02 Fランク聖女、勇者をパーティから追放する
「ジェイド、あなたみたいな無能はもう要らない。パーティからさっさと出ていきなさい!」
「おう、出てけ出てけ。魔王討伐なんかに、お前みたいのは要らねえんだよ」
「ですな。形だけの勇者などなくとも、魔王を倒し、世界を平和に導くことはできよう」
…なんだ? サリーは、この三人は、何を言っているのだ?
魔王討伐パーティは、通称『勇者パーティ』と言われるだけあって、勇者あってのものだ。その勇者である俺自身が無能呼ばわりされるのはともかく、『勇者の紋章』をもつ者を追放してしまっては、もはや『勇者パーティ』ではないだろう。
「俺が無能というならそれでいい。だが…」
「『勇者の紋章』がないから勇者パーティじゃないとでも言うの? おめでたい頭よね」
「今こうして役に立ってねえじゃねえか」
「これで、魔王討伐とか…片腹痛い」
…確かに、Fランクの魔力しかないサリーに足も手も出ないのでは、役立たずと言われてもしかたがない。だが、それでも!
「それでも、『勇者の剣』は…!」
「じゃあ、ほら、このなまくら剣を持ってみなさいよ」
サリーはそう言って、俺の腰から『勇者の剣』を鞘から抜くと、『勇者の紋章』のある俺の右手に持たせる。
「…なぜ、何も反応しない!? あらゆる魔族を葬ってきた、この剣が、なぜ…!?」
「私達がヒューマンだからじゃない? ジェイド、あなた、その剣で魔族以外を斬ったことある?」
「そ、そんなこと、するはずが…!」
「つまりあれか、魔族は斬れるが、ヒューマンの盗賊とかは斬れねえってことか」
「この半年、魔族ばかりを相手にしてきましたからな。そういえば、悪漢共は…」
「俺が瞬殺してたな。そういうことか」
盗賊のような大人数の敵は、ロキのもつ範囲攻撃魔法が有用だ。だから、いつも彼に任せていたのだが…。
「サリー、お前は知っていたのか? 『勇者の剣』が、魔族しか斬れないことを」
「知らないわよ? ただ単に、剣のオーラを見てそう思っただけ」
「オーラ、だと…? サリー、そんなものが見えていたのか!?」
「見えていたわよ? だから何? そのなまくら剣がどんなオーラを放っていようと、どうでも良かったから」
「どうでも、だと…」
やはりダメだ。王家が代々受け継いできた国宝でもあるこの剣を、『なまくら剣』などと平気で言うようでは、王侯貴族どころか国民全体の非難を浴びる。
「ヒューマン共、まだ出ていかなかったのか! 勇者パーティなら勇者パーティらしく、さっさと討伐に向かわんか!」
「長老…」
世界樹の村の長老が、苛立つ表情でこちらに向かってきた。その手にあるのは、先ほど渡した魔石の…まずい!
「お、らっきー。おい、サリー、あいつ魔石が入った袋を持ってるぜ」
「大方、ヒューマンかドワーフの集落で現金に変えて、ひとり私腹を肥やそうとしていたのでしょう」
「ああ、だから村から出ていこうとしたのね。じゃあ、ここで奪っても文句ないよね」
「なんだ!? 何を言っている! これは既に儂のモノだ! この盗人風情が!」
ごうっ
そう言って、いきなり風の魔法を発動するエルフの長老。俺達に狙いを定めた魔法だったが、村の出入口にある樹木や建物さえも吹き飛ばしている。
「ふははは! 世界樹さえ復活しておれば、お前たちなど簡単に蹴散らせるわ! さあ、村の外に…何!?」
周囲の惨状に比して、俺達だけはそよ風さえ吹かなかったかのように何事も起きていない。一瞬、周りに薄く光る膜のようなものが現れていたかのように見えたが…。
「『エリアシールド』だと!? しかも、無詠唱で一瞬のうちに…」
「世界樹の恩恵を受けるのは、エルフだけじゃないわよ。知らなかったの?」
「ジェイドが言ったんだろうけどよ、ロクに信じてなかったんじゃね?」
「『エルフは神に選ばれし神聖なる種族』などと語っていましたからな。嘆かわしい」
確かに、そう言っていた。魔族を追い出し、これから村の復興のための話し合いをと切り出したとたん、立場をわきまえろと恫喝され、多くの魔石を差し出すよう要求された。
「あり得ぬ! 勇者ならともかく、支援役でしかない聖女がこれほどまでに強力な術を発動するなど、儂が会った聖女共ではあり得なかったぞ!?」
「あ、さてはこいつ、『聖女の紋章』を知らねえな?」
「聖女にも神の加護があるとは知らずに…ただ年を重ねただけの愚かな存在ですな」
そんなことはない。エルフの民は長寿だけあって、この世界の歴史の生き証人だ。実際、どんな魔族よりも長命な者達は、魔族の情報をふんだんに持っていた。それがあったからこそ、これからの魔族領討伐の計画が立てられるというのに。
「さて、さっさと魔石を取り返しましょ。弱体化の…あ、こっちの方がいいか。『エイジング』!」
ぼうっ…
長老の周りを薄暗い光が囲み、すぐに消える。
「そ、それは禁忌の…力が、抜けて…はあっ」
がくっ
ばたっ
みるみるうちに老けていく長老。しだいに体を支えきれなくなり、膝落ちをしたかと思うと、そのまま横に倒れる。死んではいないが、息も絶え絶えの様子だ。
「ふむ、初めて使ってみたけど、結構使えるわね、老化魔法」
「ああ、それはおそらく、エルフや魔族にしか聞かないでしょう。特に、世界樹の魔力で生き永らえていた者達にしか」
「これが本来の姿ってことか。へっ、似合ってるぜ」
老化魔法…長老がつぶやいていたように、禁忌の術と言われている。しかし、一部の種族にしか効かないといったことは伝えられていない。いや、そもそもサリーはどこでこんな魔法を知ったのだ!?
