No.4 コーラの空き缶
アハハハハハ。
リバティは不気味に笑いながら、私の耳元に近づいてそっと囁いたーー
「貴女はもうーー『死んでいる』のですから。それすら気が付かない愚か者ですよ」
その瞬間私の脳裏には、夢とは思えないハッキリとした記憶が浮かび上がってきた。
私を突き飛ばした謎の黒フードを被る少年と、高速で迫り来るトラック。
タイヤを削る様な甲高いブレーキ音を思い出すーー
ここイースターワールドに飛ぶ前の出来事。
それが鮮明に脳裏に焼き付いて離れない。
「なっ……!あれは……!」
もしあの出来事を実際に起きた現実と認めてしまえばーー私は、リバティの言う『死んでいる』事となってしまう。
「もう一度言いますよレナ。貴女はもう『死んでいる』んです」
「あれは夢だ……!そうに違いない……!私は死んでいない!今ここでこうして生きている!!」
声を荒らげて否定した。
全てはリバティのでっち上げーー
だって私は今もこうして生きている……はずだ。
カラカラ……コツンッ。
風で転がって来たコーラの空き缶が、私の足に当たって止まった。
ーーくそっ……!
私は怒りに身を任せ、リバティに投げつける為にその空き缶を拾いあげようとしたーー
だがーー
「……あれっ!?」
その空き缶は、一切微動だにしなかった。
優しい風で転がる、軽いはずの空き缶。
硬いとか、重いとか、そういう次元の話じゃない。
ーー『動かない』
それを見たリバティが笑顔を見せる。
「だから言ってるじゃないですか。貴女は『死んでいる』んですって。もうこの世の全てに、貴女は干渉出来ない。つまり……迫害ですよ」
「そんな……!私が本当に……死んで……!」
私は『死んでいる』。
動かない空き缶を目の当たりにし、私は自分の死を思い知らされる。
そんな現実を突き付けられ、私の中の何かが恐怖で壊れるのを感じた。
唐突に全てのものに別れを告げられ、未来が終わった絶望感と喪失感。
その時理性を失った私は、当然正気でいられるはずもなく、精神は崩壊して崩れ落ちた。
「嫌だァァァァァ!!!」
泣き崩れながら、全力を超えた悲鳴を上げた。
それをため息を吐いて笑うリバティだった。
「あーやっぱりこうなっちゃいましたか」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!」
もう何もかもが鬱陶しいーー
「語彙力が幼稚園児並ですねレナ。これでは会話にならないですね」
「喋るなお前!!」
「アハハ口が悪い。動物はですねレナ、IQが離れていると会話が難しくなるんです。せめてがんばって人間レベルに上げてもらえると有難いです」
泣き叫ぶ私に一切の優しさや容赦が無く、リバティはどんな時でもこんな調子で人を煽る。
「お前としたい会話なんてない!」
「随分怖がっていますね。まぁ仕方がないです。それは『タナトフォビア』という”死恐怖症”です。死ぬと全てが『無』になるんじゃないかって思い込む、自律神経系の障害の事を差します」
「うるさい黙れ!私はママの所に帰りたい!帰りたいの!!」
私がそう怒鳴った所で、リバティは私の腕を引っ張って突然駆け出した。
咄嗟のこともあったが、力が抜けていた私はそれに逆らうことが出来なかった。
「ちょっと来てください」
「なっ!?何するの!?離して!」
しかしリバティは止まることなく、シーっと人差し指を立てて私に警告した。
そしてすぐに私を連れたまま近くの物陰に身を隠した。
怒鳴り散らそうとした所で、リバティは再度人差し指を立てて私を黙らせた。
その時だったーー
あちこちに設置されていたスピーカーから、園内全てに響き渡るアナウンスが流れ出す。
陽気なメロディの直後、止まった大観覧車の側面にあった大画面液晶モニターが点灯した。
『ニシシ!Let’s イースター!楽しんでるー!?』
画面に一人の少年が映り、深く被ったフードの中でニヤリと笑みを浮かべている。
黒のコートを着る白髪の陰気な少年。
その画面に映った少年に、私は見覚えがあった。
私を道路に突き飛ばし、トラックに轢かせてーー『殺した』張本人。
「あっ……!あいつ……!!」