07 Sランク勇者、聖女の謎を聞かされる
世界樹の村で地下牢に入れられて数日。日の差し込まない場所なので、時間感覚が麻痺している。今は昼なのか夜なのか…。時折差し入れされる食事で、辛うじて日にち感覚を保っているという状況だ。やってくるエルフは事務的で、言葉を交わそうとしない。
「罰…にしては穏やかだな。強制労働させられるわけでも、痛めつけられるわけでもない。そういう意味では、自由に出歩きできていた頃の方が辛かったか」
牢屋は、破ろうと思えば破れる。しかしそんなことをすれば、村の者達が総出で対抗してくるだろう。そうなれば、多勢に無勢だ。『勇者の紋章』の力は、魔族や魔物には絶大だが、エルフやヒューマンなど他の種族にはあまり効かない。そして、今となっては体力も落ちている。出される食事は粥のようなものばかりで、量も少ない。
「その信条で生かされてはいるが、何もできないよう閉じ込められているだけか…」
少し前の食事の時は、洗浄魔法もかけられた。生かされているという観点では、ある意味いたれりつくせりである。同胞を死に追いやった罪人に対する扱いとは思えない。少なくとも、ヒューマンの社会ではあり得ないだろう。
がたがたっ
がちゃ
「おい、出ろ!」
「…なんだ、何があった」
「いいから来るんだ! あのヒューマン共、鬱陶しくてかなわん!」
ヒューマン…?
◇
地下牢から出された俺は、エルフ達に村の出入口まで連れて行かれた。元長老や魔族との戦いで荒れていた場所だったが、今では綺麗になっている。
「あれは…サンドラ殿下!? そうか、騎士団と共にここまでやってきたのか」
出身王国の第一王女にして、現在の王国騎士団総長を務める。王家の血筋による魔法の才能が凄まじい上に、剣の実力も確か。冒険者ならば、間違いなく俺と同じSランクに叙されるであろう、ヒューマン最強の魔法剣士。サリーよりもひとつ年上の17歳、長身で凛々しい容姿をもつ彼女は、出身王国のみならず、多くのヒューマン諸国で絶大な人気を誇っている。
そんな王女が存在する国に勇者の俺が現れた時は、諸国全体でとんでもない騒ぎとなった。王城で『勇者の紋章』が発覚した際にも、その場にいたサンドラ王女が、俺との勇者パーティ結成を唱えたのは自然の成り行きだった。剣が中心の実力とはいえ魔導士としての能力も確か、ヒューマン代表としての自覚と覚悟もあるとなれば、サンドラ王女こそが『聖女』として同行するはずだったのだ。
しかし、『聖女の紋章』が現れたのはサリーであり、別途派遣されたロキやシンと共に、サリーが聖女として同行することになった。そしてサンドラ王女は、王国騎士団の総長職を継続し、勇者パーティが解放した町や村を平定する役割を担った。
「―――! ーー、ーーー!?」
結界の向こうで何かを叫んでいるサンドラ王女だったが、何も聞こえない。サリーの施した結界は、光は通すが、なぜか音は伝わらない。ズール達が攻めて来た時も、結界の外の物陰から突然現れたかのように見えたのは、それが理由のひとつにあった。
「殿下、聞こえますか!」
「―――、ーーー! ーー」
「やはりダメか…。ん?」
サンドラ王女が、手に木の板を持って掲げる。板には、王国で使われている文字が描かれていた。そうか、だから俺が呼ばれたのか。エルフ達は、その記憶力と長命な特徴から、文字の類を使う慣習がない。その気になれば覚えることもできるはずなのだが、ヒューマン諸国の中でも国や分野ごとに異なる文字が使われていることもあり、全くといっていいほど関心がないのである。
そして、板に書かれていた言葉は。
『解放した村が、死の呪いに侵されている』
死の、呪いだと!?
