大東洋事件
大陸歴4215年7月1日 ローゼン王国南方海域(旧東シナ海)
一隻の船が、海の上を進んでいた。周りには陸地が見えず、地平線の果まで海が続いている。
貨物船『練馬』。現在、日本政府によって運行されているこの船は、ローゼン王国南部の港を出港し、大量の穀物と、現地から帰国する日本人400人を乗せて、福岡港に向かっていた。
「ん?あれはなんだ?」
練馬の艦長である大塚は、前方からいくつかの船がやって来ている事に気づいた。見た目からして戦列艦だと思った艦長だったが、とくに気に止める事なく、そのまま船を進めた。このあたりは主要な海上交通路でもある為、官民問わず様々な船が通過する。商船の護衛として軍艦が通る事も珍しくない為、良くも悪くも軍艦を見る事が当たり前のこの世界に、艦長は慣れていたのだ。
だが、今回は何かが違った。前方の軍艦は、今まで見た事のない形をしていたのだ。空母のように平らな、のっぺりとした甲板の上に、黒い棒のような物が置かれている。それは、まるで巨大な銃身のようだった。
「変わった形だな……。おい!一応、海軍に連絡を入れておいてくれ!」
艦長は己の感に従って、部下に命令する。このあたりなら、地球連合海軍の船がいるかもしれなかった。
「なんだかソワソワするな……。何なんだ、あれは……。」
艦長がそう思った次の瞬時、突然前方の軍艦から、光が放たれる。その瞬間、練馬の右舷で、大規模な爆発が起こった。
「な!?攻撃された!?クソ、この船は軍艦じゃないんだぞ!あの船に、この船は軍艦じゃないと伝えろ!」
艦長が叫ぶ。その間にも、相手との距離はどんどん近くなっていた。
『我々はローゼン王国東部の国日本の船籍の民間船である。すぐに戦闘行為を辞めなさい。繰り返す、我々はローゼン王国東部の国日本の船籍の民間船である。すぐに戦闘行為を辞めなさい。』
外に設置されたスピーカーから、大音量で警告が流れる。
「艦長!乗客は全員、安全な場所に避難させました!海軍にも連絡をしています!」
操舵室に、部下が飛び込んでくる。
しかし、既に遅かった。回避しようとする練馬を謎の軍艦は恐るべき速さで追いかけ回し、遂には横付けされてしまう。
その後、乗り込んできた敵軍によって、艦長大塚以下、乗客も含めた440人は、全員が拘束された。
同日 ミューレ帝国 帝都ミューレスカ 第二外交局
「こんにちは。日本の外務省の者です。課長様との会談を申請したいのですが、大丈夫でしょうか?」
第二外交局の窓口で日本の外交官、笹岡が手続きを行っていた。渋いオッサンといった雰囲気で、敬語を使うのも苦手な笹岡だが、その外交手腕が変われて、国交開設の為にミューレ帝国に送られていたのだ。日本は、転移直後からミューレ帝都と接触しようとしていたが、半年たっても相手にされていなかった。
「はぁ……。少し待って下さい。確認してきます。」
建物に一つしかない窓口の担当職員は、気怠そうに答える。三ヶ月前から窓口担当はこの職員に変わっていたが、だんだんやる気が無くなっているな、と思いながら笹岡は待っていた。
「申し訳ありません。今日は予定があるそうなので、お引き取りください。」
担当職員は、いつもと変わらない口調でそう言う。
「わかりました。」
とだけ言って、笹岡は窓口前の椅子に戻る。ボロボロの椅子は、ギシギシと音をたて、すぐにでも壊れそうだった。
「どうでしたか、笹岡さん。」
席に戻ると、部下の野口が話しかけてきた。
「いや、今日も駄目だ。全く、この国はなんなんだ。三ヶ月前の武力衝突の後も何もコンタクトが無かったし、流石に舐められすぎだろ。」
笹岡は、そう愚痴りながら宿に帰る支度をしていた。すると、近くの扉が開き、足音が近づいて来たと思うと、突然呼び止められた。
「日本国の方ですね。第一外交局のレーファ様がお待ちです。付いてきて下さい。」
