終わらないイースター始まるよ
「わー!パパ!ママ!あそこにいるよ!」
「待って”レナ”。そんなに焦らなくても大丈夫よ」
当時5歳だった私ーーレナ・エンフィールドは両親の手を引きながら、遊園地の中で無邪気に笑う。
ここはイースターを題材とした、開設したばかりのテーマパークーー
『イースターワールド』
観光客の笑顔で溢れ、私達を希望と幸せで包み込む。
この『イースターワールド』はもちろん様々なアトラクションやパレードで賑わうが、人気の大きな理由は他にあったーー
「レナ?あれはウサギ?」
『イースターワールド』の目玉であり、絶大な人気を誇るぴょこぴょこと動くその生物。
ママは指を指して問うが、パパが笑いながら言い返す。
「違うぞママ。あれはタマゴじゃないか?」
ウサギのようなーー
タマゴのようなーー
その生物は実際に命を持ち、ここ『イースターワールド』内だけで生息する不思議な存在。
この遊園地でしか見ることはできず、詳細全てが謎に包まれた生物。
一体どこで生まれ、どのように活動する生物なのかーー
ウサギの耳や顔を持ち、身体がタマゴのフォルムでボールのようにぴょこぴょこ跳ねる。
丸い身体には、横にジグザグ曲がったラインのヒビが入っており、まさにその容姿は割れたタマゴそのものだった。
二頭身の小さなボディーー
5歳の私より一回り小さい。
どの研究者も欲しがったが、その小さく可愛い容姿に心を奪われ、不思議と研究がどうでも良くなってくるらしい。
そんなここのマスコットキャラクターを務めている生物が、園内のありとあらゆる場所で触れ合うことが出来る。
「全然違うよパパママ!あれはーー『ラビットエッグ』よ!」
『ラビットエッグ』と名付けられたその生物は、今やテレビやネットで目にしない日はない。
「レナはラビットエッグが大好きなのね」
「うん!幼稚園でも大人気だもの!私!イースターワールドがだーい好き!」
この時はまだ誰もーーラビットエッグのお腹のヒビが開く所を見た者はいない。
※
12歳になったある日私は、病室でママと二人笑って話していた。
「それじゃあママ!そろそろ友達と約束がある時間だから行くね!」
私はベットに座るママに向かって、笑顔で手を振ってそう言った。
するとニコッと優しい笑みを私に向けて、手をゆっくり振り返す。
「パパとお留守番お願いねレナ。何かあったら、すぐパパに連絡してもらうから」
「分かってるよママ!明日だもんね!私のーー弟が産まれる日!」
私が病室にも関わらず、ハイテンションの笑顔で話すにはこの理由があったから。
明日ママのお腹から男の子ーー私の弟が産まれる日。
ママは出産を控えて、この病院に入院していた。
ーーもうすぐ弟が生まれるのよ!?これが落ち着いていられますかって……!
洗面所の鏡に自分の姿を写し、意味もなく髪型を整えたりしてみる。
ソワソワしているのがママの目から一目瞭然であり、クスッと笑われて私は赤面する。
私ーーレナ・エンフィールド。
紅色の肩まで伸びるミディアムヘアーで、黒のキャスケットを頭の上にぽふっと乗せている。
身長150センチと12歳平均の小柄な体型。
そして大きめの白のニットセーターと、太ももを露出させたショートパンツを着こなす。
パパには大人びた格好過ぎると、何度も怒られてきたファッションだが、私はそろそろお洒落したい歳頃ーー
少し活発で元気が過ぎる女の子と、周りによく言われていた。
「ママ行ってくるね!夕方にはちゃんと帰るから!」
そう言い残すと病室を飛び出し、スキップするように病院を後にした。
「ママにドーナツでも買ってプレゼントしよう……!絶対に喜ばず!」
そのサプライズはとても小さなことかもしれない。
けれど今頑張っているママに、どんな小さなことでも喜ばせてあげたい。
これからママはもっと大変で忙しくなるんだからーー
「お姉ちゃんの私が、ママをいっぱい助けてあげないと……!」
そこまで一人言を言ったところで、私は自分の今の発言を振り返る。
するとこれから来る楽しみと期待に、胸が高ぶる思いで嬉しさが込み上げてきた。
「お姉ちゃんって言っちゃったよ私……!どうしようニヤけるー!」
もうこの喜びを、街ゆくすれ違う人全員に言い触らしたい気分だった。
「でもどうせなら今日生まれてくれれば、学校お休みでよかったのにー」
明日は朝から学校があり、もし日中に出産があれば、私は放課後までお預けということになる。
街を少し歩き、歩行者信号が切り替わるのを待っていると、ビルの壁面に設置されているLEDモニターで、CMが大音量大画面で流れたーー
『イースターワールド』
新イベントの告知に、昔変わらずラビットエッグが飛び跳ねる愉快な映像。
毎年恒例行事となっているそのイベントで、人々が季節の変わり目を思い知る。
そして今日この日が、そのイベントの開催日ーー
「そっか……今日は『春分の日』ーー『イースターの日』だったっけ」
信号が切り替わり、私は早足で大通りを抜ける。
道を外れようと左に曲がった所でーー
ドンッ!