あらゆる作物の成長を止め、急速に枯れていく現象。安定した食料供給がなければ、多くの人々が飢えて死んでいく。まさしく、死を招く呪いだ。一説には、世界樹からの魔力放射が弱くなると起きると言われてきた。過去の文献から、魔族が世界樹を奪取した時期と、『死の呪い』が蔓延した時期が一致していたからだ。
しかし、今はむしろ世界樹が魔族の手から解放され、魔力放射が復活している。そもそも、魔族が封印していた間に『死の呪い』が起きたということも聞いていない。単なる偶然だったのか、それとも…。
「サンドラ王女は、早急に『死の呪い』を解消するため、この村を訪れたということなのだろうか。しかし…」
こちらには、木の板はあっても、文字を描くための道具がない。ナイフなどの刃物はエルフ達が触らせてもくれず、塗料の類もすぐには用意できない。しかたがないので、手と口の動きで、世界樹が解放されていることだけをなんとか伝えた。近くに落ちている世界樹の葉を見せたことが最もわかりやすかったのかもしれないが。
「――、――――、――――!! ―――、――!」
サンドラ王女が、こちらに何か話しかけた後、後ろに控えていた騎士団のうちの何人かが、サンドラ王女と並び立った。そして。
ズンッ…!
王女達を中心に、巨大な魔法陣が結界の外の地面に描かれる。もしかして、外側から結界を破ろうとしているのか!?
ピシッ
パリンッ!
結界を構成していた見えない壁に見えるヒビが入ったかと思うと、そのヒビ周辺が割れる音がした。
「今だ!」
「「「はっ!!」」」
魔法を発動していたサンドラ王女と3人の騎士団員が、割れた結界から村に転がり込んだ。
「殿下!」
「ジェイド殿、ようやく会えたな。しかし、これでこの結界も…なに!?」
一度は割れて穴ができた結界だったが、魔族が侵入した時にエルフ達が空けた時と同様、いや、それ以上に早く、みるみるうちに穴は塞がってしまった。
「なんという、強力な結界なのだ…」
「おそらく、世界樹の魔力が常に供給されているのでしょう。同様の結界が、世界樹のすぐ近くにも施されています」
「この村のエルフがやったのか? それとも、魔族が去り際に残していったのか」
「いえ…それが…」
ちゃっ
気がつくと、弓を構えて矢を放つ体勢のエルフ達が、俺達を取り囲んでいた。
「この矢は威嚇用だが、当たれば痛いだけでは済まない。怪我をしたくなければ大人しくすることだ」
「何をする! 我らは、この村を魔族から救うために来たのだぞ!」
「信用できぬ。そう言って、その無能な勇者は我らが同胞を死に追いやった。この結界にしても、お前達ヒューマンの『聖女』とやらがかけたのだぞ!」
「なんだと…。ジェイド殿、サリーがこの結界を作ったというのは、本当か!?」
「…はい」
いろいろと弁解したいところだが、事実は概ねその通りだ。
「くっ…。もっと早くに調べがついていれば…!!」
「サンドラ殿下?」
「ジェイド殿、貴殿らが出発した後、各国の伝承を集めて調べた結果、判明したことがある」
「判明したこと?」
「『聖女の紋章』などというものは、存在しない」
…え?
