トルキラーンの悲劇
今回は書けた……
大陸歴4215年8月9日 帝国領トルキラーン市 トルキラーン城
「まだクワリッタの状況は分からないのか!!」
トルキラーン城内に設けられた司令室で、辺境統治貴族のエストは声を荒げる。
「はい。帝国本土にも確認を取りましたが、そちらも、詳しくは分からないと……。通信が途絶する直前に、日本軍が攻めてきたという通信がされましたが、冷静に考えて、海竜が川を遡って来たか、山から竜が降りてきたかのどちらかとの事です。」
職員の一人がそう答える。彼の顔にも、若干の焦りが見えていた。
「わかった。私は少し休む。何か進展があったら教えてくれ。」
エストはそう言って、指令室を後にした。
指令室を後にしたエストは、城の二階にある自室に戻り、ソファーにどっしりと腰を落とす。窓の外を見ると、1キロ程離れた港では、奴隷達が忙しそうに戦列艦を建造していた。
「まったく。なぜこのような事になってしまうのだ!ここは東の果て、大きな脅威もない場所だった筈なのに!」
エストは、テーブルに置かれたティーポットから、冷めた紅茶をカップに注ぐと、それを一気に飲み干してから寝てしまった。
「…………様!エスト様起きてください!!」
部下の大声によって、エストは目を覚ます。最初は意識がはっきりしなかったが、部下の焦った顔を見て、すぐに覚醒した。
「どうした!海竜か!日本軍か!」
エストはベッドから飛び降りる。
「15分前にホッカイドウ島を監視していた竜騎士隊が、未確認騎の発見報告を最後に通信途絶しました!さらに十分後には、150km離れた監視塔でも同様の騎が確認されています!」
150kmを10分。その言葉に、エストは耳を疑う。
「そ、それは本当か!見違えではないな!」
「はい!あり得ない速度ではありますが、存在している事は確かです!エスト様、念の為地下室に避難を!」
部下はそう言って、強引にエストを引きずろうとする。普段ならあってはならない事だが、この事態においては、それを咎める者もいなかった。
「いや、私はここで指揮をとる!敵が日本軍なら、まず港を攻撃する筈だ!君、直ぐに指令室に行って、港の作業員の避難と、竜騎士を出動させてくれ!これは命令だ!」
「は、はい!」
エストから出された命令に、部下は素直に従う。これはルールなのだ。そして、部下に続いて指令室に入室したエストは、日本軍と思われる未確認騎を排除する為の準備を始めた。
10分後
『未確認騎を確認しました!目標は5騎、細長い形をした竜が3騎に、やや大型の竜が2騎!いずれも羽ばたいていません!』
トルキラーンの南で待機していた部隊から、魔法通信が届く。
「よし、竜騎士隊はブレスの発射準備をしろ!地上の対竜弩弓を全て南に向けろ!」
報告を聞いたエストは、素早く指示を飛ばす。考えうる限り最高の準備。既に港の奴隷達は避難させ、戦列艦の設計資料や工具類も出来るだけ港から持ち出している。しかし、敵の攻撃は、エストの常識を遥かに超えていた。
指令室の窓から竜騎士隊を見ていたエストは、南の空から何かが近づいてくる事に気づいた。竜にしてはあまりにも小さい。しかし、その存在に、エストの本能は警告を鳴らす。
「竜騎士隊は全騎散開!対竜弩弓はあの小さいのを撃て!」
エストは本能に従って、素早く命令する。しかし、時は既に遅く、三十騎程の竜が爆発する。一瞬で肉塊に成り果てた竜と竜騎士は、血肉の雨を降らせながら街に落下する。
そして、とっさの判断で散開した竜にも悲劇が襲う。敵と思われる何かは、くるくると上空を回り、逃げた竜を追尾していた。エストのみならず、帝国の常識では考えられない動きをする敵によって、殆どの竜がやられてしまった。
さらに、運良く回避できた竜にも悲劇が襲う。対竜弩弓から発射された、動力のついていない弓は、放物線を描きながら地面に落下する。本来は敵に当たって仕留める筈だったが、敵のあまりの速度についていけなかった。そして、敵に当たらなかった矢は、敵から逃げる際に、運悪く危険空域に入ってしまった竜に襲いかかる。これによって、残りの数少ない竜は、自滅という最悪の結果で失われてしまった。
