風に舞う羽根②
『ギルド』という制度が成立したのは戦時、小国の集まりである連合軍が大国ディオピタルに対抗しようとしたことがきっかけだった。
大国の脅威に何もかもが及ばなかった小国達が抵抗するために必要だったのは、必要な場所に必要なだけの能力がそろうこと。
それを急務に執り行うために、諸国連合の首脳は国境を問わずに人材を派遣する制度を創立した。
それが『ギルド』の起こりだ。
一番はじめにできたのは傭兵ギルド『ハウル』。
ディオピタルの侵略に魔獣の対策、『力』という才能は真っ先に求められた。
『銀燭の魔鴉』の台頭により、戦争が激化すると、今度は物資の不足が目立ち、いくつか創立された『ギルド』の内、商業ギルド『メルロア』が力をつけた。
物資を用意できてもそれを届ける者が居なくてはならない。
そうして、擁立されたのが、配送ギルド『ソレイユ』。
『ソレイユ』の強みはなんと言ってもその地図の精確さにある。
測量という作業には多大な膨大な時間と金と人を必要とする。
大陸の精確な地図を作るのは、国家の力でさえ難しい。
『ソレイユ』は、構成員の努力の甲斐もあって、いまや。『神域』とディオピタルをのぞいた大陸のほとんどを映す精確な地図を有する組織と言われている。
その情報力を組合員に一部公開し、貴賤無く広く募った依頼を携えて大陸中へ荷を運ぶ。
それが『ソレイユ』の事業内容だ。
『ソレイユの翼に乗っければどこへだって届く』。
そんな噂が五歳にもならない子供の間でだって囁かれるのだから、翼のエンブレムとトレードマークのカンカン帽がどれほど世間と密接にあるのか分かろうというものだ。
――だから、山間の小さな村に到着したフォグとコルヴォを子供たちが取り囲んで囃し立てているのも別段珍しい光景では無かった。
「いやいや、大歓迎ですね。ちょっと照れくさくなるくらいですよ」
フォグに身体を寄せるコルヴォがはにかみながら言う。
それにのんびりした口調でフォグは答えた。
「まあ、お目当てはこの幌馬車の中身だけどな」
『メルロア』との提携により、あらかじめ集落の長や領主との間に取引が終わっている商品を届ける役を『ソレイユ』は担っている。
ある程度の規模がある街間であれば『定行便』が出るため、そのありがたみは薄いが、こうした普段人の出入りが少なく、物資が不足しがちな小規模な土地を訪れるのは、『ソレイユ』の中でもフォグ達のような『遊行便』に限られる。つまり、来訪はそのまま晩飯の期待に繋がる、というわけである。
そんな話をしていると、子供たちの興味は馬車を引く、ラグドーラへと移っていた。
おっかなびっくりどこまで近付けるか度胸試しをしている子供たちを見ていたコルヴォは、にぃと笑うと、御者台にこっそり手を伸ばして手綱を引っぱった。
「くぅりゅう?」
大人しく身体を畳んでうたた寝していたミィルが首をもたげたものだから、子供たちはわあと蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
それを見てケラケラ笑うコルヴォを、フォグはじっとり見やった。
一方、やはり鈍くさい子というのはいるもので、足を躓かせて転んでしまった身体の小さな子は恐怖に彩取られた瞳で鳥竜の怪物を見上げていた。
ラグドーラの大きな瞳孔は、子供を映すと、長い首を ぐいぃと伸ばす。
小さな子の真正面まで来た、固いクチバシが開き、……ぺろりと、存外かわいらしい小さな舌で頬を舐め、おまけに下あごの柔い毛であやすように撫でてやったのだ。
調教されたラグドーラは人懐こい。
子供はけらけらと笑い出して、それを見ていた逃げてった子供たちも集まってきて、瞬く間に恐怖の対象だったミィルはアイドルへ。
フォグが目玉を回してコルヴォを見やれば、そこにあったのは愕然とした表情。
「なんだか獣風情に敗北感を覚えました」
「……」
道中のことを気にしていた訳では無いが、少しだけ胸がすく思いがしたフォグは満足げに瞳を閉ざしたのだ。
「もしてかして、……『銀燭の魔鴉』?」
その流し名を耳にしたのは、そんな時だった。
振り返れば、そこには十五になろうかという短髪の少女がフォグを、正確にはその煤けた銀の髪をじっと見つめていた。
しばらくそうやってフォグが銀色の目を向けていると、勝手に慌てた様子で少女が取り乱し始めた。
「あの、いえ、ごめんなさい。もしかしなくても違いますよね? でも、なんか銀色の髪って珍しくって。そ、それに、特別な魔力を持った人って髪とか瞳とかにその色を灯すって聞いたから……」
そう言い訳しつつも、どこか期待するような目を向けてくる少女。
「あらあら、『銀燭の魔鴉』に興味がおありで?」
おもしろい玩具を見つけたと言わんばかりの声音だった。
「あ、はい! あの、私、父が『鋭き銀羽根』だったみたいで、正確には、だったになっちゃいますけど……」
気まずげに視線を逸らした少女の手には、もう何度も読み直したのだろう。シワのよった手紙が握られている。
帝国では、戦死を通告する意味を持つ、赤い一本線の入った、デュオピタルの刻印の捺された手紙。
フォグが運んできたばかりのものだ。
停戦中とはいえ、まだディオピタルから流れてくる物資は多いとは言えない。だから、この手紙のことはフォグの記憶にも残っていた。
「それは、それは……」
「あの、いいんです! その、期待してなかったって言ったら嘘になっちゃうけど、父がこの村を出て行っちゃったきり音沙汰無かったけど、なんとなく覚悟は出来てましたから。でも、手紙で、父が皇国の将軍位『七大翼』の一人の直属の部隊まで昇格したって、いま知って、どんな人のところで、父さんが戦ってたのかなって、なんかいろんな想像とかしちゃってたから……」
「……」
いいとは言いながらも、期待を捨てきれない様子でちらちらと見てくる少女に、どう返したものか、返事につまるフォグ。
「違いますよ」
代わりに答えたのはコルヴォだった。
「フォグさんは『銀燭の魔鴉』じゃないです。そうですよね?」
「……ああ、そうだな」
「あ、やっぱり、……そうですよね」
落胆を露わにする少女の姿に、仕方ないこととは言え小さな罪悪感を覚える。
「こーんな見るからにだらしが無い、覇気が無い、人望が無い。無い無い尽くしのこの男が将軍って器ですか、まったく」
やれやれと首を振るコルヴォを見て、暗い顔をしていた少女もぷふっと、吹き出した。
「あはっ、たしかにそうですよね。……って、あのごめんなさい、あたしってばそんなつもりはなくて……」
「おまえら辛辣なあ」
半開きの瞳は遠い雲を仰いだのだ。