風に舞う羽根④
『ソレイユ』は配送物の料金を『大きさ』と『重量』で決める。
加えて移動間の特別な管理の必要有無や、配送場所までの危険性なども加味されるが、麻薬のような国法で扱うこと自体が禁止されているもので無ければ、大枠で考えてその二点で間違い無い。
つまるところ、違法で無ければ何でも運ぶと言う事である。
例えばそれが、『人』という荷物であってもだ。
フォグが夕食を口にしながら依頼された仕事もそう言う話であった。
「つまり、この『リトア』って子を、『ハウル』の支部まで配送したいと言うことですか?」
シチューを運ぶ手を止めて、フォグは馴れない敬語で長役と、その隣で所在なさげに身を小さくして座る『配送物』を見やる。
もしかしなくても、その短髪の少女は馬車の前で『銀色の魔鴉』の名を出したあの少女だった。
フォグの確認に長役は神妙に頷いた。
「ええ、リトアの父は村を出たきりで、その後の連絡は途絶えてました。しかし、手紙を今日あなたが届けてくださいました。手紙の通りなら、この子の父は戦場の女神に抱き留められ、今この村には、この子の身寄りがおらんのです」
もともとリトアの父は、幼い彼女を連れてこの村に来た新参者だったらしい。
村では狩人として周辺の魔獣を狩る仕事をしていたそうだが、リトアを長役にまかせて村を出て行ってしまった。しかし、ヤタによってもたらされた例の赤線の手紙によって、父の訃報がもたらされることになった。
コルヴォの運んできた手紙がこの配送依頼の発端になったのだ。
「そいつは、口減らしってことですか?」
『ソレイユ』が配達に訪れるとは言え、山間にはやはり物資が不足しがちだ。長役と言えども、自分のせがれも居るわけだし、子供を一人養い続けるのは気軽に決心できるものでは無いだろう。
ましてや、旧知とは言えない新参が置いていった娘なのだから。
「まあ、そう思われても仕方の無いことでしょうな」
フォグにじいと見咎められ、長役は瞼を伏せて肯定する。
珍しい話でも無い。
、戦争が終結した昨今は、男手を失った山村で子供を街へやるのに、『ソレイユ』を利用する依頼者が少なく無いのは事実だ。もっと言えば、『ソレイユ』に依頼するだけ良心的だとも言える。配送代を渋り、寒空に一人放り出すような場合もあるのだから。
フォグは『ソレイユ』の配達員だ。依頼を請けて運ぶのが仕事である。依頼人の細かい事情を知る権利など、本来は持ち合わせてはいない。
それでも、フォグの目は自然と細くなってた。
「あの、違うんですよ」
フォグに喰ってかかるように、席を立ったのは、リトア本人であった。
「私が自分で言ったんです。この手紙を受け取ったとき、このまま家の子になってもいいって言ってくれたのを、私が、断ったん、ですよ」
もともと自分の意思を積極的に伝える子ではないのだろう。勢い勇んで口を開いたくせに、最後には尻すぼみになっていた。
そんなリトアを「いいから」と長役は優しく宥めた。
「本音を言えばですね、私はこの子を余所へやるのは惜しいのです。こう見えてこの子は腕が立つ、少し前に成人したばかりなのに、大人でさえ手間取るような魔獣を狩ってくることもあるのですぞ? おまけに賢い、一人で読み書きができるようになってしまいましたからな。そして聡いから、この村で自分の立ち位置を感じ取って、波風を立てぬように自分の意見を押し殺すようになったのです」
フォグの目算は誤っていたようだ、成人したばかり、つまり、まだ十三歳だったらしい。
「この子が我慢を続けたのは帰ってくるはずの父を待つためです。だったら、私はこの子を解放してあげるべきでしょう。なぜなら、この子の目は既に外に向いている。例え私が村の役割を与えてやったとしても、自分の生き方を考え続けるでしょう。そういう子は田舎には向かない」
「あの、私……」
戸惑った顔で、リトアは長役を見上げた。
穏やかな顔で微笑み、長役は返していた。
その目はこれまでもリトアを見守ってきたのだろう。
外の世界を知りたくて、書物を読むために独学で文字を勉強していたときも、外から来た人間が語る話に幼い子達に混じって聞き耳を立てていたときも。
ごくりと、唾を飲み込み、リトアは震える顎を開いた。
「私……、外へ、行きたいです。いっぱい知りたいことがあるんです。世界の事とか、父さんのこと、それに『銀翼の魔鴉』のことも」
臆病な彼女の、精一杯の主張だった。
胸の前で組んだ手は震えていたのに、目だけは逸らさずフォグに向いていた。
「はあ」と、小さな嘆息は口の中で。
「意地の悪いことを言った。謝ります」
すっかり食事を平らげたフォグは食器を持って立ち上がった。
もともと、フォグには事情を聞く権利があるわけでも、ましてや、正当な配達物を断る権利があるわけでもない。
「明日中に出発するから、準備は終わらせておいてくれ」
こくんと頷いたリトアを確認すると、フォグは部屋から出て行った。
良くある話、ましてや、今回は本人が望んだ話。
どこにも、フォグが怒る理由は無い。
そう、少なくとも、今のフォグは別に怒っている訳では無かった。
家の裏に置いてあった瓶から水を掬い、口と食器をゆすぎ夜風で頭を冷やす。
怖いのだ、下手を打って、銀魔鴉を知りたがるリトアに剣を抜くようなことになることが。
「気にしすぎか」
「そうですよ、フォグさん」
コルヴォだった。
同じように瓶から救った水で食器を流し、どうでもよさげに続ける。
「それでも『戦場覇者』ですか? 確かに懸念はあります。リトアさんがどの程度『銀燭の魔鴉』について聞き及んでいるのか分かりませんからね。そして、事実が知れれば、リトアさんが憤るのも必然でしょう。だって……」
言葉を切ったコルヴォはちらりと、星を仰ぐフォグに視線をやった。
「――『鋭き銀羽根』を滅ぼしたのはほかでも無い、銀燭の魔鴉ですから」
秘密を攫うように、小さなつむじがフォグの前髪を弄って瞳を露わにした。
見上げた先にある、星と同じ輝きをした、銀の色をしていた。
「……やめろよ」
「身から出た錆、ですよ」
絞り出した悲鳴にも似た彼の懇願を、しかし少女は切り捨てる。
「とにかく、ちゃんとお仕事して下さいよ? フォグさんが本当のログデナシになったらわたしまで食いっぱぐれちゃいますから」
言うだけ言って、少女は先に寝床へ引っ込んでしまった。
それから、暫く独りで佇んでいたフォグは静かに瞼を閉ざした。
「まだ、遠いな」
目的の場所まではまだ遠い。
もっと、もっと、その色が見えなくなるまで、歩いて行かなければならない。
『戦場』から、もっと遠くへと。