戦争の足音2
大陸歴4215年7月29日 日本国 首相官邸
この日、首相官邸では、ミューレ帝国との戦争についての会議が開かれていた。
「それでは、今回の戦争についての会議を始めます。」
首相の言葉で、会議が始まる。
「地球連合軍の矢木です。」
会議が始まって直ぐに、矢木が立ち上がる。
「今回の作戦についての資料を纏めたので、ご確認ください。」
全員に資料が配られる。5枚程の紙に完結に纏められた資料を手にとった閣僚達は、真剣にそれを読み進める。
「おお、これは……。」
配られた資料に目を通した一同は、その内容に関心していた。
全員が資料を読み終わった所で、矢木が詳細な説明を始める。
「現在、ミューレ帝国軍は、ローゼン王国北方の、『旧クワリッタ王国領』に兵力を結集しつつあります。また、クトロ島中部の港では、戦列艦と思われる船を大量に建造しており、完成次第、クワリッタの兵士を乗せて、日本にやって来ると予想されます。」
テーブルの上にステーション35からの観測で作られた、精巧な地図が広げられる。そこには、主要な都市や川、山脈等がびっしりと書き込まれていた。
「まず、旧クワリッタ王国領に建設された複数の基地には、陸軍が推定で10万人駐屯しています。また、現在クトロ島に向けて50万人の大部隊が移動中です。ですが、かなりの人数が纏まっている為、空爆等、複数の手段が使用可能です。また、空軍や陸軍による作戦が困難な場合でも、全て海上で撃破出来ると考えられます。」
「次に、海軍ですが、クトロ島の戦列艦が完成すれば、約2万隻になると予想されています。また、飛竜も確認されているため、竜母も使用される可能性が大きいです。」
「最後に、空軍………………ではなく、竜騎士団でしたね。竜は確認出来た範囲では約20万匹、実際はもう少し増えると予想されています。」
一通りの説明が終わった所で、総理が手を上げる。
「概要は分かった。しかし、何故陸軍はクトロ島まで移動しないんだ?クトロ島南端まで行けば、北海道はすぐそこだ。」
「恐らく、ローゼン王国も牽制する為でしょう。仮にこちらへの進行に失敗しても、ローゼン王国に攻め入る事で、戦果を上げようとしていると思われます。」
矢木が説明をする。
「概要は分かった。それで、どのように排除するんだ?」
「はい、まず前提として、我々は陸軍の大規模輸送に対応する装備を持っていません。その為、基本的には空軍が主力部隊となります。
まず始めに、旧クワリッタ王国の各地を空爆し、敵を一掃します。空爆を終え、日本に戻ってきた爆撃機は、次にクトロ島の港にも爆撃を行います。これで、日本に対する驚異はほぼ無くなったと言えます。」
「さらに、帝都爆撃の準備として、旧クワリッタ王国首都、リンカルスクにある、シオン王国の空港を改造する予定です。シオン王国から了承を得られない場合は、アリュータ王国に空港を建設します。日本本土からミューレスカまでは、往復6000kmはありますから、空軍の新型戦闘機では後続距離が足りないんです。空中給油も考えられますが、今後の影響力確保の面から考えても、空港建設による周辺住民との接触は不可欠と考えます。」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。ミューレスカを攻撃するのか!?」
矢木の言葉に、総理が驚く。
「はい。日本人を殺された怨みも込めて、徹底的にやります。ただし、事前に民間人に警告を行い、避難を促します。また、皇帝がいると思われる城には爆撃は行わず、帝都爆撃後に、空挺部隊によって制圧します。我々の警告に従っていれば、民間人はいない筈なので、問題はありません。勿論、これは侵略行為ではなく、日本本土への攻撃を行わせないようにするものです。」
「なるほど、良く分かった。それでやってくれ。国民への説明は、私が責任をもって行おう。」
首相は満足そうに頷く。こうして、会議は終了した。
大陸歴4215年8月5日 旧クワリッタ王国 リンカルスク市
「おい!!そこのお前!何故俺の前を通った!俺は帝国陸軍の兵士だぞ!」
昼、かつての王都の輝きが失われ、人通りの少ない寂れた街の1画で、ミューレ帝国陸軍の兵士が怒鳴り散らしていた。相手は、この街に住むクワリッタ人の男である。彼は、郊外の畑で採れた野菜を小さな荷車に乗せ、運んでいる所だった。
「ヒッ!も、申し訳ありません!どうか!どうかお許しを!」
男は、帝国陸軍所属を名乗る兵士に、必死に謝る。その顔は恐怖に包まれ、涙を流していた。
「うるさい!ギャーギャー喚きやがって!死ね!」
兵士は腰から剣を抜く。
ズシャリ
兵士の剣は男の首にめり込み、そのまま首を跳ね飛ばす。即死だった。
「あーあ、剣が汚れちまった。手入れが面倒だなぁ。」
兵士は、罪悪感を全く覚えず、既に死んでしまった男の荷車から野菜を奪い、自らが務める兵舎に帰っていった。
リンカルスク市のように、帝国上層部の目が届かない辺境の都市では、本来は禁止されている殺人行為が日常的に行われていた。とくに、ここ数年のリンカルスク市の状況は酷く、殺人件数は一日100件に達する事もあった。もっとも、それ以前から殺人は行われていたし、殺人が禁止されている理由は、帝国の資産である奴隷が減らないように、だが。
