05 Sランク勇者、世界樹の村で魔族を葬り去る
世界樹の村に閉じ込められてから、早数週間。状況はあまり変わっていない。エルフ達は未だ結界魔法を解くことができず、俺への態度も相変わらずである。無視を決め込まれるようになったかと思えば、思い出したように罵倒されるのは日常茶飯事である。
強いて変わったことといえば、世界樹の葉を煎じたものを飲む慣習が、少しずつ広まっているということだろうか。普通の茶葉がなくなりつつあるのだから、しかたなくという感じではあるが。
「そういえば、ここ数日は咳が出なくなりましたな。肌も以前ほど…」
「図に乗るな! 世界樹の葉の服用が老化を逆行させるというなら、儂らの祖先が言い伝えておるわ!」
「確かに…」
「ヒューマンごときの魔法など、遅かれ早かれ自浄するということだ。あの小娘、いずれ儂自ら断罪してくれる!」
元長老の老化の進行は止まり、むしろ少しずつ若返っているかのようにさえ見えた。もっとも、本当の意味で若返りと呼べるほどの劇的な変化ではない。単に、より健康な状態となっただけとも言える。世界樹の葉の効能は、結局はわからないままである。
元長老の家を出て、俺は村の出入口までやってきた。結界をどうにかしようとしているエルフ達の様子を見るためだ。迂闊に近づくと恫喝されるか痛めつけられてしまうため、遠目から様子を確認するに留まっている。
「おい、これは…!」
「いいぞ! もっと、葉を…」
「世界樹自体の結界で、この辺には…」
ん? 何か進捗があったのか?
ぼうっ…
「や、やった! 結界に穴が空いたぞ!」
「もっと、もっと大きくできないのか?」
「そういえば、川辺に大量の葉が…!」
おお、確かに穴が空いている! 今はまだ顔の大きさ程度だが、徐々に大きくなっている。
しかし、葉だと? 川辺ということは、やはり世界樹の葉のことなのだろうか?
ガウッ!
ワウッ、ガッ!
「うわっ!?」
「な、なんだ…ぐはっ!」
「あがっ!?」
穴を空けていたエルフ達が、次々と倒れていく。外からいきなり飛び込んてきた何かに押し倒されている。あれは…!?
「シルバーウルフ!? なぜ、エルフの村の近くにこんなに…まさか!?」
「それは、こちらのセリフですねえ。まさか、こんなところでお目にかかるとは思いませんでしたよ。ヒューマンの勇者殿?」
穴をこじ開けるように広げたかと思うと、3体の魔族が結界を越えて入ってきた。
「四天王のひとり…銀翼のズール」
「おや、私の名前を知っていましたか。もっとも、卑怯者のあなたに知られていても嬉しくありませんがね」
王都の近く、勇者パーティとして最初に解放したヒューマンの町を支配していた、上級魔族。数多くの下級・中級魔族を率いていたが、奴の最大の戦力は、勇猛果敢な銀色の狼達。今も、相応に魔力が高いはずのエルフ達にのしかかり、押さえつけている。
「卑怯者だと? 最後の最後でまんまと逃げおおせた貴様に言われる筋合いはないな」
「黙りなさい! 私が手塩にかけて飼い慣らした銀狼達を、闇夜に紛れて惨殺したのはあなただ!」
「貴様の戦力は事前に情報収集していた。本格的な解放戦の前に、極力敵の戦力を削っておくのは当然のことだろうが」
まだ町が支配されていた時、俺は素性を隠して侵入し、現地住民のフリをして飲み屋や宿などを回って魔族達の情報を集めた。そしてそのまま本拠地の離れに忍び込み、眠っていたシルバーウルフの群れを奇襲し殲滅した。このおかげで、敵のトップだったズールの身動きが鈍くなり、指揮系統が乱れて各個撃破が容易になったのだ。
「まあ、いいでしょう。そのおかげで、私は今もこうして再びあなたと相見えたのですから。私を愚弄したことを後悔させて差し上げましょう」
「おかげだと? まるで、俺がうっかり逃したかのような言い草だな」
「おやおや、気づかなかったのですか? 最後に逃れることができたのは、他ならぬ、あなたの卑怯な手口によるものだったのですよ」
「…なに?」
「銀狼達の断末魔は、すぐに精神波となって私の心に響いてきました。『勇者の剣』で斬り殺されたと。気づかぬフリをしていたのは、それは辛いものでした」
「なん…だと…?」
確かに、本拠地に突入した時はもぬけの殻で、魔物はともかく、魔族の多くは消え失せていた。それでも、異例の早さで町を解放したと評価されてはいたのだが…。
「あの時の無念は、あなたをここで倒すためのものだったのでしょう。覚悟しなさい!」
そう言うと、ズールは腰の剣を抜き、俺に斬りかかってきた。他の魔族は、周囲にいた他のエルフ達を取り押さえていく。この村が再び魔族の手に落ちるのはマズい!