窓口職員と違い、シャキっとした服装の女性だった。突然の事に笹岡達は驚くが、断る理由もないので、そのままついて行った。
お世辞にも綺麗とは言えない建物を抜け、大通りを少し歩くと、第一外交局の建物につく。いわゆる非文明国用の第二外交局とは違い、文明国向けに作られた建物内には、豪華な装飾が施してあり、椅子やテーブルに至るまで、綺麗に揃えられていた。そして、その中に入った一行は、レーファと呼ばれる人物の待つ会議室に入って行った。
「こんにちは、私は日本の外交官の笹岡です。こちらは、部下の野口です。」
部屋に入ると、笹岡は簡単に自己紹介をする。渋いオッサンとぽっちゃりした部下の野口、明らかにアンバランスだった。
「そうですか、では、おかけ下さい。」
レーファに言われ、二人は用意された席に座る。その後、ミューレ帝国側の紹介も始まる。
○第一外交局長レーファ
○大東洋担当課長補佐ラークナ
○領土管理局長エーリ
そうそうたるメンバーに、笹岡にも力が入る。
「まずは、お前たちが何故ここに来たのか話して貰おうか。」
レーファが話し始める。その態度に苛立ちながらも、笹岡は平常を装って対応する。
「我々は、不幸な行き違いから、アリュータ王国で衝突してしまいました。よって、その関係修復と、国交開設の為にやってきました。」
笹岡がそう言うと、突然領土管理局長のエーリが立ち上がる。
「なにが不幸な行き違いだ!帝国陸軍に泥塗っておいてその態度!貴様ら、タダで済むと思うなよ!」
エーリは、いつもの非文明国に相手する時と同じように日本にも言い放つ。
「いいえ、我々は火の粉を振り払ったに過ぎません。先に攻撃してきたのは貴方方ですよ。」
笹岡は淡々と反論する。
「貴様!栄えある帝国陸軍を火の粉だと!」
エーリの怒りは最高潮にたってしていた。
「まあまあ、落ち着いて下さい。エーリ様」
大東洋担当課長補佐のラークナは、エーリを手で制し、座らせる。そのタイミングで、レーファが話し始める。
「我々は、おまえ達の国、日本に興味がある。だが、まずはお互いの事を知らなければならない。まずはそちらから話して貰おうか。」
笹岡は、レーファの高圧的な態度に嫌気がさしながらも、国交を結ぶチャンスだからと、カバンから資料を取り出して渡す。資料は大陸共通語で書かれており、しっかりと読めるようになっていた。
「な、なんだこれは!」
資料を読んでいたラークナが声を荒げる。
「人口1億4000万人で、国ごと転移だと!?そんなハッタリがバレないとでも思ったのか!?」
「いいえ、これは全て事実です。転移の原因については、現在調査中ですが。」
笹岡は、すかさず反論する。だが、相手は話を聞いてくれそうにない。笹岡がどうしようかと考えていると、今度はレーファが話し出した。
「まあ、お前たちが何を言おうと関係ない。お前たちをよんだのは、皇帝陛下のご意思を伝える為だ。皇帝陛下の寛大な心によって、この条件をのめば、先の戦争についての事を無かった事にする事が決まったのだ。」
そう言って、レーファは羊用紙を渡す。そこには、こう書かれていた。
○日本国の王は帝国人とする事。
○現在の日本の王は、帝都に住まわせること。
○日本国の法を帝国が監査し、必要に応じて改正出来るものとする。
○日本軍は、帝国軍の要請に応じて、直ぐに展開できる状態にする事。
○日本国は、毎年奴隷1万人に加え、帝国の要請に従い、追加の奴隷を差し出すこと。
○日本国は帝国の許可なく外交を行ってはならない。
○日本の王都は帝国直轄領とし、全ての建物を帝国風に改築する事。
「な、なんだこれは!こんなもの、認められるわけないだろ!」
その内容を読んだ笹岡は、思わず声を荒げる。横から読んでいた野口も、顔をしかめていた。
「貴方達は、こんな物が外交だと思ってるのか!」
笹岡は、拳を机に叩きつけ、抗議を行う。これでは、属国以下の扱いである。
