風に舞う羽根③
荷受けは村のまとめ役達と供に目録に従って照合後、受領サインの一筆により完了した。
日も傾きかけていることから今夜は予定の通りこの山間の村で一泊を願い出たフォグ達を、長役の頭の寒い男はおおらかに受け入れた。
『何も無い村ですがどうぞ、……私の頭ほどでは無いですがね』などと、妙に自信ありげに宣う長役と、それに容赦なく腹を抱えて笑うコルヴォのおかげで引き攣った顔になったフォグを長役の家で出迎えたのは、一羽の鴉であった。
黒い体毛に紋様にように浮かぶ白毛。
雄大に空を駆る姿は一部の地域では吉兆を司るとされる鳥獣。
『ソレイユ』のパスケースを首から提げる、広げれば二メートルの翼を持つ、鴉の魔獣。
『ヤタ』――それが、フォグ専属の『先駆』、翼を持つ彼女の名であった。
『先駆』という役割を簡単に説明すれば、ガイドサポート役だ。
先の道に土砂崩れ、危険な魔物の形跡などの不確定要素を先行することで察知し、荷に危害が加えられないように配達員を誘導する。
整備された道を行き来する『定行便』では随伴することは少ないが、フォグのような未開地を進むことも珍しくない『遊行便』の配達員には必須と言っても良い役割である。
何度も目的地までの道を行き来する体力が必要となるため、ある程度の知能と能力さえ認められれば、ヤタのような魔獣を『先駆』として頼っている配達員も昨今ではそう珍しくは無い。
フォグの目の前に、静かに着地したヤタは、愛らしく首を傾げ、くりくりした瞳で彼を見上げた。
とどめに、「くう」と小さく鳴かれてしまえば、フォグが膝をついてしまうのはもはや条件反射だ。
「ヤタ! 元気してたか? ちゃんとメシくってたか? よしよし」
興奮気味な声がいつもよりも弾んで聞こえるのは気のせいではない。
一人で獲物さえ狩れず、やせて力も出ず倒れていた頃に拾い、今ではフォグの仕事に居なくてはならない相棒に育ってくれた大事な愛娘だ。再会が嬉しくないはずがない。
触れてやれば満更でも無さそうに大きな瞳を細めて擦り寄ってくるのだから尚更である。
「なにを大げさな。今朝だってそうやって撫で回してたじゃないですか」
冷めた目で親娘の再会をバッサリ切り捨てるコルヴォはおもしろくなさげに唇を尖らせていた。
今日中には目的地に辿り着けるだろうから先に村で休んで待ってるように言って、手紙類の軽い荷を背中の鞄に託し、先触れ代わりに今朝方派遣していたのはコルヴォの記憶に新しい。
もちろん、その際の今に劣らないスキンシップだって憶えている。
そんなコルヴォを、フォグの肩越しに見上げたヤタは、猛禽特有の目でじっと見つめた後、小馬鹿にするようにふいっと逸らしたのだ。
「くあっ」
「なっ! こんの鳥畜生の分際で!」
「くわああっ!」
叫び声を上げて掴みかかろうとするコルヴォに、受けて立つと言わんばかりに羽を広げて威嚇するヤタ。
「ちょ、おい二人ともやめろ!」
あわててフォグが治めにかかるが、両者の勢い止まらない。
「だいたいねえ、身の程をわきまえろって言うんですよ! いつもいっつもフォグさんの膝の上やら肩やらに当然って顔して居座って! むっかつくんですよお!」
「くわあ、くぅ、かあっくわあ!」
「ああん? あとからしゃしゃり出て来たくせに私たちの関係に口出すな? 知るかってんですよ! 後だろうが先だろうがわたしが見つけたらもうわたしのなんですよ! ましてや鳥畜生風情が図々しいんですよっ!」
「くあぁ? かあう、かあ。くあっ!」
「厚かましいのはそっちでしょうに、このっ! 串焼きにしてやりますよ!」
「くああ!」
コルヴォがコートの中に佩いた剣に手を伸ばし、ヤタが不穏な魔力を纏い始めたところで、ついにフォグが切れた。
「いい加減にしろ!」
「くるうっ」
「ふぁ、いふぁいれふぅ」
片手でぐいっと少女の頬を引っぱりあげ、いつもは半開きの眼をぎんっと尖らせてヤタを睨めつけたのだ。
「お前はオレの荷物! んで、お前はオレの相棒! 何度も言ってるだろう? 荷物を安全に運べるのはヤタのおかげ、んで、荷物を大切にすんのは配達員として当然のこと! お互いを尊重しろ!」
「……ふぁーい」
「……くわあ」
念押しするように両者をじろりと睨んで返事を引き出し、フォグも矛を収める。それから、いつもの半目をすこし柔らかくして、赤くなった頬と、艶やかな黒毛が生えそろう首元を順番に撫でた。
「痛くしてごめんな。……怖がらせてごめんな」
これで、いつも通りの仲直りである。
「いやいや、よかったですな。ケンカしても部屋が散らかるだけですから……私の頭みたいにね!」
「……」
控えていた村長の戯れ言は聞き逃すことにした。