竜と人間だった物が降り注ぐ街からは、城まで届く程の悲鳴が聞こえてくる。トルキラーンの人口は2万人。直接竜が落下した地区は街の外れの為、人は多くない筈だが、その声は異様に大きく聞こえた。
「まだ予備の竜騎士がいるな……。敵が港に近づいたタイミングで、一斉にブレスを浴びせろ……。」
エストはそう命令する。その声は、敵の攻撃で爆死した竜騎士、味方を殺してしまった弓兵、死んだ兵士の家族、そのすべての怒りと戸惑いを詰め込んだような声をしていた。
やがて、甲高い音と共に、5騎の日本軍騎がやってきた。その先には、やはり港があった。エストの命令を受けた竜騎士は、今か今かと攻撃の機会を伺う。そして、2騎の竜の腹から、黒い何かが大量に落とされる。それが地面に当たると、巨大な爆発を引き起こし、港を破壊していく。そこに、船や建物といった区別は存在せず、均等に地面がならされていく。
やがて、5騎の竜は旋回し、再び港に頭を向ける。
「いまだ!竜騎士全騎出動!一騎でもいい、撃ち落せ!」
エストは目をカッと見開く。それと同時に、50騎の竜は一斉に飛び立つ。慣れない垂直離陸をした竜達は、今度は敵にに頭を向け、速度を上げながら近づいてゆく。それに気がついたのか、3騎の剣竜は進路を変え、竜騎士隊に頭を向ける。
目測距離500メートル。低空を飛んでいた敵騎まであと数秒という所で、進路を変えた剣竜から、光のブレスが吐かれる。FH-47の機関銃によって、竜の羽や体に穴が空き、血しぶきを上げながら落下する。
残り400メートル。目の前の敵騎は回避を始める。しかし、竜騎士隊はその数を減らしながら、確実に距離を詰めていく。
300メートル。この次点で、竜騎士の数は半分にまで減っていた。エストを含め、トルキラーン全市民が、固唾を飲んで見つめる。
200メートル。竜騎士の数は10騎。竜はさらに速度を上げる。
100メートル。残り5騎。
50メートル。残り2騎
「ブレス発射だぁぁぁぁ!!!敵を落とすんだぁぁぁぁ!!」
その声が本当かは分からない。しかし、エスト達には、竜騎士がそう叫んだように聞こえた。2騎の竜は、敵騎に向かって高温のブレスを吐く。そして、突っ込む勢いで、さらに己の速度を上げる。
40、30、20。敵機は目前に迫る。ブレスを受けて焼け焦げた表面。生物には見えないなと、竜騎士は思った。
直撃。輸送機の右側面に、2騎のワイバーンが直撃する。一騎は、その有り余るエネルギーを機体に伝え、コックピットの強化ガラスが砕け散る。もう一騎は、エンジンに肉が巻き込まれ、内部のプロペラを破壊する。
エンジンが破壊され、動作が不安定になった輸送機は、フラフラと飛びながら、徐々に高度を落としていく。そして、遂には街の外れに落下し、爆発する。他の機体は、何もする事ができなかった。パイロット二名は気絶し、無線に応答しない。空中で機体をキャッチして曳航する事など不可能だし、報復攻撃も許されていない。ただただ、その最期を見守る事しか出来なかった。
エスト達は、指令室の窓から、食い入るようにその様子を見ていた。敵騎が地上に落下すると、今まで見た事も無いような爆発が起こる。そして、その衝撃波は、窓を激しく揺らす。
「やった……のか……?」
エストは、恐る恐るそう尋ねる。
「はい、恐らく。」
部下がそう答える。それと同時に、弾けたように歓声が上がる。
「やったぞ!!!!あの化物を倒したんだ!!!!!」
あちこちでそんな声が聞こえていた。
実際には、倒したのは無数の日本軍機のうちの一機だけであり、他の4機は無傷だったのだが、それを指摘する者は今はいなかった。
後に、日本政府は、輸送機のパイロット二名が殉職したと発表した。初めての直接的な戦闘での死者に、人々は改めて戦争を認識させられることとなった。