帝国の終焉
ミルカラント基地が破壊された頃、帝都ミューレスカは大混乱に陥っていた。早朝に、見たこともない形の三騎の竜が高速で帝都にやってきて、最も神聖な宮殿の上を通過したのだ。帝国の歴史上、帝都上空を竜が飛んだ事は一度もない。仮にやって来たとしても、全て倒していた。今回も帝都周辺に待機していた竜騎士が対応に当たったが、敵はスルリと攻撃を躱してしまった。
そして、帝都が混乱に陥った最大の理由。それは、敵騎が帝都中にばら撒いていった紙が原因である。驚くほど上質なその紙にはこう書かれていた。
『ミューレ帝国軍は一時間以内に降伏せよ。降伏しない場合は、帝都に攻撃を開始する。
地球連合軍日本支部』
これを見た住民たちは我先にと帝都を脱出しようとし、城門付近では多くの人が押し潰されそうになる。
「早く先に進め!押しつぶされてしまうだろ!」
「ニホンだ!帝国戦争してたニホンが攻めて来たんだ!こんなの聞いてないぞ!」
「軍の奴らは何を考えているんだ!とっとと門を開けろ!」
「城壁だ!城壁を登れ!誰かハシゴを持ってこい!」
そんな声があちこちから聞こえている。
慌てて兵士が人々を散らしたり、城門を封鎖したりするが、命の危機が差し迫っていると感じた人々にそんなものが通用する筈もなく、力ずくで門をこじ開けられたりしていた。
その混乱は皇帝のいる城にも伝わり、家臣達は慌てふためいていた。そして、その騒ぎを聞いて、皇帝は目を覚ます。
「どうした。何をそんなに慌てておる。」
皇帝はさほど大事と捉えていないのか、いつも通りの口調で話す。
「先程、この城の上を未確認騎が飛行し、こんな紙を落として行ったのです!」
そう言って家臣は、城の庭先に落ちていた紙を皇帝に見せる。
「ニホンだと!?ふざけるな!!なぜ蛮族どもの弱小国家にこんな事ができる!」
その内容を読んだ皇帝は激怒した。今まで格下と侮っていた国に、帝都上空からこんな物をばら撒かれたのだから当然である。
「いくら蛮族の国といっても、こんな事が起きた以上、帝都は安全ではありません。皇帝陛下、どうか避難を。」
「ならん!蛮族あいてに逃げ出したなど、面子が丸つぶれだ!」
「しかし!ミルカラント基地も壊滅した今、帝都守護騎士団のみでニホン軍を撃退する事は困難です!帝都には、奴隷兵も居ないのですよ!」
皇帝と家臣との攻防は続く。こうしている間にも、敵は刻一刻と近づいていた。
30分後 帝都上空
帝都守護騎士団は、保有する全てのワイバーンを飛ばし、警戒に当っていた。そして一人の騎士が、東の空から光の点がやって来ることに気づく。
「司令部、東から光の点が迫ってくる。敵が攻撃して―――――」
報告が終わる前に、騎士は爆発した。突然の出来事に、騎士団は蜂の巣を突いたような騒ぎになるが、流石帝都を守る者たちといったところで、すぐに冷静になる。
しかし、そんな暇を与えないかのように、絶え間なく光の点がやって来て、すでに騎士団は半分以下になっていた。なかにはその軌道を読み、回避する者もいた。しかし、多少の移動では意味がなく、3分もしない内に全ての騎士が撃ち落とされてしまった。
そして、それと同時に、物凄い音を立てて、低空を超高速の物体5騎が駆け抜ける。
「撃て撃て撃て!!ありったけの矢を浴びせてやれ!!」
城壁の砦にいた兵士達は、必死で竜用の大型の弓を打ち続けていた。しかし、対竜用の中ではトップクラスに早い速度を誇る弓を持ってしても、敵は一騎もおとせなかった。それなのに、敵は正確な攻撃で砦を次々と破壊する。既にいくつもの砦が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていた。
同時刻 連合空軍輸送機
「敵勢力の掃討が完了した!!これより、帝都降下作戦を開始する!!目標は、宮殿の制圧及び、皇帝の身柄の確保である。各自、敵の攻撃には充分に注意されたし!」
説明が終わると同時にハッチが開き、冷たい風が流れ込んでくる。眼下には、いたるところから煙を上げる帝都が見えていた。精鋭である空挺部隊は、皆覚悟を決めた表情をしていた。
「降下開始!」
その声と同時に、全員が手足を大きく広げ、地上に向けて一斉に飛び降りる。彼らが装備しているのはパラシュートではなく、ウィングスーツと呼ばれる滑空用のスーツだった。時速100km近くのスピードで空を飛び、地上すれすれでカートリッジ式のロケットエンジンで減速するこのスーツは、体への負荷が非常に大きいものの、対ワイバーン用と思われる対空兵器への万が一への対処として配備された。
5機の輸送機から飛び立った20人の隊員と支援兵器は、宮殿正面の庭へ向けて飛んでゆく。途中何度か弓矢による攻撃を受けたが、一度も当たることなく庭に降り立った。ライフルで警備兵を難なく倒すと、すぐにウィングスーツからパワードスーツに着換え、宮殿を目指していく。
5分後、宮廷正面の庭は地獄と化していた。
「敵の魔法に気をつけろ!数で押し込むんだ!!」
突如空から降ってきた敵を皇帝の許へと行かせまいと、兵士達は必死に立ち向かう。しかし、妙な杖を持った敵は、パパパという音と共に連続で魔法を発動すると、同じ数だけ味方がなぎ倒される。それどころか、使い魔によって四方八方から魔法が放たれ、逃げることも出来なくなっていた。
気づけば敵の数は半分以下になっていた。仲間たちが倒したのかと一瞬思ったが、ふと宮殿の方を見ると、扉が破壊され、中から例の音と共に魔法の光が見える。恐らく突破されたのだろう。皇帝陛下は無事だろうか。そう考えた瞬間、敵の攻撃により、体が粉々に砕け散った。
「部屋の中からの攻撃に気をつけろ!皇帝の部屋までもう少しだ!」
パワードスーツを身に着けた空軍の隊員達は、恐るべき速さで宮殿内を制圧し、ドローンによってマッピングされた地図を頼りに皇帝の元へ向かっていた。建物の中とはいえ、廊下は非常に広く、敵もそこそこの人数が纏まって出てくる。しかし、密集している敵に銃を撃てば、容易に鎧を貫通するため、進軍速度は全く衰えなかった。
そして、全員が皇帝のいるであろう部屋の前に到着する。扉を少し開け、音響爆弾を投げ込むと同時に、部屋に突入し、護衛の兵士を一瞬で倒すと、玉座の裏に隠れていた皇帝を発見する。
「皇帝を確保。これより合流地点へ向かう。」
庭に出る頃には兵士たちとの戦闘も終わっていて、死体が積み重なっていた。しばらくしてヘリコプターがやって来て、帝都の治安維持用に派遣された部隊が合流する。大陸歴4215年10月2日、日本軍は帝都を完全に制圧した。
その後、10月5日には皇帝との会談で休戦協定が結ばれ、皇帝のサイン入のビラが各都市へばら撒かれた。それと同時に、無人兵器を中心とした治安維持部隊が派遣され、ある時は帝国軍と協力し、またある時は反抗する帝国軍を治安維持の名目で次々と倒していった。
そして10月15日、終戦条約を結ぶ為に派遣された帝国の使節団は札幌に到着した。
帝国との戦争集結まであと少しです。
長かった……