アリュータ王国防衛戦
大陸暦4215年3月26日 日本 東京
この日も、旧首相官邸では、政府の代表による緊急会議が開かれていた。発端は3日前、アリュータ王国の日本大使館から、ミューレ帝国の侵攻がほぼ確実だとの連絡が来たことだった。
「私は軍を派遣する事には反対です!現在、地球連合軍は我々の指揮下にあります。そうである以上、日本の憲法が適用されると考える事ができます!憲法では、地球連合軍への協力は認められていても、自分達で軍を動かす際は旧日本国憲法に準ずると書いてあります!憲法違反はあってはなりません!」
「いや、それなら一時的に地球連合に軍を返して、地球連合名義でアリュータ王国に向かわせたらいいのでは?アリュータ王国の資源が無ければ、日本はすぐに干上がってしまう!」
「そもそも、宇宙軍の救出はどうなるんだ!?まだ150人は残っているし、ルナベース11はまだ救出が始まっていないぞ!」
会議は大荒れしていた。しかし、流れとしては地球連合軍の派遣に傾いていた。アリュータ王国が征服されれば、資源だけでなく、ローゼン王国からの食料や、王国の貿易力を利用した外交戦略にも支障が出る可能性があったからだ。綺麗事を並べて、自国を潰しては元も子もない。最終的には、アリュータ王国内で起きた現地武装組織による大規模な襲撃とやや強引に決めつけ、地球連合軍を日本の指揮下で派遣する事が決定した。しかし、日本が置かれた状況からか、国内の反発は驚くほど少なかった。
大陸暦4215年4月2日 ミューレ帝国 帝国ミューレスカ
「陛下、出兵の準備が整いました。陸軍6万、竜騎士隊5万、奴隷兵10万です。奴隷兵のうち5万には、《隷属の聖水》を飲ませてあります。」
ウラルスは、宮殿の中にある控室で、皇帝に報告をする。隷属の聖水とは、旧カタル王国の古い鉱山を掘り進めていた帝国兵が偶然見つけた、アーティファクトと呼ばれる古代文明の遺産だ。これを飲まされた者は、指定された人物の命令には絶対に逆らえなくなる。しかし、それは大量の瓶に入れられた状態で見つかった為、数はあるが無限に使える訳ではなかった。
「よくやってくれた。して、作戦を説明してくれ。」
兵の出兵前に、皇帝に作戦を説明するのは、帝国の伝統となっていた。もっとも、皇帝は既に概要は知っているし、どちらかと言うと儀式的な意味合いの強い物だったので、近年はあまり行われなくなっていた。
「はっ。陸軍6万と、奴隷兵10万は、隷属の聖水を飲ませた者を先頭に、アリュータ王国領へ進行します。竜騎士隊は上空からの探索を行い、敵兵を発見した場合は、火球で焼き払います。アリュータ王国内には良い道は無いため、アリュータ王国の草原では、竜騎士隊が先行して探索を行います。その後、アルカタン要塞を攻め滅ぼし、食料を確保し、王都に向かいます。」
「そうか、分かった。では、始めようか。」
皇帝はそう言うと、隣のバルコニーに出る。ウラルスも、それに続いた。
バルコニーからは、宮殿前の巨大な広場が見え、そこは帝国兵で埋め尽くされていた。白色で統一された庭が、兵士の鎧の鉄色で染まっている。バルコニーの隅で待機していた兵士が、拡声魔法を使う。
「ミューレ12世の名において命ずる。アリュータ王国、ローゼン王国を征服し、蛮族を蹴散らすのだ!」
帝国伝統の短い言葉で皇帝が宣言すると、広場からは大歓声が上がった。そうして、士気が最高潮に達した兵たちは、意気揚々と戦場に向かうのだった。
大陸暦4215年4月3日 アリュータ王国西部 アルカタン要塞
アルカタン要塞はアリュータ王国中央部の、近くに川がある以外は何もない草原にポツンとある要塞だった。しかし、現在は要塞の周りに堀や柵が設けられ、大量に張られたテントで地面が埋め尽くされていた。
アリュータ王国、ローゼン王国の連合軍は、ここで帝国軍を食い止める作戦をとっていたのだ。
「クラレイ殿、我が国の陸軍部からの通信魔法です。間もなく、ニホン軍が到着するので、両国から観戦武官1名をそれぞれ指名せよとの事です。」