「あれは本来、聖女として派遣された者が、その誓いを示すため『勇者の剣』によって身体の一部に刻むもの。決して、神より与えられるものではなかったのだ」
「しかし、あれだけの輝きを放って…。それに、僧侶のシンも神の加護があると…」
「だからこそ、我らは騙された。我が国から勇者が誕生することは稀だったゆえに、『聖女』も『勇者』同様、神に選ばれると思い込んでしまったのだ」
◇
元長老の家。相変わらず取り囲むエルフ達に警戒されながらも、俺達は話を始めた。
「だから、儂が言ったであろう…。これまでの聖女は、支援役でしかなかったと…」
「ですが、それではサリーのあの結界の力の説明がつきません。世界樹の魔力を使えば、Fランク程度の者でもこれ程の威力を発揮するのですか?」
「あり得ぬ。ヒューマン如きが簡単に成せる技ではない。上級魔族でさえ不可能だ。だからこそ、あの魔族達は結界の外で監視しているしかなかったのであろう?」
エルフ達が空けた穴をすり抜けて侵入した、銀翼のズールと配下の者達。四天王のひとりが率いていただけあって、奴らの魔族としての力は大きかったはずだ。
そういえば、奴らが世界樹の村にやってきた目的は結局なんだったのだろう? サリー同様、世界樹の葉を使って巨大な魔法を発現したようだが…。
「もう一度伺います。『世界樹の葉』にどのような力が秘められているのですか? あの魔族達が侵入した時に空けた穴も、エルフ達は世界樹の葉を使っていたのですよ?」
「知らぬ! それを知る者達は、あの時全て死んだ。それはお前が一番良く知っているだろうが!」
口伝に頼ったエルフの知恵の一端は、あの時永遠に失われてしまったようだ。
「長老殿、私からも伺います。この村に『死の呪い』は起きていないのですか?」
「ないな…。そもそも我らは、あまり作物を作らぬ。短命故に、産めよ増やせよを繰り返す卑しい種族とは違うのだよ」
「…」
サリーだったら悪態のひとつもつくだろう見下された発言に、サンドラ王女は沈黙を返答とする。
「サンドラ殿下、死の呪いはどの程度広がっているのですか?」
「貴殿らが解放した村のほとんどだな。奇妙なことに、未だ魔族から解放されていない辺境の寒村では、むしろ起きていない」
「まだ、魔族に支配されている村があるのですか!?」
「ビーストの村を中心に、いくつかな。ヒューマンの村を優先して解放してきたのだから、当然ではあるが」
魔族の支配する村ほど『死の呪い』は起きない。世界樹のあるこの村でも起きていない。そして、世界樹の魔力放射の有無は関係ない。…わからない。謎がどんどん増えていく。
「いずれにしても、一番の謎はサリーだ。その力の根源はともかく、神に選ばれし勇者のジェイド殿をこの村に閉じ込め、自らは他のパーティメンバーと共に魔族領に向かった。なぜだ?」
「やはり、魔族に寝返るのか…」
「寝返るだと!? それは本当なのか、ジェイド殿!」
「サリー達は、ヒューマンやエルフの有力者達を、そして、ビーストやドワーフの活動を、事あるごとに非難していました。そして、それらを支援する俺…私を、無能と断じ、パーティから追放しました」
「ジェイド殿を無能呼ばわりだと!? あり得ぬ! 死の呪いはともかく、解放された村や町の平定は、貴殿の事前対応で全て順調に進んだのだぞ!」
有力者達への根回しは、サンドラ王女が率いる騎士団が到着するまでの時間を稼ぐ意味合いもあった。それは、この世界樹の村も同様だ。あのまま元長老が魔石を所持し、周辺の集落と取引している限りは、おかしな軋轢は起きなかったはずだ。
「貴様! そのような卑怯なやり口で、我らの村もヒューマンの支配下に置くつもりだったのか!?」
「違います! 世界樹を狙うのは魔族だけではありません! あらゆる国、あらゆる種族が欲しています。勇者を輩出した我が国が保護する責務があるのは当然でしょう」
「ふざけるな! ヒューマンごとき卑しい種族が、我らを保護だと? 思い上がりも甚だしい! 敵として堂々と挑んできた魔族の方がまだ誇りがあるぞ!」
「っ…魔族に支配される方がマシとでも…!?」
やはり、価値感が根本的に違う。魔族とも、そして、エルフとも。おそらく、ビーストやドワーフとも、ヒューマンは相容れないのだろう。永遠に。
「やはり貴様達ヒューマンは、身の程知らずの無能な存在だ。この村から出られないのであれば、害を成さぬよう、そこの勇者と共に閉じ込めておく必要がある。立て!」
「何を…!?」
ヒューマン最強の魔法剣士といえど、数人のエルフに押さえつけられては何もできない。なにより、波風を立てて状況を悪化させるほど、サンドラ王女は愚かではない。少しの抵抗の後、他の騎士団員と、そして俺と共に、この家の地下に連れられて行く。
「サリー…これが、お前の望んだ俺達の末路なのか…?」