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04 Fランク聖女、魔族領への進攻を試みる

 聖女サリー、魔導士ロキ、僧侶シンの『勇者なき』魔王討伐パーティは、魔族領の境界近くに位置する砦に向かっていた。常に霧が立ち込める山脈の中に佇む巨大な砦は、太古の昔から存在すると言われているにも関わらず、魔族以外の種族には場所すらもあいまいに伝えられていた。


「言い伝えだと、これまでの勇者パーティはこの山脈を迂回していたそうよ。面倒なことするわよね」

「世界樹の村の長老が、砦までのルートを知ってたんだろ? なんでだ?」

「その砦を避けるために、代々の勇者は長老に砦の情報を得ていたそうです」

「アホか。砦なんて潰しちまえばいいだろが」

「それだけの実力がなかったんでしょ。とにかく、この砦を通り抜けることができれば、魔王のいる所までの距離が稼げるよ!」


 三人は魔族領攻略に対して、どこまでも楽観的だった。勇者などいなくても魔王は倒せる、努力と友情で! というノリであった。


「じゃあよ、ここらでメシ食って英気を養おうぜ! まだ魔族領じゃねえし、クソ美味くもねえ魔物の肉じゃない食材手に入れてよ」

「あら、ロキも魔物の肉は嫌いだった?」

「嫌いに決まってんだろ。あんなもん、レア食材とかって貴族とかがありがたがってるだけだろ」

「吾輩もです。王城で公言すると何かと面倒ですからな。もっとも、僧侶の吾輩なら問題はなかったかもしれませんが」

「なーんだ。それじゃあ、これはダメだった?」


 ひゅんっ


「うお、鍋かよ…。おいおい、グツグツいってるぞ!? 魔石使ってんのか?」

「世界樹の村を出た直後から、毎晩煮込んでたのよ。『無限収納』と『時間停止』を繰り返してね」

「おお、あのアイテムを活用しているのですな。てっきり、『勇者の剣』と『世界樹の葉』を収納するためだけかと」

「結構前からこっそり使ってたけどね。で、どうする、ロキ? これ、魔物の内臓よ」

「うえっ!?」


 内臓は時間をかけて煮込まれており、時折アクを取っていたらしく、汁はそれほど濁っていなかった。


「せっかくだから、活用しないとね」

「ああ、魔物はジェイドが暇を見つけちゃ殺しまわってたもんな。そりゃあもう、無差別に」

「『逃がすと将来害を為す』などといって、集落を作っていたメスや子供の魔物も含めて、ですな」

「それがSランク冒険者の務めでもあるとか言ってたけど、結局、希少部所だけ取り分けてたわね」

「そんでもって、『他の魔物が集まってくるから』とかって俺に集落を燃やすよう指示して、自分はさっさと街に換金しに行きやがったし」

「あの後、サリーが何とかするといって引き受けていましたが…そういうことでしたか」


 石で作った簡易のテーブルに鍋を置いたサリーは、どこからともなく取り出した椀に鍋の中身をよそい、スプーンと一緒にロキとシンに渡す。


「そういうことなら、食ってみるけどよ…」


 じゅるっ


「う、うめえ! うめえじゃんか! ガツガツガツ」

「落ち着いて食べなさいよ。まだたくさんあるんだし」

「おお、これは本当に美味しいですな。とても、魔物の肉とは思えません」

「普通は気持ち悪いって食べずに捨ててるけど、内臓の方が美味しいのよね。だからって、私は好き好んで食べようとは思わないけど」

「そっか…。まあ、これだけは美味しく頂こうぜ」

「ですな。倒していない我々が言うのもおこがましいですが、供養としても」

「うん、私もそう思ってね」


 三人は、ジェイドが討伐した後の処理をしていたせいもあり、魔物や魔族に少々、いや、かなり同情的となっていた。敵対する者に容赦しないことは理解できても、今後の脅威を根絶やしにするためと称して、裏で殲滅戦を繰り広げるジェイドのやり方には反発していた。解放された町や村の人々には喝采を受けていたが。


「考えが甘いだの、勇者パーティのメンバーとしての自覚がないだの…。何様のつもりなのよ」

「それが勇者であり、Sランク冒険者なのではないですかな」

「王侯貴族が認める、だけどな。けっ、税を奪って贅沢するしか能のない連中に媚びへつらうことばかり考えやがって」

「それが、結果的には庶民を救うんだとか本気で言ってんのよねえ。どうなってるのかしら」


 そうはいっても、勇者とはいえ冒険者上がりで地味な役回りをしていたジェイドと比べて、三人の評判は悪くはなかった。容姿は美男美女と言って差し支えなく、ロキとシンはそれぞれの分野のエリートとして有名でもあった。唯一、過去の素性が知られていないサリーにしても、その可愛らしく整った美少女っぷりは老若男女の目を引き、どの町や村でも注目の的であった。ジェイドへの称賛にドン引きして、人々には本心を隠して無難な対応をしていたのではあるが。


