日本の外交
大陸歴4215年6月2日 日本 新潟港
「やっと付きましたね。リュクロ団長。」
木造船の甲板で、団員の一人が、リュクロと呼ばれた若い女性に話しかける。
「ええ、それにしても、凄い街ね。ローゼン王国にも日本の物は入って来ていたけど、それを生み出した国は次元が違うわ。それに、あそこに泊まっているニホンの船なんて、このオンボロ木造船の何倍も性能が良さそう。魔法の痕跡も無いし、本当に科学の国なのね。シオン王国も科学文明国だけど、それよりも凄いわ。本当に、連合国と国交を結べるかしら……。」
リュクロ達は、マテリカ大陸の西、スレイグ亜大陸にある、オクトローン学院連合国の使節団だった。この国は、各地にある学院の集まりが、国家として認められた物だ。各学院の周辺が領土として認められたいる為、飛び地が多いという特徴がある。
このオクトローン学院連合は、ローゼン王国からやってきた商人からの情報で日本を知り、その技術力を知る為に国交を結びに来ていたのだ。
新潟港に入った一行は、誘導船に引かれ、港の一角に作られた各国使節団専用の場所に接岸する。周りには、戦列艦から帆船まで、いろいろな種類の船が泊まっている。転移によって、大陸に近い新潟港や福岡港には、マテリカ大陸の中小国の使節団や商人がひっきりなしに訪れていた。勿論、貿易国でもあるローゼン王国に比べると数は少ないが、無視できない数の船が来ており、中には戦列艦などで砲艦外交をやってくる国もあったため、日本政府は外務省の職員や警備員、海上保安庁による警備を増やして対応していた。
船が港につくと、埠頭にいる屈強な体をした男達から、どこから来たのかを伝えるように言われる。
「私達はスレイグ亜大陸の、オクトローン学院連合から来た使節団だ!ニホン国と国交を結びに来た!」
リュクロは大声で答える。すると、少し待って欲しいと言われ、しばらくすると全身を白い布で覆い、不思議な仮面を着けた人達が船に上がってきた。
そして、ニホンに入る為に必要と言われ、口や鼻に布を固めたような棒を突っ込まれる。嫌ならやらなくても良いと言われたが、文明国レベルの技術力を持つ国なら、プライドが高い国だろうと考え、渋々承諾した。
「ムズムズするな……。これは何をしているんだ?」
「感染症の検査です。新たな病気は今のところ見つかっていませんが、ペストなんかを持ち込まれると大変ですから。」
リュクロの質問に、男はそう答える。カンセンショウが何か分からなかったリュクロ達だったが、人や動物の近くに寄ると罹る病と聞いて納得した。
2時間ほど立って、上陸許可が出ると、一行は早速船を降りる。そして、外務省の職員に連れられ、港近くの2階建ての建物に入った。白で統一された外観は綺麗だったが、どうも物足りなさを感じる。話を聞くと、各国から訪れる人が増え、急いで作られた建物だそうだ。
このプレハブには、各国の船の増加による対策として、新たに外務省の施設が設置されていた。しかし、見た目はお世辞にも豪華とは言えない為、とくに各国使節団から格下に見られる事が多かった。その為近々、ローゼン王国の建築物を参考に大規模改築が行われる予定である。
建物の中に入ったリュクロ達は、やや広めの部屋に通される。扉の前の看板には、大陸共通語で「第3応接室」と書かれていた。
この日は珍しく気温が高く、外にいるのは不快だったが、部屋の中は驚く程快適だった。しばらくすると、3人の男達と、港にいた者と同じ服を着たガタイの良い男2人が入って来た。
「こんにちは。私は、外務省の清田です。本日は、我が国と国交を結びに来たとの事ですが、お間違いないでしょうか?ああ、それと、後ろの者は警備員ですので、お気になさらず。」
「ああ、私達は貴国と国交を結びに来た。出来れば、外務部の大臣殿と話せると良いのだが……。」
リュクロは、自分達の目的を伝える。
「分かりました。でしたら、日本の首都、東京に行く事になりますね。新幹線の手配はこちらで行いますので、数日で出発出来ると思います。」
シンカンセンという言葉の意味は分からなかったが、その手際の良さに驚く。なんの反応も無しに数日待たされると言う事はよくあるからだ。
その後、リュクロ達は近くのホテルに泊まる事となった。自動車という馬無しの馬車のような物に乗せられ、近くのホテルへ向かう。その途中に窓から見えるニイガタの町並みに、一行は興味津々だった。
ホテルに到着したリュクロ達がまず行なったのは、日本の情報収集だった。まずはテレビをつけ、ホテルのフロントから新聞を入手した。道路や車についての知識が浅く、危険だった為ホテルから出る事は出来なかったが、出来る限りの情報を記録し、本国に持ち帰ろうとしていた。
