大東洋海戦②
大陸歴4215年7月8日 北海道沖
帝国海軍は焦っていた。もともとこの艦隊は、1000隻にもなる大艦隊だったのだ。それが、昨日の攻撃によって、50隻にまで減っていた。本来ワイバーンは生息出来ない帝国が、莫大な予算を注ぎ込んで生育したワイバーンと、それを使用した竜母も、その全てが一瞬で海の藻屑になってしまった。何故かその後は攻撃を受けなかったが、海軍は補給を受けるため、旗艦アルディーネを先頭に、クトロ島に建設中の、トルキラーン港に向かっていた。
しかし、日本もそれを見逃す訳では無かった。既に、地球連合海軍が動き出していたのだ。
二時間後
「もう少しで帝国領に入る……。まったく、日本はなんなんだ!」
アルディーネの艦長であるクラハは、昨日の日本軍による攻撃を思い出していた。敵の姿も見えないのに、一方的に行われる破壊。クラハは、その攻撃にすっかり恐怖していた。
「ん?何だあれは!」
周囲を眺めていたクラハは、地平線の縁に何かを見つける。10km以上離れているが、それがとてつもない大きさの船だと、クラハは直ぐに見抜いた。この辺りであれ程の巨大船を作れる国は一つしかない。日本だ。
クラハの脳裏には、数日前の出来事が浮かんでいた。貨物船練馬に襲撃した時のことだ。練馬はサイズこそ大きかったが、完全な民間船であり、武装を積んでいなかった。だが、あの大きさの船に、所狭しと大砲が並んでいたらどうだっただろうか。戦列艦の数倍の火力の、超戦列艦とも言える船が出来ているかもしれない。
「お、おい!《雷神の弓》をあの船に向けろ!今すぐ破壊するんだ!」
「り、了解しました!」
クラハの命令によって、アルディーネの主砲、雷神の弓が日本軍の船に向けられる。黒く長い本体は、その大きさにもかかわらず、スムーズに動く。
「魔力充填完了!!発射準備完了しました!!」
充填が完了した雷神の弓は、青白く発光していた。
「発射しろ!!」
クラハの命令によって、雷神の弓の発射ボタンが押される。内蔵された魔法陣に魔力が流れる。魔力は電気に変換され、魔力が集まって生成された金属弾を加速させる。そして、金属弾は、音速の数倍という速度で、日本軍と思われる船に向かって飛んでいった。
同時刻 護衛駆逐艦こんごう
「艦側面に被弾!浸水が発生しています!!」
こんごうの船内は騒然としていた。報告によれば、帝国海軍の主力艦は戦列艦だった筈だ。しかし、攻撃してきた艦は回転砲塔を装備し、10km手前から攻撃。しかも、その速度は音速を優に超えていた。
「クソ!何だあの艦は!!まるでレールガンじゃないか!!敵は戦列艦じゃなかったのか!!」
艦長は、突然の事に驚いていた。戦列艦の大砲の射程は最高でも4km。10km手前から攻撃される事は、普通ならあり得ない事だった。
「攻撃してきた艦にミサイルを撃て!!絶対に外すなよ!!他の戦列艦は主砲で対応する!!」
艦長の命令によって、ミサイルが発射された。
アルディーネ
「雷神の弓は敵艦側面に着弾しました!!」
観測していた船員からの報告が上がる。
「よし!次で確実に仕留めろ!!」
クラハの命令によって、発射の準備が始まる。
「て、敵艦が何かを発射しました!!こっちに向かって来ます!!」
観測員からの報告が再び上がる。
「に、逃げろ!!全員海に飛び込め!!」
クラハは、それが昨日の攻撃と同じものだと咄嗟に判断すると、全員に逃げるように支持する。それと同時に、こんごうから発射されたミサイルはアルディーネに直撃する。
弾薬庫に保管してあった、爆裂魔法陣が刻まれた魔石に力が加わり、猛烈な爆発を起こす。アルディーネの甲板を爆発は突き破り、アルディーネを真っ二つにする。
クラハは海に投げ出される。瓦礫にしがみついたクラハが前を見ると、そこには沈みゆくアルディーネがあった。
その後は地獄だった。アルディーネに攻撃を行った艦の後方からさらに5隻の船が現れた。豆鉄砲のように小さい砲から、猛烈な砲撃が行われ、あっという間に、50隻の戦列艦全てが沈んでしまった。クラハを助けようとしてくれた味方艦も、目の前で爆発ししてしまった。
その後、クラハ達は救助された。日本の船はクラハ達の常識からすれば驚く程綺麗だった。それを身を以って実感したクラハ達は、日本の力に驚愕する事になる。
同時刻 東京 地球連合軍司令部
前方のモニターに、後方の無人船から送られてきた映像が流されている。その中央には、こんごうが映っていた。
「すごい……!あれだけの艦隊を一瞬で沈めてしまった!」
ローゼン王国の観戦武官であるリーレは、日本の戦闘艦の力に驚きを隠せない。
この場所には、ローゼン王国とアリュータ王国に加えて、日本と国交を結んだいくつかの国の観戦武官がやって来ていた。勿論、未知の攻撃を受けた場合は、即座に避難出来るように準備がされている。また、国交を結んではいないが、シオン王国からも観戦武官が特別に派遣されている。
「事前の情報では、こんごうに攻撃出来るような装備は無いはずなのですが…………。幸い、こんごうの乗組員の被害は軽症のみとの事ですので、問題は無いようです。」
説明役を任されていた、連合軍幹部の木村は、仲間が攻撃された事を悔しがりながら話す。
「もしかしたら、あの攻撃はアーティファクトかもしれませんよ。」
その言葉に、その場にいた全員が反応する。話したのは、アリュータ王国の観戦武官であるアリシアだった。アルカタン要塞の時とは違い、他国の関係者も多いこの場では、しっかりとした言葉を使っていた。
「これは第三国経由の情報なので、正確性は低いと思われますが、帝国は最近、大量のアーティファクトを発掘したとの情報が流れています。あの様な攻撃をしてくる兵器はこれまで確認されていない為、現状ではアーティファクトである可能性が最も高いです。」
その言葉に、周りからおおという声が漏れる。
「確か、アーティファクトとは、古代文明の遺産でしたかね。」
「はい、その認識で合っています。」
木村の問に、アリシアが答える。
「アーティファクトは、今から2万年前に存在していた、ラギア帝国と呼ばれる国家の遺産です。かの国は高い魔法技術と、そこから生み出される軍事力で世界を支配していました。」
「詳しい説明は省きますが、アーティファクトは非常に強力な兵器も多い為、戦争の切り札として使われる事もあります。性能は、基本的な物なら日本の兵器と同レベルだと思います。」
「なるほど。説明ありがとうございます。アーティファクト……、恐ろしいですね……。」
木村は正直な感想を漏らす。その後、あたごは帝国兵の救助に加わった後、日本に帰還した。
大陸歴4215年7月12日 山口県 捕虜収容所
ミューレ帝国との戦争を想定し、刑務所を改築して出来た捕虜収容所。クラハは、北海道から軍の車両に乗せられ、この施設に収容された。
「なっ、なんだこれは!?」
クラハは、収容所の綺麗さに驚いていた。薄汚い部屋に入れられ、拷問を受けると思っていた。しかし、話を訊くと、拷問は行われず、食事も3食出るという。
「捕虜までも丁寧に扱うとは……。いったい何なのだ、日本という国は……。」
世界の常識からかけ離れた日本の対応に、クラハは困惑する事になる。