「フン、帝国の力を知らない愚か者め。お前たちの物分りの悪さには呆れるよ。この条件を飲むだけで、戦争を回避できるのだぞ?そして、これを蹴れば、待っているのは戦争だ。お前たちとて、自国民を殺したい訳ではないだろ?」
「…………。こんな条件では、日本政府は飲みませんね。ですが、一応本国に連絡し、対応を検討します。」
「ふん、そう言うと思ったぞ。蛮族は決定が遅い割に、結果が散々だから困る。やはり蛮族には教育が必要だな。これを見ろ!」
レーファはそう言うと、部下に水晶玉を持ってこさせる。すると、水晶玉に、映像が写し出される。
「な!?こ、これは練馬じゃないか!貨物船の!」
野口がそう叫ぶ。水晶玉には、変わった形の船に横付けされた、日本の船の姿があった。
「こいつらは、スパイとして帝国にやって来る可能性があったから拘束した。この船に乗っていた全員をな。」
首に縄を付けられ、各人が縄に繋がり、一列に並ばされている。その数は400人以上に上った。
「なっ、何をしているんだ!あの船は、練馬は、ローゼン王国と日本の間で運行されていたハズだ!何の罪もない人達を縄で……。即刻、開放を要求する!」
「要求?帝国に向かってなんだその口は!まともに口も聞けないのか蛮族は!これ以上の話し合いは不要だ!処刑しろ!」
レーファは、通信器を使い、練馬の甲板にいる兵士に命令する。すると、兵士の持っていた剣が、一番端にいた男の首にめり込む。男が動かなくなると、その隣にも同じように剣がめり込む。
「おい!今すぐ辞めさせろ!!お前ら、何をしているのかわかってんのか!」
笹岡は、今にも殴りかかりそうな勢いで、レーファを睨み付ける。
「何故私を睨んでいる?たかが400人程度、戦争よりはマシだろう?戦争になれば、何千何万という国民が死ぬのだぞ?」
レーファが笹岡を煽る。その間にも、船の上では、一人ずつ、作業を行うように一般人が処刑されていく。その光景は、まさに地獄だった。
「蛮族蛮族と言うがな!お前たちの方が、よっぽど蛮族だよ!」
笹岡は怒りに任せて、大声を出す。騒ぎを聞きつけたのか、兵士が部屋に入っきて、笹岡達に剣を向ける。一触即発といった状態になっていた。
「大口を叩けるのも今のうちだ。帝国海軍はいつでも日本を攻撃出来る。王都に上陸したらどうなるか、分からない訳ではあるまい。お前たちの行動次第で、国が滅ぶ事を学ぶといい。」
「皇帝陛下の決定により、日本から結論が出るまでは、海上封鎖に留める事が決まっている。お前たちの国で作物が出来ないことは分かっている。国民が飢えで死んでいく所をお前たちは見たいのかな?」
最後の一人が処刑され、動いている日本人はいなくなった。すると、兵士達は、元の船に戻り、船は練馬から離れていく。
「良く見るといい。これが、帝国海軍の力だ。《雷神の弓》の力を思い知るがいい!」
レーファがそう言うと、練馬に向けられた帝国の軍艦から、高速の弾丸が発射され、練馬に大穴があき、日本人の遺体を乗せたまま、どんどんと沈んでゆく。中世程度の文明に似つかわしくないその攻撃を見た笹岡達は、唖然としていた。
「この力が、お前たちの国に対して振るわれたら、どうなるか分かるだろう?もう会議は終わりだ。お前たちは特別に、帝都に残る事を許そう。日本が滅亡する様を見ているがいい。」
こうして会議は、終了した。
何の罪もない人々が、突然命を奪われた。それは、無意識のうちに世界は平和だと考えていた日本人に激震となって伝わった。世論は帝国を批判し、日本と国交を結んだ各国の世論も、帝国への恐怖心から表向きには言わないが、帝国を批判していた。そして、その日本人の意志は、かつて国力が100倍以上開いていた世界最強の国に戦いを挑み、3発の原爆を落とされ、首都東京が陥落し、国土の殆どが焼け野原となってもなお降伏しなかったその血を、90年の眠りから解き放つ事となる。
最後の表現がちょっと過激かも……?
演出だし、しかたないね。