また余談だが、リュクロ達は日本政府から渡された現金を使い、文化調査と称してホテルに併設されている飲食店に入った。偶然そこで飲んだ日本酒を気に入り、感動した使節団のメンバーは、日本酒をオクトローンでも造る事を誓う。これが始まりとなり、後にオクトローン内で造られた日本酒は、日本も含め、世界中で販売される事となる。
2日後 新潟駅
「これがシンカンセンですか……。なんか、長いですね。蛇みたいですね。」
この日、リュクロ達使節団は、新幹線で東京まで行く為に新潟駅に来ていた。。リュクロ達が乗る車両は、各国使節団の為に貸し切りになっており、オクトローン含め5ヶ国の使節団と外務省職員、警備員が乗る事になっている。
アリュータ王国からの資源輸入が始まっているとはいえ、未だ資源問題が解決していない為、新幹線は大幅に本数を減らしている。また、多くの企業が倒産したり、営業再開の目処が立たない状態の為、ホームに人は少なく、閑散としている。
リュクロ達が新幹線の中に案内され、席に座る。そして、一行を乗せた新幹線は、ゆっくりと加速していった。
やがて、最高速度に達した新幹線の速さに驚いた使節団も、その速さに慣れていった。
「リュクロ団長、早くいろいろ訊いてみましょう。」
団員から小声で言われたリュクロは、反対の席に座っていた外務省職員に話しかける。使節団は少しでも多くの情報を得る為、事前に質問事項をリストアップしていた。
「ええと、スズハラさんでしたか?いろいろ聴きたい事があるのですが、大丈夫ですか?」
リュクロは、外務省職員の鈴原に話しかける。なんでも、彼は日本とローゼン王国が国交を結んだ時の使節団のメンバーだそうだ。
「ええ、大丈夫ですよ。政府からは、出来るだけ質問には答えるよう言われていますので。」
「昨日の夜にやっていたニュースで、ゲツメンキチ?に向けてエスエスティーオーが発射されたと言っていたのですが、あれは何なのですか?」
前日の夜に、使い方を教えて貰ったテレビでニュースを観ていた使節団が、最も興味を引いたのがこのニュースだった。種子島宇宙センターから発射されたSSTOと、宇宙に到達したSSTOから送られた映像を見た彼らは、日本が他国よりも相当進んだ文明を持っている事を瞬時に見抜いていた。
「ええと、我が国が転移国家なのは既に説明した通りですが、その一ヶ月後に、宇宙ステーションや、月面基地も転移してきたのです。月面基地とは、文字通り月にある基地ですね。転移前は30近くあったのですが、転移してきたのは一つだけでした。丁度、昨日見えていた月にあるんです。たしか、今の時期は大きい月が夜に見えるんですよね?」
その言葉を聴いた使節団に衝撃が走る。古代文明でしかなし得ないと思っていた事を、目の前の男は当たり前のように話していた。しかも、かつては30もあったという。新潟の発展を見たリュクロ達には、たとえ転移が嘘であったとしても、その基地群を作り出す技術は本物としか思えなかった。
「それで、今までは無人機を使って、食料を月面に『落下』させていたのですが、先日、ようやく安全に有人機を飛ばせる軌道を見つけられたんです。月には約100人が居ますからね。10回程飛ばせば、全員を救助できますよ。」
「はぁ……。」
月に100人がいる。そのスケールの大きさに、リュクロ達はそんな間の抜けた声を出すことしか出来なくなっていた。
翌日 東京都内
リュクロ達は、案内された会議場で、日本政府の関係者と国交開設に向けた会談を行っていた。
オクトローン側としては、自国の研究力や知識、特に魔法関連の情報を出す事を考えていた。日本が科学文明国というのは分かっていたため、魔法についての知識は乏しいと考えたのだ。
リュクロ達の思惑通り、日本はそれに乗ってきた。しかし、日本は技術の輸出をかなり渋った。しかし、学院連合側も簡単には引き下がらない。
そして、決まったのは以下の事である。
○ 日本とオクトローン学院連合国は、今後も円滑な外交を継続させる為の会談を継続させる。
○ 年に一度は、日本の大学との交換留学を行う。両政府は留学生の安全に細心の注意を払う。
○ 日本は、オクトローン学院連合国にニ年間の技術支援を行う。
○ リーリア海洋学院内の港に日本の船舶が寄港する事を許可する。尚、港の拡張工事は日本が行う。
○日本と共同で、魔法に関する研究を行う。
etc……
こうして、この2ヶ国は、国交を結んだのである。因みに、オクトローン学院連合国は、この世界で文明国と呼ばれる、比較的地位の高い国であった。そのため、この国は、日本が初めて国交を結んだ文明国となった。また、世界的には、文明国と対等な交渉をし、成立させた非文明国として、日本は少しずつ注目される事となる。