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殺風景な部屋  作者: 緑星 光臨
2/12

2話 導き



歓迎会以来、少しずつ会社の人と話すようになっていた。


あの日、大将と雪美から言われた事。

それは集団の中でのコミュニケーション。

いつも仲間と一緒にバカやっていた俺が、年齢や学歴の違う人達のことをめんどくさいと思って壁を作っているのはもったいない。

大将はそう言っていた。雪美が言っていたことも言葉のニュアンスは違えど内容は同じだった。


それから数日して、部長からの指示で、先輩の外回りに同行するようになった。

雪美とは、家が近所ということもあり、たまに一緒に屋台で飲んでかえることもしばしば。女子社員の中では、俺と雪美の仲が少し噂になっていると雪美から聞いた。

だが、個人的に年上には興味がない。


外回りをしていると、先輩からいろいろと話をする。その会話の中には雪美の話が必ず出てくる。男性社員達の耳にも俺と雪美の噂が入ってきているらしい。

「で、もう抱いたのか?」

薄笑いの表情を浮かべながら、3日に1回は聞いてくる。

何度も年上には興味がないと言っているが、本当にしつこい。

本気でド突きたいと思っているが、笑顔で返さないといけない。

雪美が言った通りだな。そんな日々が繰り返される。


ある日、いつもの屋台に雪美といた。

まあ、話すことなんて俺にはあんまりないけど、ある意味付き合いってやつなのかな。

雪美はよくしゃべる女だ。

女子社員の中で俺と噂になっているという話は毎回鉄板でしてくる。言葉では嫌そうだが、顔は笑っている。

本当に変な女だ。

「おぉ~、こんなところに!」

入ってきたのはいつも外回りを一緒にしている先輩ゆみた 弓田信介しんすけ

そういえば、歓迎会の時にトイレの前で雪美のことを何か話してたのこいつだったな。

信介は俺と反対側の雪美の隣に座った。

「お疲れ様です!」

信介と会話したのは最初のこの一言だけ。まあ、会話とは言わないか。


年上は年上でのんびり話してください!と、一人で屋台のおやっさんと話しながら俺は飲んでいた。すると、一人のおじさんが入ってきた。歳は60くらいかな。上下ジャージ姿、おうやっさんから宮さん(みやさん)と呼ばれている。

「若者がこんなじじいの屋台にめずらしいねぇ。今日はまた三人も。」

雪美と信介はほっといて、俺は宮さんとおやっさんと話しながら飲むことにした。


おやっさんの話によると、宮さんは3年前まで会社に勤めていた。宮さんは建設会社で働いていたらしく、創業当時からその会社にいた。

当時はささいなことで喧嘩しながらも、小さな仕事をこつこつと仲間とやってきた。

会社は5年、10年という時の流れの中で少しずつ成長していき、ようやく他の建設会社と肩を並べれるところまできたという。

「そんなに大した会社にゃあなってねぇよ。」

宮さんは謙遜している様子で笑いながら酒を飲んだ。なんか、カッコよかった。


「ねぇ、ちょっと。」

宮さん達との会話と酒を楽しんでいるところに、雪美の声が割り込んでくる。

振り返れば、テーブルにうつぶせになっている弓田の姿が。

いつの間にこんなに飲んだんだ。

「ははは、このお兄ちゃんは酒が弱いなぁ。」

おやっさんから、弓田は瓶ビール2本しか飲んでないと聞く。しかも雪美と2人で。

「たいして飲めねぇのに、何しに来たんだよ。」

そう心の中で思いつつ、通りかかったタクシーに弓田を乗せて雪美と2人で家まで送り届けることに。

「勘定は俺が払っとくから、しっかり送り届けて来い。」

それはできないと宮さんに断ったが、新米サラリーマンの財布の中身を考えるとそこまでの余裕がない。次の給料で逆に宮さんにおごるという話で話はまとまった。


ぐでんぐでんの弓田をマンションまで送り届けた。時間は深夜2時になっていた。

帰りのタクシーの中、窓の外を眺めながら俺は宮さん達との会話を思い出していた。雪美は疲れと酒が働き、気持ち良さそうに寝ていた。

雪美のマンションの前でタクシーを降り、マンションに入っていく雪美を見届け、俺は帰り道を歩く。

弓田も雪美もだいぶめんどくさい相手だったが、宮さんとの出会いやおやっさんとの3人の会話のおかげで、今までよりめんどくさいと思う気持ちが小さくなったような気がした。


