第1章‐6
「よぉ」
「『よぉ』って…なんでここにいるわけ?」
本当に、何で? いや、これ絶対漫画とかでしかあり得ない展開でしょ。恋愛ものの少女漫画。もう何年も前に定期購読をやめた少女漫画雑誌に、こんなような話があったし。っていうか、意地悪は本当にやめてほしいよ。こんな寝起きのカッコ悪い姿、誰だって見られたくないに決まってるでしょ。陸斗KY? ここは空気読もうって…。
「なんでって…これ、うちの親が持ってけって」
陸斗が持っていたものは、かごいっぱいに入ったフルーツ。私の、大好物達。
「わっ、本当?!」
私が風邪をひいたとき(そんなことは滅多にないけど)、毎回安西家はフルーツをくれた。昔は陸斗が持ってきてくれて、一緒になって食べていた。私も陸斗もフルーツの中ではバナナが一番好きで、ちょっと取りあいにもなったりしてた。最近では、フルーツを持ってきてくれるのは陸斗のお母さんで、陸斗が来ることなんて全然なかったんだけど。
「うちの母さんが持って行こうと思ってたらしいんだけど、急いで行かなくちゃいけない用ができたから、代わりに持ってけってさ。だから、俺が持ってきてやったわけ。文句ある?」
「な、ないけど…」
でも、本当に漫画みたいな展開。陸斗と久々に話した次の日に風邪ひいちゃって、しかも陸斗がお見舞いに来てくれるなんて。いくらなんでもありえないでしょ。でもこれが実際あり得ちゃうとは…。気分が少女漫画の主人公かも、なんちゃって。…ってそんな余裕ぶっこいている場合じゃないよ、これ!
「じゃあ、俺、もう帰るわ。課題やんなきゃいけないし」
その言葉を聞いた途端、私の今までの頭の中でごちゃごちゃしていたものは一気に消えた。あぁ、もう帰っちゃうのね…。そりゃ、こんな無様な格好はあんまり見られたくないし、ここにそのまま居られても困るけど、ちょっと寂しいような…そんな気がした。
「う、うん。ありがと…」
そして陸斗は、本当にさっさと帰って行ってしまった…。
「若葉、陸斗君が持ってきてくれたフルーツ、すぐ食べる? それとも、ご飯のあとにする?」
「今すぐ食べる…」
少しの間待つと、お母さんがフルーツを切って、皿にのせてもってきた。バナナはもちろんのこと、りんご、グレープフルーツ、その他もろもろ…。私の大好きなものばかり。
そう言えば…陸斗の今の好きな食べ物ってなんだろ。昔から一番好きなのはプリンが好きだったけど…。今でもそんなガキっぽいのが好きなのかな? それとも、もっと他のが好きになったのかな? …今の陸斗にプリンとか似合わなさすぎる。想像しただけで、笑えちゃう。
プリンと言えば、陸斗と遊んだあとよく食べてた。それで、隣から陸斗にちょっと奪われて。それだけでちょっとした喧嘩にもなった。私のプリン! とか。若葉のプリンは僕のプリン! とか言っちゃって。最終的には取っ組み合いの喧嘩になって…。うっわ、今思うとすっごい恥ずかしいかも。でも、絶対仲直りして。お互い謝って…。本当、あの頃に戻りたいかも。
あ、だめだ。また泣きたくなっちゃう。こんなところでは、泣けない。そう思っても、また、涙がぽろっと落ちた。…もう、本当に私、最近涙腺ゆるみっぱなしかも。
こんな泣いているところを見られたくないから、私は今度はちゃんと暖かめの服をはおって、ベランダに出た。今日は曇ってて、いつもは綺麗な夕日が見えなかった。
そう言えば春日も言ってたけど、昔、陸斗は私のことをどう思ってたのかな…。あの時は…少なくとも好かれてはいたかもしれない。初めて会ったときだって、あんなこと言ってたし。でも、まぁ、ただの子供の軽い口約束って言うか…。あんなの冗談に決まってる…けど。
───『結婚して』だなんてさ。
あの時、握手して、陸斗が真っ赤になって…。『若葉、大きくなったら結婚して!』何て言っちゃってさ。うん、冗談だね。そうしておこう。そうじゃなきゃやばいもんね。それに陸斗、たぶんそう言ったこと忘れてるだろうし…。
でも、あの時の親の慌てぶりときたら。思い出すだけで笑えちゃう。私、鮮明に覚えているからなぁ。陸斗のお母さんが、一番焦ってた。『すいません、うちの子が変なこと言って…本当にもう…お恥ずかしいです……』とか言いながら、わたわたしてた。うちの親はうちの親で面くらってて。ちなみに私はびっくりして固まっちゃってた。そりゃ、あんなこと言われて驚かない方がすごいと思うけど。
…そういえば、結局あのときの返事、してないな。私はすぅと息を吸った。
「…私、陸斗のこと大好き。だからそのお約束、お受けいたします」
目をつぶりながら、答えを出す。そしてまた、目を開いた。
…そういえばさ。この隣の部屋って、陸斗の部屋なんだよね。隣なんだよね。すぐそばなんだよね。そしてね、つまりね、今ベランダに出てるから、陸斗が窓を開けてたら、この声、聞こえててもおかしくないんだよね…。
…聞こえてたらどうしよう!!! …でも、すぐにそんな考えはなくなった。こんな小声で言ったのが聞こえるわけない。そんなのが聞こえるぐらいなら、陸斗の声が、めちゃくちゃ聞こえてきちゃうって。窓開けてて聞こえてくるのなんて、すっごい大きい音だけだもん。
…ってか、わ、前泣いてたの見られてたらどうしよう…。陸斗の部屋の窓から、うちのベランダ見えるし…。
私はさっと振り返って、陸斗の部屋の窓を見た。…よかった、カーテンが閉まってる。
でも、今日は見られてなくても、この間のが見られてないとは限らないし。…恥ずかしいかも。これからはむやみやたらとベランダに出るのはやめよ。私は自分の暖かい部屋の中に戻り、とりあえず黙々とフルーツを食べることに決めた。