ローゼン王国軍の指揮官ガルドが、アリュータ王国軍の指揮官クラレイに報告する。
「了解した。ところで、ニホン軍の規模は?」
「ニホン軍は、約6000人の規模との事です。」
「なるほど、そんな数で大丈夫だろうか……。いくらニホン軍が強いと言っても、相手は数万人になるというのに……。」
二人は不安になりながらも、観戦武官二名を派遣する事を決めた。
同日午後 アルカタン要塞より東に2キロ 地球連合基地
「すごい!これがニホンの軍なのか!」
ローゼン王国観戦武官のリーレは、ジープに載せられて、連合陸軍基地にやって来た。彼は陸軍学校を卒業したばかりだったが、学生時代から持ち前の明るさと思考の柔軟さが評価されていた為、謎の装備をもつ軍隊に派遣する観戦武官として最適と言われていた。外では、草原に戦車や地対空ミサイル発射用の車両が並べられ、隊員たちがプレハブの建物を建設している。その光景を見て、リーレは興奮気味に話す。
「すごいって、あの鉄の箱みたいなのが並んでるだけじゃない。あのプレハブってのも弱そうな作りだし。私達の方が籠城には強そうね。」
いっぽう、アリュータ王国の観戦武官で、猫の獣人であるアリシアは、つまらなそうに話す。彼女はアリュータ王国では珍しい女性軍人で、国王直属の騎士団の長でもある。また剣の達人で、近接戦では右に出るものはいないと言われていた。
「いやいや、アリシアさん。我々の戦い方では、籠城する前に撤退しちゃうんですよ。元の世界では、要塞みたいな建物でも破壊出来る兵器が当たり前にありましたからね。出来たばかりのテロ組織でも買えるくらいに安かったんです。」
運転手の隊員、ササヤマが応える。まだ若い彼は、リーレと趣味が合ったのか、直ぐに意気投合してしまい、口調が砕けていた。そのため、騎士としての誇りが高いアリシアはストレスが溜まっていたのだ。
ジープは、基地の中央にあった大きめの2階建ての白い建物、日本でいう所のプレハブの前で止まる。二人がジープを下りると、他の隊員とは違い、装飾の多い服を来た男が待っていた。
「リーレ殿、アリシア殿。ようこそ、地球連合軍アルカタン基地へ。私は、地球連合陸軍第45師団師団長の黒沢です。では、中にご案内します。」
黒沢は、頭に猫耳が生えたアリシアに一瞬驚いたものの、直ぐに平常心を取り戻した。流石は軍人という物だろう。
二人は、黒沢に連れられ、プレハブの中に入っていった。
「これは……。まさかこんなに温かいとは。煙突は見えなかったのに。」
プレハブの中に入ったアリシアは、その温かさに驚く。アリュータ王国は高地にある為、3月はまだ冬のように寒い。実際、外にいる人々は白い息を吐いていた。
そしてアリシアが最も驚いたのは、部屋に暖炉が無かった事だ。
「クロサワ殿。どうしてこの部屋は温かいのですか?見たところ、暖炉は無いようですが。」
アリシアは前を歩く黒沢に尋ねる。
「ああ、それは電気ストーブを使っているからですよ。もっとも、普段は燃料節約の為にもっと温度を落としていますがね。」
黒沢はそう言って、部屋の隅にある電気ストーブを指差す。
「こんな箱で暖を取れるとはすごいですね……。」
アリシアは、電気ストーブに興味津々だった。
――――――――――
階段を上り、二階の司令室に通された一行は、黒沢から作戦の説明を受ける。
「では、このクラスター弾という兵器で帝国軍を薙ぎ払うと?」
アリシアは、黒沢の話に半信半疑だった。この世界の常識から外れた戦い形をすぐに理解する方が難しいのだが。
こうして作戦説明は続いていった。
大陸暦4215年4月9日 アルカタン要塞から西に5km
その日は、雲一つない晴天だった。冷たい春の風が草を揺らし、草原に縞模様を描く。
「ラトラス隊長、準備が整いました。」