「サリー! お前、何か隠しているな!?」
「説明は後。とりあえず、世界樹の防護魔法陣を発動させましょ。今の私なら、世界樹の魔力を使えばできることだし」
「吾輩は長老とジェイドを監視していましょう。ロキ、サリーの援護を」
「おう!」
「お願いね、シン」
倒れた長老から魔石の入った袋を奪うと、サリーはロキと共に世界樹の方に向かっていった。
「ぐっ…」
「おや? ジェイド、なぜ動こうとしているのですかな? まさか、サリーの邪魔をしようと?」
「サリーが防御魔法陣を復活させたとなれば、長老達の面子が潰れる! 他の村を含めたエルフの民の統率がとれなくなるぞ!」
「個が強く、それでいて閉鎖的なエルフ達に、統率など必要ですかな?」
「エルフにも子供がいる! 社会が混乱すれば、真っ先に犠牲になるのは子供たちだ!」
「ほう、解放された途端、徒党を組んでヒューマン諸国に紛争をしかけたビーストの町のように?」
「…」
「諸国を荒らし回り、何人の子供が犠牲となりましたかな。獣王とやらの復活を支援したのも、ジェイド、お主だったな」
あるビーストの町を解放した際に、統治していた亡き獣王の継承者と名乗る者が数多く現れた。一触即発という中、俺は勇者として調停のため走り回り、ヒューマン諸国の元老院をモデルにした統治体制を提案して、なんとか事なきを得た。しかし、その町を出て1か月後、周辺の町や村から『徴税』と称して略奪行為を行うようになった旨の噂が流れてきた。元老院の議長が結局は王を名乗り、圧政を敷いていることも。
「あれは…噂に、過ぎない」
「命からがら逃げてきた難民達を見ているのに、よくも噂と断言するものだ。だから、サリーに無能と言われる」
「…」
「お主は結局、同じことをこの世界樹の村でもしたのだよ。サリーがこうして長老を無力化しなかったら、他のエルフの村やドワーフの町に要らぬ権威を振りかざしていただろう」
「だが、放置するよりマシだ! この村もそうだ! 長老の権威が失墜した今、世界樹を巡る争いが起きる! 他の種族も巻き込んだ大規模なものとなることがわからないのか!?」
「ならば、誰も世界樹に近づけないようにすれば良いのではないかな?」
「な…に…?」
ぱあああああっ
シンと話をしていると、遠くに望む世界樹を囲む光の柱が数本、地上から天に伸びていった。それは、眩しいほどの光を放ち、いつまでも輝き続けた。
「サリーが成功したようですな。防御だけでなく、世界樹自らの魔力を用いた結界魔法を組み込んだ魔法陣の起動に」
「世界樹、自らの…まさか、サリーは!?」
「ジェイド、ようやく気づいたのですか。そう、サリーは世界樹の魔力を思いのままに制御できるのですよ。自らの乏しい魔力を補って余りあるほどに」
「それが、『聖女の紋章』の…」
「世界樹あっての魔法発動ではありますがね。サリーはこの半年の間、いや、それよりも前、紋章が現れた時から、その僅かな魔力を頼りにあらゆる魔法発動を試していたそうです。時間をかけた回復ポーションの生成も、その一環のようですが」
「なぜだ…なぜ、それを俺に…」
「言ったところで信じましたか? 我輩やロキの魔力制御の練習の様子を聞きかじり、サリーにもっと練習しろと注意していたと聞きましたが?」
「…」
「魔石があれば、魔法発動を試すのも楽だったのですよ?」
「っ!?」
『報いというなら、私達が使うべき』と言ったサリーの言葉を思い出す。俺が、サリーの『聖女の紋章』の活用を邪魔していたというのか…?
「終わったわ。これで、魔力放射はそのままに、世界樹にも魔法陣にも、誰も近づけないよ」
「すごかったぜ、サリーの魔法! 世界樹のあたり一面を一瞬にして覆った光が強烈だった。腰を抜かして呆然としていただけのエルフ共を見せたかったぜ!」
「ロキ、あれは世界樹の魔力よ。私はそれを制御しただけ」
「それがすげーんだろ! やったな!」
本当に、あの光の奔流をサリーが生み出したのか。今も神々しく輝く、光の柱の数々を…。
「さて、ジェイド。パーティから追放したあなたはこの村に置いていくね。せいぜい、エルフ達に迫害されないようにね」
「…俺が、この村に留まり続けると思っているのか?」
「あなたの意志は関係ない。エルフ達と共に、この村に閉じ込めるから」
「なに…?」
ぶおんっ…!
サリーが目を閉じ、少し念じたかと思うと、村全体をまばゆい光が覆いつくす。
「結界魔法よ。これで、私達三人以外は、この村に出入りできない」
「おっしゃー! これでようやく、ジェイドのうぜえ根回し根性に振り回されなくて済むぜ!」
「残念な長老のエルフもろとも、他の地域に害をもたらすこともなくなりますな」
「じゃあね、ジェイド。魔王討伐の旅は私達だけで続けるから」
そう言って、サリー以下3名のパーティが、勇者である俺を除いた魔王討伐パーティが、村の境界から遠ざかっていく。長らく続いていた束縛魔法が解けた頃には、パーティの姿は全く見えなくなっていた。