9話 再会
寮に住む学生達は最近外出が多い。
「こんにちは~、宅急便です。」
連日、寮生宛てに宅急便が届く。
部屋番号と名前を確認して、ホワイトボードに荷物到着のお知らせ。
「あれ、原田君の荷物がまだ受け取られてないな。」
だいたい、俺の勤務時間が終わった後に帰ってくる寮生たちは、ホワイトボードを確認して荷物を受け取っていくのだが。
「お~い、原田く~ん、い~る~か~?」
ノックをして声をかけるが、返事はない。
どうやら出かけているらしい。
管理室に戻って管理者ノートを調べると、2日前の夜7時から戻ってないようだ。
就職も決まったことだし、実家に帰って身内に報告って感じなのかな。
ま~でも、ずっと荷物を預かっているのもな~。
とりあえず夕方まで待って戻って来なければ連絡を取ってみることにした。
その後も、いくつかの業者から宅急便が届いた。
「最近、荷物多くないっすか?」
こんななんの変哲もない疑問を投げかけてみた。
「ま~、お歳暮時期でもありますし、明後日はクリスマスですからね。では、失礼します。」
業者の方は忙しそうに、颯爽と出て行った。
宅配業者にとってはスーパー繁忙期。白い息を吐きながら走っていく姿。
やっぱり仕事してるって感覚がうらやましく思えた。
俺はおもむろに財布にしまっておいた宮さんの名刺を見つめていた。
夕方、原田君は戻ってきた。
「お~、お帰り。荷物届いてるから受け取ってよ。」
原田君はそう言われると、管理者ノートに名前を書いて荷物を受け取って部屋に上がっていった。
しかし、どことなく元気がない様子。
いつも元気な姿の原田君が、今日はため息をついている。
俺はなんだか気になり、缶ビールを片手に部屋を訪ねることにした。
「お~い、俺だけど。入っていいかな~?」
ドアの向こうから小さな声で「どうぞ」と聞こえた。
ドアを開けると、部屋には明かりがついておらず、原田君の姿が見えなかった
「暗っ。電気つけるよ。」
部屋の入口のスイッチを2、3度押して電気をつけた。
原田君の部屋は想像していたよりもきれいに片付いていた。
どうやら、部屋に入るやバッグをその辺に置いて、そのままベッドに横になっていたようだ。
「ほい、ビール。飲まない?」
ゆっくりとベッドから起き上がり、俺からビールを受け取った。
「俺、、、就職やめて実家に帰ることになったっす。」
原田君は就職が決まり、実家に報告に帰っていたらしい。
当然両親や兄弟は喜び、お祝いの会を自宅で開いたそうだ。
そして、楽しい夜を終えた翌日、原田君の父親は急性心不全が発症し、そのまま帰らぬ人となってしまった。
原田君の実家は農業を営んでおり、妹しかいない原田家にとって、原田君が継ぐしか方法がなかった。就職先の神谷産業には事情を説明しないといけないが、どうしていいものかとずっと考えていたそうだ。
「そっか。ちょっと待ってな。」
俺は自分の部屋に戻り、あるものを探した。
そして、原田君を連れてある場所に向かった。
「こんばんは。」
そこは、おやっさんの屋台だった。
俺は原田君の部屋から自分の部屋に戻り、宮さんに電話を入れた。
そして、おやっさんの屋台で待ち合わせをして事情を話すことにした。
「うちの寮にいる原田君です。」
宮さんに事情を説明すると、宮さんは誰かに電話をした。
そして数十分後。
「こんばんは。類、久しぶりだな。」
そこに現れたのは神谷産業の元社長で、今は大宮の常務取締役兼神谷産業の特別顧問の神谷さんだった。
「社長!ご無沙汰してます。その節は大変ご迷惑をおかけしまして。」
そう言うとみんな大笑い。原田君は1人啞然としている。
「ほんとに迷惑かけたな。おかげで俺は神谷産業絵を辞めないといけなくなったしな。」
類の事件の責任で辞職した神谷元社長。その後、宮さんに拾われて大宮に入社したが、神谷がいない神谷産業は業績が悪化し、神谷の復帰を望む声が大きかった。
とはいえ、神谷はすでに大宮の中核のとして業務を行っている。