「食べ終わったね。それじゃあ、今日はぐっすり寝て」

「いよいよ砦の攻略だな!」

「ようやく、本来の力で活躍できますな」

「これまで何かっていうと、誰かさんが勝手にちょこまかと動き回って中途半端な攻撃を繰り広げていたからねえ…」


 そうして、明日の活躍を夢見て、三人は眠りについた。彼らにとっては、意外な展開となることを知らずに。



 ズオオオオオオオオンッ


 ぎゃー、ぎゃー


「なに? あらゆる方向から砦に向けて砲撃されただと!?」


 くぎゃー、ぎー


「うろたえるな! この砦は難攻不落、魔王様でさえ攻め落とせないという…」


 ドゴオオオオンッ!


「ぶほっ…! この中央区域の壁が、ブチ破られただと…!?」


 ざっ…


「弱え…」

「誰だ!?」

「俺が誰だなんて関係ねえ! なんだ、この弱え守りはよお!?」

「弱いだと…。この砦は数千年の間、難攻不落と…」

「砦の話じゃねえ! お前ら魔族のことだよ!」


 砦の中央区域で統括をしていた魔王配下の四天王のひとり、冥府のラドル。突然の襲撃に面食らい、目の前に現れたヒューマンの魔導士…ロキと対峙する。


「我ら魔族が弱いだと? 勇者でもないヒューマンごときが大きな口を叩くな!」

「大きな口も何も、今こうして俺に攻め込まれまくってるじゃねえか、砦の大将さんよ?」

「ほざけ! 高い威力を放つ魔法を使えるようだが、魔法で魔族に叶うと思うな! くらえ、『ハイ・アイスニードル』!」


 ぶんっ

 ざざざざざざっ

 びゅんっ…!


 ニードル、と言うには太い氷の矢が一瞬のうちにいくつも生成されたかと思うと、ロキめがけて放たれる。


「『シールド』」


 カンッ

 カンッカンッカンッ

 ふっ…


 ロキに近づく直前、氷の矢は見えない壁があるかのように弾かれ、次々と消えていく。


「強固な防御魔法だと!? いやしかし、先ほど聞こえた詠唱は基本的な…」

「一番弱い防御魔法で弾かれたってことじゃね? まあ、発動したのは俺じゃねえが」

「防御壁が厚すぎる…ここまで緻密なものを一瞬で作るなど、あり得ぬ…!」

「なあ、これって『井の中の蛙、大海を知らず』だっけか?」

「『されど空の深さを知る』とも言うわね。今の防御が普通じゃないことをすぐに認めたのはさすがだわ」


 返答した声の主、サリーが壁の穴から現れる。その後ろにシンが続く。


「今の防御魔法、貴様がやったのか?」

「ええ。世界樹の葉のおかげでね」

「世界樹の葉だと!? ヒューマン共に村が奪われたのか!」

「魔族側にも伝わってはいなかったようですな。そのための結界だったわけですが」

「結果的にだけどなー」

「…お前達は、勇者パーティではないのか? 『勇者の剣』を持つ者がいないようだが」


 ラドルが、三人しかいないパーティを訝しむ。


「勇者パーティではないといえば、確かにその通りかもね」

「無能な勇者は置いてきたからなー」

「それが、我らにとってこうも有利に働くとは、予想外でしたが」

「ジェイドなら、セオリー通りに砦を避けたでしょうからね」

「勇者を置いてきただと!? ただのヒューマン共がこの私を、魔王様直属の四天王のひとり、冥府のラドルを倒せると思うな!」


 カッ!


 床に巨大な魔法陣が現れ、魔力が集まっていく。


「その不可解な防御魔法とて、我が全身全霊の攻撃に耐えられぬ! 『メガロソリッド』!」


 中央区域の全体が、氷点下どころではない低温度まで一気に下がったかと思うと、パーティの三人を氷の檻に閉じ込め…るはずだった。


 パリンッ!