「くっ…!」
「ちょこまかと! 配下の者達が残した言葉通りですね!」
『勇者の剣』どころか、ただの剣さえない今の俺は攻撃を避けるしかない。もっとも、魔族相手ならば『勇者の紋章』の力による魔力障壁は有効だ。ズールが剣にまとわせている風の魔法の効果はほとんど打ち消している。
ひゅん、ひゅん
俺とズールが戦っている場所めがけて、何本もの矢が飛んできた。どうやら、エルフ達は俺達をまとめて始末したいらしい。くそっ、四方八方、敵だらけか!
キンッ
ガッ、ガッ
「うっとおしいエルフ共ですねえ。全く、いつもいつも…」
ズールが全ての矢を剣で弾く。…今だ!
ガシッ
「ぐっ…!!」
「自ら刀身を掴むとは愚かですね! このままひねって指を何本か切り落としてあげましょう。少しは大人しくなりそうですからね!」
かかった!
俺は、『勇者の紋章』にありったけの念を込める。刀身を掴んでいる、その手に描かれた紋章に。
ズールがその手に持つ剣に、金色の光が炎のように膨れ上がる。
「ぬおおおおお!?」
「貴様に耐えられるか? この『退魔のオーラ』に!」
本来は『勇者の剣』とセットで使う技。オーラをまとった剣で、魔を討つ。勇者ならではのユニークスキルだ。魔族の持つ剣にも有効か少し心配だったが、それなりに効果を発揮したようだ。剣を通して、ズールの身体全体が消えぬオーラに包まれていく。
「ぐ…お…」
「終わりだ」
しゅばっ
剣を奪って持ち直し、ズールの首をはねる。
「がっ…」
そのままエルフを押し倒していたシルバーウルフ達に剣を向け、胴から真っ二つにしていく。
「貴様、よくもズール様を!」
「死ねえっ、ヒューマンの勇者が!」
取り押さえていたエルフを放り出し、俺にかまいたちのような風の魔法で攻撃する残りの魔族。身体を少し傾けてかわすと同時に、魔力強化した足腰で肉薄し、剣を一閃。
「が…あ…」
下から斜めに切り上げ、返す刀で、もう1体を肩から腰にかけて一刀両断にする。
ドサッ
「ふう…。剣の腕は、鈍ってなかったようだな」
この村に閉じ込められてから数週間、戦いとは無縁の生活を送ってきた。身体が動くか心配だったが、杞憂だったようだ。
魔族や魔物が全て死んだことで、取り押さえられていたエルフ達は起き上がり、こちらの様子を見る。…ん? なんだか浮かない顔だが…。
「ク…クク…」
「…っ!?」
かすかな笑い声が聞こえてきた方向を見ると、ズールの首があった。笑い声は、紛れもなくその首の口からだった。
「このまま、では…死にま…せん…周囲に、散らばる…全て、の、世界樹の…葉で…」
世界樹の葉? そう言えば、エルフ達が結界に穴を空けるために持っていたらしい葉が、何枚かちらばっているが…。
「魔族よ、永遠…に…。銀狼…達よ、私も、共…に…」
ぶおんっ
「バカな、この魔法陣は、暴発の…!?」
カッ!
ドゴオオオオオオオオンッ―――
…
……
………
◇
「うああああっ、父さん―――!」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん…わああああっ」
「あっ、あっ、あなた…こんな…こんなこと…っ」
ズールが最後に放った極大の暴発魔法は、結界をなんとかしようとしていたエルフ達を皆殺しにした。身体の多くが炭と化したその姿は、見るに耐えられないものだ。
「なぜだっ!? なぜお前は生きてるんだ!? 元凶のお前があっ!」
ガスッ
死んだエルフの身内が、俺を殴る。
ゴスッ
何も言わずよろけた俺に、反対から更に殴られる。勢いあまった俺は、地面に倒れてそのままうずくまる。
「この死神! 貴様のせいで、多くの同胞が死んだ!」
俺は、無事だった。はっきり言って、傷ひとつ残っていない。刀身を掴んだ手にしても、魔族を倒した時に発動した『勇者の紋章』のおかげで、急速回復した。暴発魔法が発動した時も、とっさの魔力放出で俺に向かう衝撃を全て打ち消した。むしろ、たった今殴られた跡の方がくっきり残っている。
「そもそも、なぜ魔族達をいきなり殺した! やつらは、我らを取り押さえただけなのだぞ!」
「…あのまま何もしなければ…そのうち殺されて…」
「魔族が我らエルフを殺したことはない! 抵抗しても、拘束されるか痛めつけられるだけだった。世界樹を支配していた時もそうだったのに! それを、貴様は…!」
「な…に…?」
魔族は、エルフを殺していない…?
「ならば、なぜ矢を…」
「牽制程度の威力であることもわからなかったのか!? 注意をこちらに向け、場を収めるためだったものを…。殺戮を好む上に、無能も甚だしい!」
「…」
「我らエルフは、死をもって報復することはしない。それは、卑しい種族の貴様らヒューマンに対してもだ。だが、相応の罰は受けてもらうぞ。来い!」
現長老の先導の下、数人のエルフに掴まれ、元長老宅の方向に連れて行かれる。確か、地下には牢屋があったな…。
ふと振り返ると、村の結界の穴はなくなり、元に戻っていた。まるで、何事もなかったかのように。