないてことですか!?」


 「そうだ、私から見ても優和の力はかなり強力だが、それ故に発動条件も制約付きということだな」


 「そ、そんなぁ……」


 「エルニャンをほぼ一撃で倒したんだ。情けない声を出すんじゃない。……一度覚醒したんだ、それならこれからの目標はこの力を自由に扱えるようにすることだろ」


 「はあ……それはそうなんですが……」


 口の中でもごもごしている優和の表情でエルデはすぐに考えていることが分かった。


 「志保のことか……。肉体への負荷が大きく、強力な能力を使った初めての日だ。今は体を休めることに専念すると良いだろう」


 「てことは、しばらくはゆっくり休めるんですね!」


 目を輝かせて喜ぶ優和を覗いていたエルデの表情が冷ややかなものに変わる。


 「安心しろ、私はこの程度の筋肉痛を回復させる魔法ぐらいは使える。明日には元気に走り回れることだろう」


 「ええ!? や、休ませてくれるんじゃ……」


 「馬鹿を言うな、時間はないと言っているだろ。それに私が休めと言ったのは、自分の力による反動をしっかりと理解する為にわざとこのままにしているんだ。本気で回復させようと思えば、今からでも不眠不休も可能なぐらい元気にさせても構わんが」


 「ひぃ! ……一晩、自分の体と向き合う為に休ませてください」


 「それでいい、肉体は回復しても心身のバランスは欠いてしまえば同じことだ」


 優和はもう一度瞼を閉じる。

 何はどうあれ戦う力は手にれられたようだった。しかし、安堵はできない。誰かを危険な目に合わせないと目覚めない力なんて、優和の望んだものじゃないからだ。

 きっと明日もバタバタとしながら一日が過ぎていくのだろう。

 守るべき親友と倒すべきこれからの友の顔を思い浮かべると複雑な感情になるが、目覚めてすぐに目にしたエルデの瞳を思い出せば胸の奥が熱くなってくる。 

 勘違いじゃなければ、彼女の目は確かに自分を賞賛していた。生まれて初めて、自分の力を誰かに認められた気がした。

 少しだけ気が楽になる頃には、呼吸のリズムは穏やかなものに――。


 「――痛すぎて眠れない」

 

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