「クソッ。また人殺しか。あいつら、好き勝手やりやがって。」
その様子を、家の中から見ていた男がいた。彼は兵士が去っていったのを確認したあと、窓から離れ、家の床に手を掛ける。
ガコン
床が開き、地下に続くハシゴが現れる。ハシゴを降りると、そこには椅子やテーブルが置かれ、奥には武器も保管されていた。ここは、クワリッタ王国を開放する為のレジスタンス、クワリッタ王国開放戦線のアジトの一つだった。そして、この男は、そのグループのリーダーだった。
「ラインさん!これを見てください!!」
突然、奥の扉が開かれ、一人の女性が出てくる。
「どうしたんだ。」
そう言って、ハシゴを降りた男、ラインは、女性が手に持っていた新聞を受け取る。見ると、それはローゼン王国の新聞だった。
「こ、これは!本当なのか!?」
7月10日に発行されたと書いてあるその新聞には、こう書かれていた。
『ミューレ帝国海軍敗北!日本海軍はほぼ無傷』
ラインは、食い入るように新聞を読んでいく。
「あの帝国海軍が惨敗となると、次に帝国は総力戦を仕掛けてくる筈だ。帝国の事だから、こんな地方都市は警備が薄くなるかもしれない……。」
ラインは考えを巡らせる。
「よし!念の為、武装蜂起の準備を進めてくれ!訓練の内容を思い出しておいてくれよ!」
こうして、クワリッタ王国開放戦線は、その目的を達成する為、準備を開始した。
大陸歴4215年8月1日 日本国 東京
時は少し遡る。この日、日本とシオン王国の担当者の間で会議が行われていた。
「それで、今回はどのようなご要件で?」
会議室に到着したシオン王国の担当者は、用意された椅子に座ると、さっそく質問する。
「先に断っておきますが、シオン王国は今回の戦争に兵士や武器の提供は行いません。」
シオン王国側が釘を刺す。
「いいえ、我々は、この施設を改造し、使わせて欲しいのです。」
日本の担当者、鈴原はそう言って、一枚の写真を取り出す。
「旧クワリッタ王国領にある空港です。もともと、シオン王国の物だと聞いている為、改造の許可を貰いにきました。」
「なるほど、そう言う事でしたか。確かに、その空港は我々が建設したものです。しかし、帝国がクワリッタ王国を占領した後は、帝国に売却したため、現在は我々の物ではありません。現在日本は、帝国と戦争中の為、慣例として施設の使用に許可は必要ありません。」
この世界では、戦争中に得た敵国の施設や領土は、自由に使って良い事になっている。もっとも、それが現地住民にどのような結果をもたらすかは、国によって大きく違っていたが。
「では、日本が空港を改造し、使用する事を許可するという事ですね。」
「はい。そうです。我々は日本に協力は出来ませんが、友好国として、日本の勝利を願っております。」
そう言って、シオン王国の担当者は、手を差し出す。そして、鈴原と固い握手を交わした。
大陸歴4215年8月4日 ミューレ帝国 帝都ミューレスカ とある宿屋
「笹岡さん。どうしましょうか……。」
夜、人々が寝静まり街から灯りが消えた頃、笹岡と野口はヘッドライトの灯りで事務作業を行っていた。
「あれから、第二外交局にも入れてもらえねぇ。もう交渉は出来ないだろうな。」
二人の表情は暗い。
トントン
突然、扉がノックされる。驚いた二人は咄嗟に拳銃を構え、扉の横に移動した。
「貴方達と話がしたい。どうか部屋に入れて貰えないだろうか。」
扉の向こうから、男の声がする。
「所属は?」
笹岡は、短く返す。
「失礼。私は、ミューレ帝国第一外交局大東洋担当課長補佐のラークナです。今回は極秘に来ています。周りに護衛もいないのでご安心を。」
その言葉に、笹岡達は驚く。暫く考えた後、笹岡は静かにドアを開ける。ギシギシとドアを開けた先にいたのは、確かに会談の時に見たラークナだった。
「俺達は日本政府から特別行動を許されてる。なにかあれば、すぐにお前を殺すからな。」
笹岡は服の間から拳銃を覗かせる。拳銃を見た事が無いラークナだったが、本能的にそれを武器だと察し、身震いする。
「私がここに来た理由は一つだけです。どうか、帝国の奴隷を殺さないで欲しい。彼らは帝国人の被害者だ。貴国との戦争になれば、多くの命が失われる。」
椅子に座らされたラークナは、必死に笹岡に頼み込む。
「そうか……。だが、難しいな。」
笹岡の言葉に、ラークナは絶望的な表情を浮かべる。
「いま、日本はあらゆる手段で身を守ろうとしている。向かってくる敵に対して、奴隷だからと攻撃をしないなんて事はないだろうな。」
「我々が貴国に協力するとしてもですか?はっきり言って、ここ数年の政策によって、奴隷身分の者に怒りが溜まっています。聞いたところによると、貴国には奴隷がいないそうですね。その事実だけでも、多くの奴隷が協力してくれる筈です。」
ラークナは、なんとか仲間を守ろうと必死だった。
「……。分かった。上に連絡してみよう。1週間後、また来てくれ。」
笹岡はそう言って、椅子から立ち上がる。
「分かりました。では、また1週間後に。」
ラークナはそう言い残し、宿を去った。