連絡役の兵士が、要塞攻撃の準備が出来た事を伝える。目の前には21万もの軍勢と、あと数時間で破壊されるであろう要塞が見える。今回の侵略軍の隊長であるラトラスは、これから殺されるであろう者たちを哀れんだが、直ぐにそれを思考の外に飛ばす。彼が敬愛するウラリスから直々に命じられたこの作戦に負ける気がしなかった。
彼が攻撃の指示を出そうとしたその時、東の空に白い点が現れた。
「なっ、なんだあれは!?」
「新種の竜か!」
兵士達が騒ぎ出す。中には、既に攻撃準備をする者もいた。
「ま、まて!攻撃するな!」
ラトラスは、慌てて命令を飛ばす。兵士達の気の乱れで、己の出世の為の大事な作戦を潰されてはたまらなかったからだ。一応、攻撃をしてきたらすぐに倒せる用意はしていたが、どういう訳か白い竜は何もしてこなかった。
やがて、その白い物体が近くにやって来た。例えるならば、変な形をした箱。その四隅で、何かが高速で回転していた。明らかに竜ではないその物体に、ラトラスは困惑する。
それは、地球連合軍の大型輸送ドローンに、非武装を示す白色のペイントをした物だった。もっとも、その塗装の意味をラトラスが知ることは無かったが。
ラトラス達の上空に来たそれは、急に静止すると、何かをヒラヒラと落とし始めた。
ラトラスは、たまたま近くに落ちてきたそれを拾うと、それが上質な紙だと言うことに気づく。蛮族が持っているはずもない上質な紙に驚きながらも、そこに書かれているものを読む。そこにはこう書いてあった。
『一時間以内に荷をまとめ、退却セヨ。さもなくば、貴軍を攻撃する。
日本国/地球連合軍第45師団長 黒沢 匠』
地球連合軍というのはよく分からなかったが、日本国という名前に、ラトラスは覚えがあった。出発前に、東の新興国が帝国と国交を結ぼうとしてきたという噂を聞いたのだ。
(ニホン国、東の新興国か……。新興国にしては奇妙な物を持っているが、新興国というあたり、蛮族だろうな。)
ラトラスは帝国人特有の思考でそう思い、なんの疑問も抱かずに攻撃準備を進めるのだった。
一時間後
「敵に動きはないか?」
黒沢は、基地の司令室で、部下に尋ねる。
「はい、敵に動きはなく、攻撃の準備を勧めています。」
黒沢はそれを聞いて、静かにため息をつく。
「やはり、パフォーマンスで戦車砲でも打ち込んでおけばよかったか…………。よし、アルカタン要塞に、敵を攻撃すると伝えてくれ。予定通り、両王国軍は要塞内で待機するように伝えてくれ。」
黒沢の命令によって、部下が要塞に無線で連絡をする。既に、日本政府からは攻撃の許可は出ていたのと、隊員達は日本の置かれた現状を把握していたため、覚悟は出来ていた。
「リーレ殿、アリシア殿。これから攻撃を始めます。」
黒沢はそう言うと、二人は頷く。そして黒沢は、マイクに手を掛けた。
「攻撃開始!!!」
黒沢の命令によって、日本を守るための攻撃が始まった。
同時刻 ミューレ帝国軍陣地
「ラトラス様、一時間が立ちました。」
部下が報告する。
「一時間立っても要塞から兵が出る気配もない。戦う事を恐れるとは、やはり蛮族は蛮族のままか……。」
迫ってくる蛮族を次々と倒す勇敢な兵士達の姿を見たかったラトラスは少し落ち込む。だが、その時突然、興奮していた頭が冷める。
「!?」
今までに感じた事のない感覚に、ラトラスは混乱する。その時、後方で轟音が鳴り響き、強風が熱と共に駆け抜ける。
「な、何が起きた!?」
驚いたラトラスが後ろを見ると、先程まで竜騎士隊団がいた場所が燃えていた。激しい炎の隙間からは、竜や兵士が燃えながらのたうち回っているのが見える。それを見て、攻撃を受けたとラトラスは認識した。
「な、なぜ竜騎士隊が!?ぜ、全軍突撃!要塞を攻め落とせぇ!」
ラトラスは、ありったけの声を出して命令する。彼は、この見た事もない攻撃が、要塞の方から行われたと本能的に理解したのである。拡声魔法で伝えられたラトラスの命令を聞いた兵士たちは、一斉に走り出した。
これが、後にアリュータ王国防衛戦と呼ばれ、世界の歴史に日本という国が刻み込まれた瞬間だった。