風に舞う羽根⑥
気の置けないやりとりをするフォグとコルヴォを荷台から肘をついて見ていたリトアはふと、素朴な疑問を投げた。
「お二人って恋人なんですか?」
「は、はあ?」
ばっと振り返ったコルヴォの声が裏返る。
「わたしとフォグさんが恋人に見える? そうですか? そう見えちゃいましたか? いやいや、困りましたね。いえいえ、見えちゃうものは仕方ないですが、まあまあ、そうですかそう見えちゃいましたかあ」
「ちがうぞ」
「ちょいっ!」
鋭い手刀がフォグの後頭部を打ち据えたのだ。
「……痛いんだが」
「乙女の尊厳を攻撃されたので迎撃したまでです!」
ふんっと肩を怒らせたコルヴォはつり上がった目のまま荷台を振り返り、むんっと唇をとがらせたままリトアに言葉を投げつけるように答える。
「ま、そういうわけです。こっちから願い下げですよお! こんな朴念仁のボサボサ頭。仕方なく、仕方なーく一緒に居るだけです」
なおも怒りが収まらないのか、ぷちりぷちりとフォグの髪を一本ずつ引き抜く。
「ハゲるんだが……」
「いっそ無い方がすっきりするんじゃ無いですか?」
「うっ」と呻いて、抗議するフォグを無視して、コルヴォはまた一本引き抜いてから「わたしは……」と考える仕草をみせた。
「わたしは荷物ですよ」
「荷物? それはわたしと同じってことですか?」
「はい。といっても、目的地は、う~ん、どうですか? フォグさん。もう見えてきてますか?」
試すように、にやついていた。
それに対して、青年は嘆息を一つ。
「悪いな、まだだよ。まだずっと遠い」
「それはざんねん」
肩を竦めたコルヴォが口とは裏腹にあまり残念そうに見えなかったことに、リトアは首を傾げるほか無かった。
頭上では一つの影がくるくると回る。
「くぅうー」と鳴いたその影を見上げてフォグが弾んだ声で呼ぶ。
「ヤタっ!」
「ちっ、もう戻ってきたんですね。あの鳥畜生」
旋回して降りて来た翼を持つ彼女は目を細めて存分にフォグに甘える。
そんなヤタに満更でもない親馬鹿全開のフォグと憎々しげな顔を向けるコルヴォ。
乙女というのは他人のそういう関係には敏感なもので、首を突っ込む機会を窺っていたりする、リトアもそんな年頃の女の子には違いなかった。
そろりと荷台からフォグとは反対側から顔を出したリトアはこそりと訊ねたのだ。
「好きなんですか? フォグさんのこと?」
「へっ?」
リトアを振り向いた顔は唖然。
その後に、黒髪を揺らし、少女はふっと笑んだのだ。
「そう、ですね。それに近いです。今のわたしはフォグさん無しでは生きていられないのです。そしてその依存関係は一方的です」
ころころと彼女は笑った。それが自嘲であったことはリトアにも理解出来た。
「だから、困るんです。フォグさんにはちゃんとわたしを見ていて貰わないと、……それこそ、まるで恋人みたいに」
目を細めたコルヴォの横顔はまるで打算的で、企み事をするそれだった。
それは『好き』なんですか?
そんな問いを呑み込んだのは、『はい』とう答が返ったときに、自分がなにも言えなくなることが分かっていたからだった。
だってそうだ。
好きというのは、無条件に相手を手に入れたいという欲求なのだ。
持ち寄るものが無く、それでも相手の気が欲しいというのなら、それはもう人間であるが故の感情を絆すしか無い。
その心が欲しいと願うのなら、それは『好き』でいいのかもしれない。
それでも、わざわざ、そんなややこしい言い回しを、そんな自分に言い聞かせるみたいな顔で言うコルヴォに、リトアは一つを思わざるを得なかった。
「コルヴォさんって、ひねくれ者ですよね」
それもかなりの。
「はあ? なにを言っちゃってくれているんですかあ?」
眉根を寄せ、心外だと表情で語っていた。
「昨日は大人しい子だと思っていましたけど、よく考えれば知識でしか知らない世界に杜撰な計画で飛び出してきたお転婆さんでしたね。なんだか、納得しましたよ」
憎まれ口を叩くコルヴォは片目を閉じて、「あはは」と頬を掻いたリトアに意味ありげな視線を送った。
「でもまあ、このわたしに向かってそんな口を利ける強かさがあるのなら、案外何とかなるかもしれないですね」
「それって、もしかして褒めてくれてます?」
「さあ、ただの皮肉かもですよ?」
ふふんと笑う黒い髪の少女の真意はやはり計り知れない。
そして、
(フォグさん、あなたの正体も)
鴉と戯れる青年を盗み見たリトアは自然と拳を握っていた。
(フォグさん。あなたは本当に『銀燭の魔鴉』ではないんですか?)
その銀髪に、本当に意味などないのか。
もしも、訊ねたら、素直に答えてくれるのだろうか。
『鋭き銀羽根』を滅ぼしたのはほかでも無い、『銀燭の魔鴉』。
昨夜、二人を追ってリトアが扉越しに聞いてしまったその意味を。
それがどうしてコルヴォに、そして、フォグに関わってくるのかを。
「ねえ、コルさん、フォグさんってどんな人ですか?」
「なんですか藪から棒に。そんなの見てれば分かるでしょう? 無神経で無愛想で無精。おまけに鳥畜生に傾倒する異常性癖者っ! 『へ・ん・た・い』ですよ!」
ちくりちくり、剣の先で首筋をつつくようなコルヴォの言葉が都合よく届いてないなんてことは無く、フォグの背がみるみる丸くなっていく。
「辛辣なあ」と遠い目をする彼に頬ずりして慰めるヤタ。
『もう捨てよう? あんな荷物捨てちゃおう?』
「くうあー」と鳴いた声にそんな副音声が着いていたかは定かで無い。
「ついでに言うと莫迦ですバーカ!」
「あ、あのもうその辺に……」
ヒートアップするコルヴォをけしかけたリトアが宥めるという有様である。しかし遅かった。既に火ぶたは切って落とされてしまっていた。
「くわああッ!!」
「ああんッ? 煩いんですよ鳥畜生!」
荷台で立ち上がったコルヴォがサーベルを抜き放つ。
荷台の屋根に飛び移ったヤタが大翼を広げて毛を怒らせる。
「うわあ、ちょっと!」
悲鳴を上げたところで、仲裁役のフォグは老人のように背中を丸め遠い目をしていて頼りにならない。
(もしかして以外と繊細?)
そんな疑念を確かめる間もなく、さらに悪状況が連鎖する。
車体を引くラグドーラのミィルまでが「きゅああー!」と嘶いたのだ。
もともと軍用に調教されていたラグドーラである。
騎乗者の士気に従って興奮する性質のために、背後の怒気に充てられたのだろう。
「ええーっ! ちょっとこれ大丈夫なんですよね? ね、ねえ! だれか大丈夫って言って下さいよおぉおおおお!」
走り出したミィルを制御しようとするものは誰もいない。
リトアは、荷台の中でいつ車体がひっくり返るかとびくびく震えながら、頭を抱えて丸くなっていた。
配達人は進む
荷物を携えて
鴉の導きに従って