08 Fランク聖女、ドワーフの町を解放する
「出ていけ! ヒューマン共の世話になどならぬわ!」
「まあ、そのつもりだったから別にいいけど」
「だな。俺達の目的は、魔王の支配を排除することだけだし」
「他の、名もなき魔族に支配される分には問題ないでしょう。なにしろ、ここは魔族領ですし」
自称、神のごとき存在のドラゴン3体を倒した、聖女サリー、魔導士ロキ、僧侶シンの『勇者なき』魔王討伐パーティは、魔王城に向かう途中で見つけたドワーフの町を解放した。
「ていうか、俺達もともと、この町解放するつもりなかったよな?」
「そうね。どうしてもって言われて、しかたなく四天王のひとりを追い出しただけよね」
「幻惑のカミラ、でしたかな。魔族のための魔道具をひたすら作り続けるよう、職人達を操っていましたが」
シンが例によって野宿の場所を探すために探査魔法をかけていたところ、精神支配から逃れて町のはずれに隠れていたドワーフを何人か発見し、声をかけたのがきっかけだった。
「弟子達が何を言ったか知らぬが、お前らに借りなどない。我らは魔道具さえ作れればそれでいいのだからな!」
「お弟子さん達にも、そう言ったんだけどねえ。なんか楽しそうだから別に解放しなくてもって」
「そしたら、『俺達を放り出して何も教えてくれない、このままじゃジリ貧だ!』って」
「ふん、技術は教えを請うて得るものではない。見て盗んで身につけるものだ」
「ああ、うん、私もそう思う」
サリー自身の『聖女』としての能力が、まさしくそうであったから。誰か師匠がいたわけでもなければ、神から授かったものでもない。書物の読解と、試行錯誤と、そして本人曰く、努力と友情によって身につけたものである。見て盗む誰かがいなかった分、師匠ドワーフの方針よりも厳しいかもしれない。
「いやいやいや、それはサリーだけだってばよ。教官のシゴキは辛かったけど、それが今の俺の実力を支えていると思うぜ?」
「吾輩も、枢機卿の教えがあればこその精神集中、そして、どのような誘惑にも負けぬ心を培ったのですからな」
「あっそ、ふーん」
「そんだけかよ!?」
「さすが、サリー殿というべきか…」
サリー自身、別に師弟関係を否定するつもりはない。ただ、自分自身がそのような人間関係で今の実力を得たわけではないというだけだ。強いて言うなら、魔力が乏しいことを危惧してあれやこれやと学習を指導しようとした、他称Sランク冒険者のジェイドが師匠に当たるのかもしれない。サリー自身は、そんなジェイドを無能呼ばわりしているわけであるが。
「ま、追い出しちゃったものはしかたないし、さっさと出ていきましょうか」
「まあなあ。俺達、武器とか装備とかの新調やメンテナンスは要らねえし」
「けっ、稼ぎもなさそうなお前達が出せる金など、たかが知れている。勇者がいたらそうでもなかっただろうがな!」
この師匠ドワーフ、実は町一番の実力者であり、鍛冶ギルドの長でもある。そういう意味では、ヒューマンの町で言う町長に相当する立場である。
弟子達に頼まれて魔族のカミラを追い出したサリー達であったが、そのやり方は至極単純。カミラが陣取っていた建物に転移で侵入し、睡眠魔法で眠らせただけだった。なお、その睡眠魔法は、サリーが世界樹の葉数枚の魔力を全て注ぎ込んだ強力なもので、カミラは未だ町の外の平原の片隅で眠りこけている。それで充分と思ったからなのだが、依頼した弟子ドワーフ達も幻惑から解放された師匠ドワーフも拍子抜けし、小手先だけの大した実力がないパーティとみなして小馬鹿にするだけであった。
「はいはい、確かに私はFランク聖女ですよーだ」
「サリー殿、それは何かの皮肉ですかな」
「事実だし?」