出会い頭に人と正面からぶつかった。
「キャッ!」
後ろに倒れ込み、腰を地面に打ち付けた。
「い、いてて……!」
前に視線を戻そうとした所でーー一枚の封筒が、私の額に落ちてきた。
尖った角で痛かったが、それよりも落ちた封筒に貼られたシールに目がいった。
「なにこれ……?」
見覚えのある、『イースターワールド』のマスコットキャラクター。
ラビットエッグがデザインされた一枚のシール。
「これ……『イースターワールド』の封筒?でも一体どこから?」
封筒を拾いながら、先ほどぶつかった人物に謝ろうと前を向いた。
そこにはーー黒いフードの着いたコートマントを身に纏う、白色で長髪の少年が立っていた。
前髪を隠すような陰気なイメージを持つ少年で、私と同じくらいの低身長だった。
しかし倒れる私を見下すように、不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「……ニシシ」
私はショートパンツの隙間を見られていると思い、急いで立ち上がる。
そして封筒を差し出して謝った。
「ご、ごめんなさい!急いでいたので!」
「……いや」
少年は表情を変えずに、声を吐き捨てるように言った。
「この封筒は貴方のですか?」
「……そう。俺の封筒」
「ごめんなさい!中は見てませんので!」
私はそう言って返そうとしたのだがーー
「……それあげる」
「えっ!?結構ですよ!」
突然あげると言われて戸惑った。
他人の封筒には興味が無いし、何より私は不気味さを感じている。
しかし少年はギロりとした目で私を笑う。
「……開けてみてよそれ。すっごいから」
「えっ……!」
興味は一切無かったが、早くこの場を逃げたかった私は、本人が言うならと早く開けてやり抜こうと思った。
封筒のシールを剥がし、少年の様子を伺いながら、恐る恐る中から一枚の手紙を取り出した。
一言だけーー
手紙には子供の字で書かれていたーー
『終わらないイースター始まるよ』
「終わらない……イースター……!?」
その瞬間ーー少年はニタリと笑い、私の身体を強く突き飛ばす。
「……始めようか」
体勢を崩しながら倒れたそこは、交通量の激しい大通りの”車道”だった。
「えっ……!?」
そこが車道の上だと気づいた時にはーー
既に目の前に、高速で接近するトラックの姿があった。
キキーッ!
激しいブレーキ音が響き渡るが、突然車道に飛び出た私を避ける事が出来ずーー
私の意識が一瞬にして、この世界から消え去った。
ーーーー
ゴーン!!
大きな鐘の音が私の意識を連れ戻す。
倒れていた私は、跳ね起きるようにこの世の全てを警戒した。
「はぁ……!はぁ……!」
荒い呼吸で自身の身体をこまなく探る。
先ほどトラックに撥ねられたはずの私の頭の中は、とにかく自分の身体の安否だけだった。
何事も無かったかのように無傷で、もちろん痛みや苦しみもない。
首を傾げながら、辺りの異変に気がついた。
「こ、ここは……!」
街の大通りにいたはずが、いつの間にか私は、日が暮れたどこかの遊園地に立っていた。
明かり一つない静寂な遊園地だったが、すぐに見覚えのある遊園地であることが分かったーー
「嘘でしょ……!?ここはーー『イースターワールド』!?」
幼い頃から家族で何度も来た、闇夜に包まれた『イースターワールド』。
今の現状、自分に置かれた状況全てが理解不能で、私は頭を抱えて混乱していた。
「どうして私が『イースターワールド』に!?私は確か……トラックに撥ねられたはず……!それにいつの間にか夜になってるし……!どういうこと!?一体何がーー」
朦朧とする意識だったが、首を左右に振って気を引き締める。
とにかく歩きだそうとするが、手に持っていた『イースターワールド』の封筒から、先ほどとは違う別の手紙がヒラリと落ちた。
拾い上げ、読み上げるーー
子供が書いたような汚い字で書いてあった。
「『天国と地獄ゲーム』……!何よこれ……!?」
いつもご愛読ありがとうございます!
既に完結済みの小説も是非読んで頂けると嬉しいです!!