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いつか異世界に行くよりも、貴女の冒険を教えてほしい  作者: きし
第三章 合宿で戦いを教えたい
11/23

第11話 スローテンポな合宿のはじまり

 不幸中の幸いか翌日は土曜日。

 登校日に志保が動いてくれるなら、月曜日までは猶予はある。

 二日間で付け焼刃の特訓でどこまで優和が戦えるかは分からないが、僅かでも勝率と生存率を高める為にも密度の濃い特訓が必要になるのは優和も理解していた。

 一分たりとも猶予はない、とエルデの提案により早朝五時に出発となった。


 状況が状況だけに今回ばかりは優和も目覚ましよりも早く準備が終わっていた。

 既にエルデの姿は家の中には無く、恐らく家の外に居るのだろう。

 緊張した心をほぐしてくれる出来事もあった。それは、深夜から作ってくれていたのか父と妹がご丁寧に保冷バッグにまで入れてくれて弁当を用意してくれていたことだ。きっと、これからの二日間はこの弁当が少なからず心に支えになることだろう。


 「いってきます」


 いってらっしゃいの返事の無い家に声を掛けるのは初めての経験だと気づいて優和ははっとした。


 (異世界に行くていうことは、私が今まで当たり前に思っていた日常が無くなるてことなんだ……)


 即ち、既に今の時点で異世界に片足ぐらいは突っ込んでると言ってもいいのかもしれない。

 ぶるぶると首を横に振る。


 (今はそんなこと考えている場合じゃない! とにかく、少しでも強くなって志保ちゃんを止めるんだ!)


 むせるほどいっぱいに深呼吸をして玄関を出ると、家の前には一台白いワゴン車が横付けしていた。

 知らない車だな、と首を傾げて家の敷地から出る反対側の道に寄せていた白いワゴンのライトが点灯したかと思えばアクセル全開のバックで優和に接近してくる。


 「わわわっ!?」


 あわや追突かと思きや優和の1メートルほど前方できゅっと音を立てて急停止した。

 ワゴン車の優和側の扉が勢いよくスライドすると車内の暗闇から手が出てきたかと思えば腕を引っ張られて吸い込まれるように後部座席に転がり込んだ。


 「あぎゃう!? 人さらいですか!? いやあああぁぁぁ! 助けてぇ! 助けてお父さんお母さん智悠ぅ! 澪奈ちゃん! エルデしゃああぁぁぁん!」


 「あいたたた! 暴れないで! 私よ! ワーターシー!」


 「ワタシさん!? そんな知り合い居ませんよ! やっぱり誘拐犯なんですね! あれ、でもワタシて名乗るてことは、思ったよりも良い人なのかも……ちらり」


 声にまで出してチラリと予想を窺う優和の眼前には――澪奈。


 「アンタの良い人の基準が低すぎて心配になってくるわ……」


 澪奈に膝枕をしてもらう形になっている優和は何度か触れたことのある太ももに手で触れて確認する。


 「間違いない、澪奈ちゃんだ」


 「一体どこで確認してるのよ……」


 と言いながらまんざらでもない澪奈をさておき、最低限の荷物だけを持ってくるように言われていた優和は彼女の体からしてもコンパクトなリュックを座席の足元に置きながら体を起こした。

 既に優和にも察しているが、こんな犯罪まがいの方法で乗車させた運転手は明白だろう。


 「――エルデ先生、おはようございます」


 「ああ、おはよう。乱暴に車に放り込んだのは、志保を警戒した為だ。許してくれよ」


 「正直びっくりしましたが、そういう理由なら仕方ないですね」


 「アンタ、順応性高すぎでしょ……。こんなの拉致同然よ……」


 後部座席にきちんと座りなおした優和は当然とも言える疑問を口にした。


 「ところで、何で澪奈ちゃんがここに居るの?」


 「ぐっ……何だかその言葉は傷つくわね」


 「澪奈、今はそういうのは良いから、きちんと説明してやれ」


 「はいはい、分かりましたよ」


 運転中で前方から目を逸らせないエルデに注意され、口を尖らせながらも澪奈は優和に話す。


 「いや本当に大したことじゃないのよ、何て言うのかしら。こう木の上に登った猫は気になると言うか、遊園地で一人ぼっちの子供はついつい目で追ってしまうというか……」


 「何故、こういう時ははっきりとしないんだ。正直に言いたまえ――優和のことが心配だから、深夜から私が出て来るのを監視していたのだと」


 「え――」


 「ちょ――馬鹿、何を言ってんのよ!?」


 「あのままにして優和だけを連れていくことも可能だったのだが、放置して出発してしまったら、どこまで追いかけてきそうで怖かったからな」


 慌てふためく澪奈を見ながら優和は思考を巡らせる。つまり、澪奈は帰宅した後に明城家まで戻ってきてずっと待機をしていたということになる。それは、ある意味ストー――。

 顔を青くしていく優和の表情に危険信号を察知したのか、自虐気味な高笑いをすることにより優和の思考を強制的に停止させた。


 「――あはははは! まさか、優和までおかしなことを考えているんじゃないでしょうね! エルデさんがおかしなことをしたり、昨日の転校生が襲撃してこないか陰から見守っていたのよ! ぐっすり眠っている優和の姿を脳内でイメージしながらギラギラとした目で監視していた訳じゃないわよ!」


