03 Sランク勇者、聖女と仲間の末路を案じる
世界樹の村での俺への風当たりは、ヒドいものだった。
「ヒューマンが! 卑しい種族のくせに我らを閉じ込めるなど!」
「遠方の貴重な香辛料が手に入らなくなったではないか! どうしてくれる!」
「勇者などと言っても、剣がなければロクに戦えもしない。呆れて物が言えぬわ」
『勇者の剣』は、気がついたらなくなっていた。村から去っていたあの三人の手にはなかったから、どこかで紛失したのだろうか。いや、そんなことはない。ないはずなのだが…。そして、この村には弓を中心とした武器しかなく、代わりとなる剣がなかった。Sランク冒険者といっても、剣一筋でやってきた俺の弓使いでは、一村民のエルフにもかなわない。
「お前は、この年老いた元長老を、責任をもって世話をするんだ。それ以外に、村に貢献できることなどなかろう」
「我らは、世界樹と村の結界魔法を解くのに忙しい。何も知らぬなら邪魔をするな!」
元長老の世話をするため川に水を汲みに行ったら、近所の子供達に石を投げつけられた。『いやしい、しゅぞく』と口々に叫びながら。大人達の真似をしているのだろうか。もっとも、エルフの寿命を考えれば、その大半は二十年以上生きているはずだ。見た目が子供のままだから、いつまでも子供扱いされている。そのことによるストレスもあるのかもしれない。
「しかしこの村、世界樹の復活で魔物はいないが、木の実や野草、川魚などは豊富だな。小動物もいるから、ヒューマンである俺も肉にあずかれる」
村に閉じ込められたといっても、世界樹を含む広大な地域だ。森はもちろん、小高い丘やちょっとした山々、比較的大きい川もいくつか流れている。結界によって出入りできないのはヒューマンやエルフなどのヒト型生物のみだから、動植物を初めとした自然環境の循環は変わらない。
「食事といえば、あの三人は大丈夫だろうか。俺の手配していた携帯食は数日で底をつく。魔族領に宿というものはないだろうし…。魔物を含む食材は、相当注意深く調理しなければならない。まともに飯を食えなければ、最初の砦にたどり着く前にザコにやられてしまうだろう」
砦の情報は、今、世話をしている元長老から得たものだ。文字や図形による記録ではなく口伝のみであるから、正確性には欠けるものの、存在そのものを知れただけでも有用だ。太古からあるという、難攻不落の砦。多くの魔石を引き換えにしてでも手に入れたかった情報なのだ。
「なぜ、こんなことになったのだろう…。俺以外の三人が示し合わせたかのように、俺を無能呼ばわりしてパーティから追い出した。以前から俺のやり方を批判していたことは確かだが、ここまで唐突に話が決裂するなどおかしすぎる。きっかけが、直接的な原因が、あるはずだ」
そんなことを考えながら川の水を汲んでいた時、少し離れた川辺に大量の葉が捨てられているのを見つけた。
「あれは…世界樹の葉か。戦闘や復活の際に、数多くの葉が家や敷地に降り注いだからな。…そういえばサリーは、束縛や結界の魔法を発動する時、必ず何枚かの世界樹の葉を手にしていた。何か、関係あるのか?」
どっさりと積まれていた葉の山から一枚を取り出し、しげしげと見つめる。紅葉の葉に似た大きさと形。世界樹本体と異なり、光り輝いているわけでも、生命力に溢れて瑞々しいというわけでもない。
「…何も、感じない。『勇者の紋章』も反応しない。エルフにとってもただの葉だからこそ、ここに打ち捨てられているのだろうしな」
意味は、なかったのだろうか。とりあえず、薬草と同じように煎じて飲んでみようか。この村は茶葉作りをしておらず、他の町や村との取引で手に入れていた。大量のストックなどなく、村内では一部の香辛料と同様、すっかり高級品扱いだ。これが代わりになるのなら、お茶好きの者達も少しは落ち着くだろう。
◇
「…うまくは、ないな。けほっけほっ。…だが、ないよりは、マシか」
もうあまり出歩くことができない元長老は、そんなことを言いつつも、世界樹の葉を煎じたものを、少しずつ飲む。完全に嗜好品として作られた茶葉と比べたら雲泥の差だが、それでも、薬として薬草を使ったものよりは飲みやすい。
「そう言えば、儂が若い頃…ごほっ、こうして世界樹の葉を使った茶が、名産だった…と聞いたことがある」
「作り方は御存知ありませんか?」
「ない…な。もう、何千年も前の…話、だという」
既に失われてしまった技術…というと大袈裟だろうか。とにかく、ここ数千年はエルフも積極的に魔物を狩るようになり、得られた魔石や素材で他の種族と様々な商品を取引するようになった。特にこの村は魔族領に近い、しかし、世界樹のお膝元。魔石等を比較的手に入れやすく、それゆえに、不老長寿の術や商品取引の恩恵を受けてきた。魔族に攻め込まれたり、こうして集落に閉じ込められない限りは。
「魔族…が攻め込むのは、魔王が誕生…する時。ゴホゴホゴホッ! なぜエルフに、勇者が誕生しない…」
「…確かに、魔族領に近い世界樹の村から勇者が輩出されれば、進攻にもいち早く対応できるし、何より、世界樹の守りが固くなる」
「ヒューマン、共は…エルフのつまらぬ、プライドと断じていたがな…」
「我らは、プライドだけでは生きられません。平時では、他種族の能力や資質に圧倒されるばかり。これが、魔王進攻時まで逃げ惑うのみとなれば、社会が成り立ちません」
「だから、卑しい種族…と、言われるのだ。神はなぜ、こんなヒューマン共に…けふっ。…儂はしばらく、横になる…」
老いて長老の座を失っても、なおプライドを失わない。ヒューマンの王侯貴族がこの姿を見たら、愚かな種族と罵るだろう。魔族はもちろん、エルフとも相容れないということか。であれば、ヒューマンはなんとしても、勇者の存在を手放せない。俺が世界樹の村に閉じ込められていることを、広く知られるわけにはいかない…!