「実力ってのは、能力だけを指すものじゃねえだろうが…。あ、じゃあよう、サリーはマント要らねえのか?」
「あ、要る要る。『隠蔽』が付与されたやつ。目立ちたくないし」
「今更な気もしますが…」
珍しくロキとシンにもツッコミを受けるサリーであったが、これも予定調和の会話とばかりに適当に流していく。
「ふん、人目を引くような見た目をしていて、『隠蔽』だと? 小娘、正気か?」
「何が?」
「せっかくの美貌も宝の持ち腐れということだ。頭が弱いのか?」
「あなたみたいなエロ爺さんよりも賢いつもりだけど?」
「なにぃ!?」
「見栄えがいいから高級娼婦にでもなって稼げとでもいうの? 私は、金のために体を売る理由はどこにもないのよ」
実際、そうである。というのも、サリーのもつアイテムボックスには、ドワーフ達が喉から手が出るほど欲しがる、古代種のドラゴンの各種素材がたっぷり入っているからである。が、そんなことをここで自慢するようなサリー達ではない。自慢しても何の得にもならないことをこれでもかと経験しているためだ。
「ほざけ! 貴様らのような貧乏パーティが買えるようなマントなど一枚もないわ! たとえ、何の魔法付与もないものでもな。恩着せがましくタカるだけなら、さっさと出ていけ!」
「だから、さっさと出ていくと何度も…もういいや、それじゃ」
解放した後の対応を確認するためだけに訪ねた鍛冶ギルドの建物であったが、余計なお世話だったとばかりに去っていく3人であった。
◇
ドワーフの町を出てしばらく歩いていると、平原で眠りこけているカミラに出くわした。何か月間か放置するつもりだったので再び見るつもりはなかったのだが、打ち捨てた場所をすっかり忘れていたため、うっかり来てしまったのである。
「なんていうか、魔王城に遠距離転移させたい気分なのよね。ゴミはゴミ箱にって感じで」
「サリー殿、相手が女性だと魔族かどうかに関わらず辛辣ですな」
「美形だしなあ。背は高いし、ナイスバディだし、色っぽいし、艶めかしいし、エロいし」
「ロキ、あなたもパーティから追放したくなったんだけど。ドワーフの町の娼館あたりでいい?」
「それって、追放なのか?」
「ジェイド殿と同じですな。追放のようで、実際は…」
「シン」
「これ以上は言いませんよ。御安心を」
「ふんだ」
実際のジェイドは、世界樹の村でスローライフである。村に閉じ込めるまで、あれやこれやと根回しをして働きずくめで、慢性的な寝不足でもあった。今頃は、目の下のクマも消えていることだろう。
「しかし、あれからだいぶ時間も経ちました。そろそろ…」
「そうね、あの女が世界樹に来る頃よね。『死の呪い』の都合もあるし」
「『死の呪い』かあ。あれって、魔力過多が引き起こしてるんだろ? しばらく封印されていた世界樹が、一気に魔力放射されるってんで」
「魔族や魔物がいれば魔力を適度に吸収してくれるんだけどね。でも、ジェイドが魔物を殺しまくったから」
「最短でも一年間は厳しいですな。逆に言えば、その程度と言えますが」
「むしろ、『死の呪い』と称して騒ぎまくる方が面倒なのよね…。ったく、アレは迷信だと何度言っても聞き耳持たないんだから、あの女は」
あの女…サンドラ王女は、確かにヒューマン全体で絶大な人気を誇っていた。そして、剣や魔法の腕だけでなく、政治や経済への造詣も深かった。しかしそれだけに、衆愚政治の道具にされやすく、根拠のない噂や扇動活動にも弱い。ジェイドもそうだが、魔族という仮想敵を前提とした人気であり、また、立場でもあった。
「庶民派といえば聞こえはいいですが、多勢がクロといえばシロでもクロと言うお方でしたな」