 「そこまで心配してくれていたの!? ありがとう!」


 「ど、どういたしまいて……えへへ」


 これが、昔から続く優和と澪奈の関係性だということは運転席で聞き耳を立てていたエルデには理解できていたが、盲目気味に優和を溺愛する澪奈が心配でたまらない気持ちになっていた。

 

 「優和……お前は本当に器が大きいというか天然というか……生まれ持った性質か……」


 バックミラーから視認できる二人の姿を目にしたエルデはすれ違っていることに気付かない滑稽なカップルを目にするような複雑な気持ちになった。



                     ※



 徐々に建物が少なくなることに不安を覚えながら林の中に作られた地元民しか通らないような道路を進み、幾つかの大きなカーブに吐き気を訴える優和を無視して辿り着いた先は片道三時間の――廃墟となったキャンプ場だった。


 「心霊スポット?」


 「失礼なことを言うな、ここは私が買い取った優和の為の合宿所だ」


 そう言われて改めて見渡してみるが、合宿所と言えば聞こえはいいかもしれないが、字が薄くなりはっきりとは読めないキャンプ場の看板が無いならただの廃墟である。

 赤さびの出て来そうな古びた水飲み場、事務所でもあったのかプレハブの建物は窓ガラスが割れて屋根が剥がれてもそのままの状態だし、テントを立てる為の河原も流れてきた流木や地元の不良でも集まっていたのか空き缶やごみで溢れていた。


 「ていうか、買い取ったんですか!?」


 「そうだ、他人の目があれば異能力の訓練なんてまともにできないからな。それに経費で何とかなる」


 「異能力の訓練じゃなくて、こんな雰囲気ありまくりな場所で苦手なホラー映画を克服する為の嫌がらせかと思いましたよ」


 「良いことを聞いた、ホラーが苦手か……。その内、授業で克服しよう」


 「いやああぁぁぁぁ! やめてくださあああぁぁぁい!」


 「……優和、ナチュラルに墓穴掘っているわね」


 その後、周囲の清掃を提案する澪奈だが、そんなことをしていては時間の無駄だと一蹴されて渋々と寝床であるテントの用意だけ三人はいそいそとテントの用意を始めていくのだった。



                     ※


 「――さあ、特訓コース一つ目の授業だ」


 「はい、エルデ先生!」


 「危ないことをしないといいけど……」


 元気に挙手をしてエルデに返事をする優和を澪奈は腕を組んで離れた位置から見守っていた。

 幸いにも今日のエルデの格好はブルマから全身紺色のジャージ姿に常識具合がレベルアップしていた。ここで優和と澪奈が学校指定のジャージを着ているので、本当に引率の教師と生徒のようだった。


 「だ、大丈夫だから、澪奈ちゃん! それよりも、そのテントをお願いしますっ!」


 勢いよくぺこりと頭を下げる優和の視線の先には組み立て方を間違えて芸術的なデザインになってしまったテントが転がっていた。


 「あーはいはい、少し骨が折れそうだけど、優和のお尻は私が拭いてみせるわよ」


 要領の良い澪奈と全てにおいて器用にこなすエルデが居ながらテント程度を失敗する訳が無い。どういうことか、これまた神がかり的なドジを披露した優和によってテントは残骸になりかけたのだが、ドジの原因がその場から離れることにより何とか残骸から作りかけけのテントまで回復できた。


 「恥ずかしいことを言わないでよ、澪奈ちゅわぁん!」


 「はずかしっ!? そう言われるとちょっとドキドキするわね、はぁはぁ」


 場の雰囲気を変えるようにエルデは大きなため息を吐いた。


 「漫才はその辺にしてくれると助かるのだが」


 「はーい」

 「はいはい」


 普段のエルデならこの気の抜けた返事を強制するところだが、また次のショートコントを見せられては時間のロスもいいところなのでスルーしておくことにする。

 後ろ髪を引かれるようにして澪奈はテントのやり直しと事前に用意していた食材を使っての料理を頼むことにした。必然的に優和とエルデはマンツーマン指導になった。


 「さあ、やかましいのは居なくなった。ようやく特訓の再開だ」


 「でも、何をするんですか……」


 「心配そうな顔をするな、もう一つ言うなら新しい何かを始める時に、でも……なんて足踏みをするような言葉は言わない方がいい」


 はぁい、と気の抜けたような声を発する優和だが、これが彼女の素の返事だった。数日の付き合いで、ここでふてくされるような子ではないことを理解していたエルデはさっさと本題に入った。


 「ランニングや筋トレをする時間はない、急ごしらえだが戦える武器を手に入れる。まずは、これを受け取れ」


 剣や弓矢、もしかして魔法の杖か、などと身構えていた優和に投げ渡された物は意外な物体だった。


 「――ペットボトル?」


 場違いのように両手の上に乗ったのは水の入った500mlペットボトルだった。 

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