◇
俺は村のエルフ達に、村の外に出られるようになったとしても、俺が『勇者の剣』を失い、ここに閉じ込められていたことを広めないよう依頼した。あの三人が、万が一にも魔王を倒したとしても、ヒューマンの地位は著しく下がる。ダメ元でも、頼み込むしかなかった。
しかし、結界をなんとかしようとしていたエルフの反応は、俺にとって意外なものだった。
「ふん、当然だ。同族の小娘にあっさり屈服し、魔族に対抗し得る手段を失う。そんなことがこの村で起きたなど、我らの恥でしかないからな!」
「卑しいヒューマン共なら、弱みと称して他種族を支配する口実にするのだろうがな。だからこそ、お前はこうして我らに頭を下げているのだろう?」
「貴様が危惧しているような下らない理由で、我らは結界を解こうとしているのではない。ヒューマンごときの術で閉じ込められていることが許せんのだ!」
やはり、価値観が大きく違うようだ。だが、ともあれ利害は一致した。結界が解かれたとしても、勇者パーティは存在し続けることができる。
「とはいえ、あの三人を失うのは惜しい。性格に難があると言っても、ロキとシンは新進気鋭のエリートだ。サリーも、魔力がほとんどないとはいえ、まだまだこれからだ。これからの、長い人生があるはずだ…」
親と子ほどの年の差があるからだろうか。サリーのわがままで反抗的な態度は、大人として適切に導いてやる者がこれまでいなかったのだろうかと、自分の責任のように悔やんだ気持ちを巻き起こす。
元長老の家に間借りしている部屋で、魔物ではない、野うさぎを使った食事をとりながら、そんなことをつらつらと思い浮かべていた。
「そう言えば、サリーは魔物の肉を使った料理を避けていたな。嫌っていたと言ってもいいくらいだった。王侯貴族には高級食材として珍重されていた部位までも…。調理以前に、あんな好き嫌いを続けていたら、魔物だらけの魔族領ではやっていけないだろう」
魔王討伐など諦めて、さっさと戻ってきてくれたら…いや、あの調子ではしばらく無理だろう。
「そう言えば結局、サリーがなぜあれほどの魔法を発動できたのかが不明のままだな。長命なエルフすら知らなかった『聖女の紋章』に、何かがあるのだろうか…」
サリーが聖女としてパーティに加わったのも、他ならぬ『聖女の紋章』があったからだ。各界のエリートとして選出されたロキやシンとは違う。そういう意味では、俺も選出された立場だ。Sランク冒険者の昇任の儀式にしても、『勇者の紋章』を見出す可能性を考慮してのことだという。紋章の力がSランクにまで押し上げることがあるのであれば、理に適ったやり方と言えよう。
「『聖女の紋章』は、誰が見ても問答無用の神々しさを醸し出していた。だが、それだけだ。それだけだった、はずなのに…。神の、加護だと?」
そんなものがあったのなら、なぜ今まで活用しなかった? なぜ、ここにきてあれほどの力を発揮した? しかも、魔族に対してではなく、ヒューマンである俺やエルフに…。
「まさか、魔族に寝返るのか? 世界樹の魔力を制御できることを知らしめることで…」
確かに、あの三人はヒューマンやエルフの支配者層を嫌っていた。ドワーフやビーストに対しても、庶民への重税再開に怒りを表わしていた。魔族に破壊された町や村を復興し、社会を維持するために税が必要であることを何一つ理解していない、身勝手な感情だ。庶民派などという言葉では片付けられない言動であり、俺には到底受け入れられなかった。
一方、魔族領には税というものがないという。純然たる、強さに基づく階級社会を形成しているという。いや、そんなものは社会とはいえない。魔物の群れの延長でしかない。そんな無秩序な種族に、寝返るなど…。
「初めは受け入れられるだろうが、戦場で食い潰されるのが目に見えている。なぜ、こんなことに…」
世界樹の村に閉じ込められて数日。答えの出ない疑問が俺の頭の中を駆け巡り続けていた。