「これも、弾くだと…!? しかも、無詠唱で…」

「世界樹の葉がいくらでもあるからね。この砦の礎を支える仕組みと同様に」

「知っていたのか!?」

「いいえ? 砦を探索魔法で調べたらそれがわかっただけよ」

「バカな! 世界樹の葉の魔力を検知するには、相応の…まさか、貴様も葉の魔力を使いこなせるというのか!?」

「偶然だったんだけどね。最初に解放した町で魔族が置いていったアイテムボックス。時間をかけて封印を解いたら、葉っぱがたくさん入っていて」

「それは、葉の魔力を操る四天王のひとりの…!」

「何かあるなと思って、これまた時間をかけて葉っぱを調べたら…ってこと」


 サリーが、一枚の葉を手に持って見せながら、ラドルに説明する。


「ということで、ここに来るまでに砦に使われていた世界樹の葉っぱは取り除かせてもらったわよ」

「そんでもって、代わりに俺の暴発魔法発動に連動する魔石を埋め込んでもらったって寸法よ! いくぜ!!」

「な、待て…」

「待つわけねえ! 『ハイ・エクスプロージョン』!!」


 ドゴオオオオオオオオンッ

 ズーン…

 ゴウンッ、ドゴオンッ!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…

 ガラガラガラッ…!

 …

 ……

 ………



 夕日が照らすその地帯は、ひたすら瓦礫が散らばり、また、積み上げられているだけであった。


 サリーの結界魔法で傷ひとつない三人に対し、瀕死の状態のラドル。


「こ、ろせ…ひと、おもいに…」

「そういうわけにはいかないのよね。『グレーターヒール』」


 ぱああああああっ


「おい、ちゃんと治ったか? えーっと…冥府のラドルったっけ?」

「…なぜだ。なぜ、我らを…」

「砦やその周辺には、数多くの魔族が暮らしている。都市と言っていいほどでしょう」

「その魔族達を放置するわけにはいかないでしょう? 配下としている魔物も無数にいるし」

「お前がこれまで通り統治しろよ? 俺たちゃ先を急ぐからよ」

「な、に…?」


 サリーの広域治癒魔法は、砦全体を覆っていた。もっとも、あらゆる方向から攻撃して砦にいた魔族や魔物の多くを外に出していたから、砦崩壊によって致命傷を受けたものはいなかったのではあるが。ロキの攻撃を直接くらった、ラドル以下中央区域にいた者達を除いて。


「我らの世界は弱肉強食、統治などというものは…」

「それでも、子供達を養い、お年寄りを保護しているのでしょう? 砦に来る途中で見たわよ」

「隠蔽魔法であちこち移動して、詳しく見ることができたしな。砦の仕掛けを調べるついでだけどよ」

「あれを見て、我らは作戦を変更した。ただ通り抜けるために戦うのではなく、砦を無力化しつつ魔族や魔物を極力倒さない」

「最初は、追手を作らないために幹部のあなた達には死んでもらうつもりだったんだけど」


 そうなれば、下級魔族や魔物の統率がとれなくなり、保護されるべき者達が逆に虐げられる。そのような社会に、未来はない。


「貴様達は、我ら(魔族)の存在を認めるのか…?」

「まあね。あなた達が他の種族の存在を認めている程度には、だけど」

「魔族の弱肉強食ってのもわかりやすいよな。おかげで、魔王がいなくても魔物が統率されて大暴走しねえし」

「我らの目的は魔王の討伐のみ。魔族ではない」

「ジェイドも、そこのところがちっともわかってないのよねえ、不思議なことに」


 魔族は、種族全体が規律のない軍隊のようなものであるが、多くの生物がそうであるように、力の誇示や快楽のために暴力を振るうことはしない。真に力があるのなら、対価のない労力としての暴力は無意味だからである。


「魔族が他の種族と違う点はただひとつ、神を信じていないこと」

「我らにとっては、他の種族の方がおかしいのだ。ありもしない神など信じていることが!」

「なら、なんで『勇者』を恐れてるんだよ? あれって、神が権能を与えてるってんだろ?」

「だからこそだ! 我らの力の頂点、魔王様を屠るような存在をヒューマンなどに与える神など!」

「つまり、魔王の存在は信じているわけね? 『勇者』と同じように」

「何を当たり前のことを。魔王様は確かに存在する。その証拠が我ら四天王だ!」


 冥府のラドルは、魔王配下の四天王のひとり。魔王あっての地位であるがゆえに、魔王の存在を否定することはあり得ない。


「おかしいよなあ。弱肉強食なのに、ぽっと出の『魔王』が力の頂点とか。『勇者』並に変だぜ」

「それ、は…」

「まあいいわ。魔族なら魔族らしく、あなたを負かした私達に従ってもらう。いいわね?」

「魔王様を…裏切ることはできない…」

「こちらも問題の根は深いようですな。武器の類も破壊済ですし、このまま放置して我々は行きましょう」

「それしかないか…。じゃあね」


 双方共に不完全燃焼の気分となりながらも、魔王討伐パーティは砦を後にし、魔族領の中心部、魔王城に向かって旅を再開した。


「確かに、我らはなぜ魔王様に従っているのだ…? あの方が戦う姿を、一度も見ていないというのに…」

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