「一方で、私腹を肥やす貴族連中による重税はむしろ称賛するんだから、わけがわかんねえ」
「それで国の経済が回って豊かになるとか思ってんでしょ。麦とかがどれだけ屋敷に死蔵されてるか知らないよね、あれ」
現金が死蔵されるのはまだマシである。長い年月をかけて放出される可能性もあるのだから。しかし、穀物はいくら保存が効くといっても、何年も持つわけではない。消費する主な者が美食を求める王侯貴族なら、古い穀物から僻地に捨てられていくのは自然の成り行きである。なお、ヒューマンなどの種族にとっての僻地とは、魔族領である。古い穀物は、何の、いや、誰の糧となっているのか。
「さて、『死の呪い』で、まだ食べられる穀物がどれだけ放出されるかしらね」
「ごく一部でしょうが、何もされないよりはマシでしょう」
「これ以上、サリーがあれこれ考える必要はないんじゃね? 王侯貴族の連中が変にのさばっているのも、他ならぬ庶民が望んでいることだしよ」
「まあねえ。『サンドラ王女にお任せすれば魔族なんか怖くない』って感じだからねえ」
「せめて自己防衛のために逃げてくれよって言いてえ。それで困るのは領主だから、おおっぴらには言えなかったけど」
最初から魔族の脅威を前提とした支配体制。それに、支配する者もされる者も疑問に思わない現状に、サリー達は不安を通り越して呆れていた。もっとも、あるきっかけがなければ、そのサリー達も『盲目の人々』の一部のままではあったのだが。
「そう考えると、魔族っていろんな意味で気楽でいいわよねえ。次に生まれ変わるなら魔族かしら?」
「魔族は魔族で苦労も多いと思いますがね」
「でも、『ヒューマンになりたい』とかいう魔族がいたら、なんて物好きなって思うけどよ」
「ああいや、いくら魔法で眠らされているとはいえ、こうしてぐーすかぴーと寝ているとね?」
魔族ならば何か月眠っていても衰弱することはないし、その辺の魔物程度ではろくに傷をつけることさえできない。この寝こけているカミラにしても、簡易の結界をかけておけば、数か月後には全く問題なく復活するだろう。気楽なのは間違いない。
◇
平原から更に離れた、山の麓。ドワーフの町から離れて最初の夜、野宿をしていたサリー達だったが。
ドゴオオオオオオオンッ
「な、なに!?」
「あれは…ドワーフの町の方ですな」
「でっけー火柱だなあ。魔力炉でも暴走したか?」
「ああ、久しぶりの『支配されない鍛冶』ばかりが集中したからねえ」
過度な鍛冶活動によって起こる、魔力炉の暴走。実のところ、これは珍しいことではない。人命よりも鍛冶、という社会慣習が強固なドワーフの町では、これも日常茶飯事と捉えられている。もっとも、死んだ者は口なしであるし、残された者、特に子供達にはいい迷惑である。まだまだ養われる必要があるにも関わらず、鍛冶をしていた大人達がいっぺんに亡くなってしまうのだから、そのまま何もできずに餓死してしまう例が多い。
「子供達には罪はないよね。助けに行くか」
「助けにって、何するんだ?」
「少しは大人が残っているなら、孤児院の建物でも作ろうかな。最近、土魔法もマスターしたし」
「子供の方もだいぶ死んでいると思いますから、いくつも必要というわけではないでしょうね」
「世話できる大人がほとんど生き残っていなかったら?」
「カミラじゃないけど、冷凍睡眠かなあ。世界樹の葉っぱを使えば数年はもつと思うよ」
「数年で里親に巡り会えればいいのですが…」
そうして闇の中、ドワーフの町に戻る3人。数多くの死体、血まみれで死にかけている者、泣き叫ぶ子供達。これまでにも幾度か見た、しかし、決して慣れることのない光景を予想しながらも、やれることをやるために向かっていく。そんな日常を選んだがために。