そこで、宮さんは特別顧問として神谷産業をサポートしてあげることを勧めた。
宮さんの暖かい配慮と大宮からの外注などで神谷産業は息を吹き返し今に至るという。
原田君は社会の大きな流れの話についていけず、ビールに手も付けれず呆然としていた。
「あの時、皆さんに一言でも相談してたらって本当に後悔してるんすよ。」
そう言うと、神谷さんは俺にビールを注ぎ始めた。
「それで、いつから復帰するつもりなんだ?」
正直、今はまだ復帰なんて考えてはいなかった。
「今日は、その話じゃなくて。。。」
決して逃げ道で原田君を連れてきたわけじゃないんだが。
神谷さんに原田君の事情を説明した。
「まあ、それは実家をしっかりと守っていくことが君にとっては最良だな。」
原田君は「すみません。」と頭を下げた。
「まあでも、就職決まった時は嬉し方だろうし、私も用事があっているから明日会社に2人で遊びに来たらいい。」
また会社に行くのか。みんな、どんな目で見るんだろうか。
俺の中で不安らしきものが生まれた。しかし、原田君のためと思い、部屋へと帰っていった。
「ふぅ~、月がきれいだな。」
なんでだろう、居るはずもない雪美のことを想った。
翌朝10時、久しぶりにスーツに袖を通し、部屋を出た。
寮の入口には原田君がいた。
「よし、行くか!」
久しぶりに歩くこの通り。
「吉崎さん、電車に乗らないんですか?」
やばい、久しぶりすぎて歩いていく気満々だった。
「そ、そうだね。ははっ。」
男2人で歩いていく距離じゃね~な。
電車の中、通勤ラッシュは終わり、窮屈感はなかった。
「なんか、スーツ姿といい、様になってますよね。」
そりゃそうだ。数か月前までこの服着てこの電車に乗って今から行くとこに毎日通ってたんだからな。
「あ、ありがとね。」
苦笑い。と話しているうちに駅に到着。
さて、もう来てしまったものは仕方ない。行くか!
駅から10分ほど、会社に着いた。
外観は特に変わりなく、あの時のままだ。まあ、まだ半年くらいで変わらないか。
「あ、こんにちは。神谷さんに用があってきたんすけど。」
受付の人とはあまり関わりがなかったからかな。何も声をかけられることなく通された。
初めての会社ということもあって原田君は会社の中をきょろきょろ見回している。
俺はその姿を横目に見て、少し笑ってしまった。
「さあ、社長室に行くよ。」
何度も通った社長室までの道。今でも変わらず。
「お久しぶりです。」
社長室の前、迎えてくれたのはあの時の秘書のお姉さんだった。
「社長と顧問がお待ちですよ。」
そう言うと、自分の席の方へと歩いて行った。
そして、ドアの前。
「失礼します。」
元気よく。が余り過ぎて少し声が裏返った。
ドアを開けると、その向こうには。
「なんで?」
そこにいたのは、現社長、神谷さん、それに宮さんとおやっさん。
一同、俺の声で大笑いしていた。
「も~、居るなら居るって言ってくださいよ。」
どこかしら緊張の糸が切れてしまった俺。社長室のじゅうたんの上に座り込んでしまった。
「吉崎さん。」
その状況に気づいたのは原田君だった。
「あ、すみません。失礼しました。」
俺は立ち上がり、現社長に向かって一礼した。
「やっぱり、スーツが似合ってるな。よし、辰行くか。」
宮さんとおやっさんは俺のスーツ姿を見に来てくれていた。
早くサラリーマンとして復帰して欲しいという思いからだろうと思う。
「まあ、今日は一日好きなだけいていいから。各部署の部長にも話しているからな。」
もちろん業務に就くことはない。会社見学のようなもの。
社会人として胸躍らせていた若者の気持ちを想っての配慮。
本当に心が広い神谷さんだと思う。
「それから、今日君達を案内してくれる秘書をつけるから、気になることはその者に何でも言ってくれ。」
社長はそう言うと電話で秘書を呼び出した。
そして数分後。秘書が社長室に現れた。
「失礼します。本日、ご案内させていただきます。前川 雪美です。」