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殺風景な部屋  作者: 緑星 光臨
11/12

11話 行方


いつもの時間が過ぎていく。

サラリーマン時代の俺のことを考えると、本当に腑抜けてしまったように思える。

なぜ、こんなことを思うのか。

あの日、神谷産業に行って社会の現場を覗いた。

雪美のことを意識しすぎてあまり覚えていないが、ところどころ記憶に残る社会人の目が、今の俺とは違い本当に生きていると感じた。


たまに鳴り出す携帯電話。

あの日ケンタに手紙を託してから期待値を高めに液晶を見る。

だが、未だに雪美からの連絡は来ていない。


「類君!」

まだ14時。今日はユイとケンタの居酒屋に行って飲む約束をしていた。

「あれ、どうしたの?まだ14時だけど。」。

ユイは最近バイトを始めた。

この寮の近くのパン屋らしい。

短大が終わり、15時からの3時間がユイのバイト時間。

今日はバイトの初日らしく、俺に会ってからバイトに行くのだと。

「頑張ってな。」

ユイは笑顔を見せつつバイト先へと走っていった。

仕事か。。。ポケットに入れている宮さんの名刺をおもむろに取り出して、じっと見つめていた。

15時になり、お袋が代わってくれるとのことで、ユイとの約束まで少し時間ができた。

俺はコーヒーでも買いにと近くのスーパーへと向かった。

スーパーに入ると、無意識のうちにお酒コーナーに足が運んでしまう。

そして、おもむろに缶ビールに手を伸ばした。

「吉崎さん!こんにちは!」

伸ばした手を止めてその声のする方を見ると、そこには雪美の妹の春奈がいた。

「あ、こんにちは。久しぶりだね。」

そんなに時間は経っていないが思わず久しぶりと言ってしまった。

「あ、風邪大丈夫?」

あの日、春奈に渡した手紙がどうなったか。

すぐにでも聞きたかったが、なかなか切り出せずに雑談が続く。

「あ、あたしそろそろ行かなくちゃ。」

春奈はこれから居酒屋でバイト。女の子の準備は時間がかかる。

「あ、あのさ。」

聞きたかった。「あの手紙はちゃんと渡してくれた?」と。

しかし、それは実行することができなかった。

「あ、お姉ちゃん、今月で田舎に帰ることになりました。」

手紙に書いてあった。だからあの手紙を書いた。

その手紙は。

「あの、ケンタから何か預からなかった?」

春奈の答えはNOだった。

あの手紙は雪美には渡っていない。

これからユイと飲みに行くというのに、なんだか飲まずにはいられない気持ちになり、スーパーの外で缶ビールを一気に飲み干した。

では、あの手紙はどうなったんだ?


18時が過ぎ、ユイから連絡がきた。

今バイトが終わり、そのままこの寮に来るとのこと。

俺はすでに3本缶ビールを飲んでしまっている。

しかし、全然酔うことはできていなかった。

18時半、ユイが寮に来た。

バイト先から走ってきたらしく、息が荒い。

「お疲れ様。」

ユイは満面の笑顔。

「もう飲んでたの?」

酔いはしてないが、体からアルコール臭が出ているのはどうしようもない。

「う、うん。暑くてさ。」

今は冬。ユイの笑顔は苦笑いに変わった。

「よし、行こうか!」

今日はただ楽しく飲むつもりだった。しかし、今はあの手紙の行方が気になる。

そのことをケンタに少しでも早く聞きたかった。

居酒屋までの道中、ユイは楽しそうにバイト先でのことを話してくるが、正直頭の中には入ってこなかった。

居酒屋に着くと、ケンタはいつも通りに迎えてくれた。

大将はすでに焼き場で焼き鳥を焼いている。

まだ誰もいないカウンター席に俺とユイは座った。

ケンタはおしぼりを持ってきた。なんだか今日はいつもよりテンションが高い。

「なんだよ、気持ちわりぃな。」

この上ない笑顔で落ち着きがない。

「実は、俺はるちゃんと付き合うことになったんすよ。」

持っていたおしぼりを思わず落としてしまった。ケンタが雪美の妹と?

「お疲れ様です。あ。」

そこにタイミングよく春奈は現れた。

ユイはこのことを知っていたようで、俺は1人で動揺していた。

ケンタがお客さんに呼ばれて離れたタイミングで、春奈に事実確認をした。

「つい、勢いに負けて。」

勢いって。。。特に春奈に気があるわけでもないが、何となく妹のような気がしてしまい複雑な気持ちが湧いてくる。

「本当にいいのそれで?」

どこか許せない気持ちが。

「類君、何言ってるの?」

ユイの言葉で我に返った。春奈はそそくさと奥に着替えに行った。

「いらっしゃい。どうぞ。」

大将が出してくれたビールを思わず一気飲み。

「あ、乾杯してないのに。」

俺の中で処理ができずにビールで落ち着こうと思っての失態。

その様子を見ていた大将とユイは大笑い。

ユイもケンタも終始楽しそうにその日を過ごしていた。

俺も楽しく飲んでいたんだが、やっぱりあの手紙のことは気になっていた。

そして、閉店間際、ユイがトイレに行っている間にケンタに手紙のことを聞いてみた。

「あれ?ユイちゃんがはるちゃんに渡しとくって言ってあの日持って帰ってましたけど。」

ユイが持ってる。

そして、帰り道。

ユイはだいぶ酔っぱらっている様子だ。

「ちょっと休もうか?」

フラツキ気味のユイの手を引いて、公園のベンチに座った。

「大丈夫か?」

ユイは俺に寄り添いながら小さな声で「大丈夫」と言った。

「それにしても、ケンタとはるちゃんが付き合うなんて思ってもみなかったよ。」

俺も少し酔っぱらっているのかもしれない。

「類君。あたし、類君が好きです。」

何となく、そんな流れになるんだろうなとは思っていた。

しかし、それを聞いて出せた言葉。

「ありがとう。」

ユイのことは嫌いじゃない。俺の好みにすごくマッチしている。だけど。

「あの手紙、私が持ってます。」

俺が聞きたかったこと。

「あの手紙、雪美さんに渡したら、こうやって一緒にいられなくなるんじゃないかと思って。」

何も言えなかった。

雪美とまた一緒にいたいという気持ちが消えたわけじゃない。

俺は、どうすればいいのか。

その日、ユイに言った言葉は。

「分かった。」

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