翌日、いつものように会社に出勤した。

「おはよう。」

いつもと変わらない社員達からの挨拶。みんな相変わらず朝は眠そうだ。俺も結局3時間しか寝れずに正直眠い。


朝9時。

部長がオフィスに現れ、いつもの朝礼が始まった。みんな声を合わせ、社訓なるものを読んでいる。これだけは宮さん達の話を聞いたあとでもめんどくさい。

今日はこの場に弓田の姿も雪美の姿もなかった。ついに寝坊しやがったか。

心の中で少しほくそえんだ。


弓田がいない為、今日は社長の車の運転手をするように部長から言われ、いざ社長室へ。

「失礼します。。。あれ?」

なぜか社長室には屋台のおやっさんの姿があった。

こんな街中のオフィスにはに使わない上下ジャージ姿。唖然として立ちつくしてしまった俺に、社長は一緒にソファに座るようにと言った。

頭の中が整理できず、おもむろに

おやっさんの隣に座った。

すると社長は大きな声で笑った。その姿に目をやると、おやっさんもつられたように笑い始めた。

「おいおい、客人の隣に座る平がどこに居るか。」

客人?おやっさん?頭の中はますます混乱した。

おやっさんは社長にこのまま隣に座らせておくように言った。

社長もそのままでいいと指示し、おやっさんとのことを話してくれた。


社長もおやっさんも、以前は同じ会社で働いていた。まあ、以前と言っても15年も前のことらしいが。

おやっさんは請負で建設現場に入っていた。

社長はおやっさんに仕事を依頼していた会社の現場監督だった。

当時は二人の関係性はかなりバチバチしていて、現場での怒鳴り合いは日常茶飯事だった。

時には現場でのフラストレーションが溜まり、取っ組み合いの喧嘩もしばしば。昨日の宮さんの話といい、当時の建設現場は壮絶だったんだなぁと思う。

「おっと、そろそろ行かんと。」

なんと、今日は社長とおやっさんを社用車に乗せて出掛けることになった。


会社の外にある車に向かっていると、慌てた様子の弓田と雪美がようやく出社してきた。

「お、おはようございます。」

息が切れた声で社長に挨拶をすると、明らかに残っている酒の臭いがした。

「お、よう来れたな。」

おやっさんがそう言うと、社長はその状況を悟ったようだ。

「今日は外には出ずに、社内での業務だけにしなさい。」

弓田と雪美は深々と頭を下げ、そそくさとオフィスに向かって立ち去って行った。

「類は残っとらんのか?若い者は強いな。」

若いと言っても弓田とは3歳しか違わないが。いつの間にか、おやっさんも社長も俺のことを類と呼んでいた。

まあ、親しんでくれて何よりではあるが。


車の中、おやっさんは昨日屋台で話していたことを社長と話していた。

まだ会社の仕事についてしっくりきてない俺のこと。

社長は、仕事なんてそんなもんだとは言うが。

ケンタの仕事中の顔を見てると、本当に生き生きとしていて充実した日々を送っているように見えた。

「焦らなくていい。1秒1秒、会社にいることや業務に関わることが今後の自分につながっていくもの。」

偶然ではあるが、今日こうやって社長と一緒に過ごすのも後の自分につながっていくとおやっさんは話す。

正直俺には全く実感がわかなかった。


車はとある料亭へと到着した。社長はこれも勉強だと俺にも同席するようにと一緒に料亭に入っていった。

見るからに高級そうな作りの建物。案内してくれる女性は着物姿でとても凛としたたたずまい。とても息苦しく感じたが、これも勉強だと、社長とおやっさんの後ろをついていった。

新鮮な畳の匂い、しっかりと手入れされた庭園が見える和室に通され。社長の指示に従い、部屋の隅で静かに正座をして先方を待つことに。

10分程静かに談笑していると、先方が中居さんに案内されてやってきた。

「いつもお世話になっております。」

先方は40歳程の男性。身長は180センチくらいで168センチの俺からは少し見上げるような感じになる。

さすがに社会の先輩である弓田とは比べ物にならないオーラが。

先方は3年ほど前から神谷産業と取引をしているK’sファクトという会社の社長の小山さんという方。

実はあの、俺の担任の、神谷産業に導いてくれた、高校の担任の、小山の息子さんだった。

「今日はいろいろ大変な日だな。」

俺にとっては驚きの連発の日。まだ会社に来てから2時間ほどしか経ってないが、2日分くらいぶっ通しで仕事しているような疲れを感じた。


それから何を話したかははっきりと覚えてないが、俺がこの会社に入れたことに関して、いろんな人の力添えがあったということが分かった。自分がこの会社で、何をして、何を想い、何を感じて行動していくか。そんなことを身にしみて感じた気がした。


会社に戻り、社長とおやっさんと別れて自分のデスクに戻った。今日はもう何もできず、終業の時間まで特に代わり映えのない画面のパソコンを見ながら過ごした。


いつもの帰り道。雪美は遅刻をした分、残業をすることになり会社に残った。

今日はまっすぐ帰ろうと思ったが、おやっさんの屋台が視界に入ると、吸い込まれるように入っていった。

「おぉ、類じゃねぇか。あの姉ちゃんは一緒じゃねぇのか?」

おやっさんに雪美が残業だということを伝えると、また大笑いしながら瓶ビールを出してきた。

「この一本は俺からの今日の給料だ。」

クーラーボックスでキンキンに冷えた瓶ビールは、昨日よりも美味しく感じた。

「おぉ類。給料でたみてぇだな。」

タイミングを計ったかのように表れた宮さん。

いつものように5,000円しか入ってない財布だったが、今日は一本だけ宮さんに奢りたくなった。


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