番外編 Sランク勇者、ギルドで絡まれる
王都からも辺境からも離れている、人口一万人前後の地方都市。ヒューマンの街としては珍しく魔族の侵攻が及ばなかったところであり、自治都市として治安も悪くはなかった。周辺には田畑を抱える村々がいくつかあり、森の恵みも豊富であった。
「依頼の、ラズリ草50本です」
「…はい、揃ってますね。成功報酬はこちらです」
ちゃりん
「では、また明日来ます」
「よろしくお願いいたします、サリー様」
その都市の、冒険者ギルド。低ランク依頼の薬草採取は、報酬が少ない割に移動や探索の手間がかかり、不人気の依頼である。それを、需要に応じてきちんと採取してきてくれるサリーは、ギルドとしても大変助かっていた。
たったったっ
「お待たせ、ジェイド。今日の宿代、稼いできたよ」
「ああ。しかし、俺が依頼を受けていたら、もっと手早く…」
「何言ってんのよ。ギルドカード見せたら一発でバレるわよ、元勇者のSランク冒険者だって」
「まさか、魔力パターンのせいで再登録もできないとはな…」
「その点、Fランクの私は気楽よね。聖女と同じ名前でもふーんってなものよ」
「その代わり、受けられる依頼が採取系中心になってしまうのがな…」
「いいじゃない、これで暮らしていけるんだから」
魔族領の砦の近くに作った温泉宿は、連日連夜盛況である。サリーが見込んだ通り、あらゆる種族が訪れるようになり、拡張に次ぐ拡張で、半年程度で屋敷並の大きさまでになった。それだけでなく、周辺に他の宿も作られ、訪れる客を相手にする店舗も急速に増えていった。それまで不毛の大地だった場所が、一年足らずで一大交易都市と化したのである。
しかも、その都市はただの店舗の集まりなどではなく、地区や種族ごとの代表者が定期的に集まる会議によって、様々な整備が行われていった。特に、道路と上下水道の整備は急ピッチで進められ、それが更に住民拡大の要因と化した。サリーはというと、温泉の源泉と整備を真っ先に押さえたのみで、あとは好きにやってくれという感じだ。砦の戦力を配下にしている時点でサリーが領主のような存在なのだが、表立ってそれを誇示することもない。相変わらずの放任主義である。
「そもそも、依頼受けまくって仕事ばっかりしてたら、新婚旅行にならないじゃない」
「俺達、いつ結婚したんだろうなあ…」
「何を今さら。宿を作った初日に…」
「アレはお前が襲ってきたんだろうが! 御丁寧に、束縛魔法と魅了魔法を重ねがけまでして!」
「やあねえ、Fランクなか弱い私が、Sランク冒険者を襲うだなんて」
「お前…。普段は俺を無能呼ばわりして、こんな時だけ…」
宿も都市も落ち着いてきたので、サリーが1か月ほど旅に出ようとジェイドを誘い、今に至っている。出身国の王都周辺や『リリー』の出身の辺境、魔王討伐パーティが解放した町や村を避けた結果、この地方都市にたどり着いたのである。
ジェイドや宿屋の他の従業員、都市の代表者達は、サリーが1か月も不在にすることに不安がっていたが、『それでダメになる宿や都市ならその程度』と切り捨てた。強力な結界を施すわけでもなく、連絡手段を確保するわけでもなかったサリーは、『私を追い出すことにしたっていいんだよ?』とまで言ってのけた。実際、サリーはそれでも構わないのだろう。こうして、旅先でも最低限の自活で満足しているのだから。
「ほらほら、早く宿を探しましょ。昨日とは別のところがいいかなあ」
「ったく…」
ざっ
「よう、おっさん。娘に働かせて、自分はヒモかあ?」
「昨日から見てたぜえ。その娘が薬草を納めて、アンタは付き添ってるだけで」
「用心棒のつもりか? 恥ずかしくねえのかよ、ああん?」
まだ若い、しかし、冒険者という仕事には慣れてきた、三人組のパーティ。サリーを心配しているような言い方だが、明らかにチンピラが絡んでいるだけの構図である。
「嬢ちゃん、Cランクパーティの俺達のところに来ねえか? 楽させてやるからよ」
「そうそう。さえない親父はどっかに放り込んでおいてよ。なあに、死にゃあしねえさ」
「サリーって言ったっけ? 冒険者としてのあれやこれやも手取り足取り教えてやるぜ」
どうやら、サリーとジェイドを親子と思っている三人組の冒険者達。20は年が離れているから当たり前かもしれないが、半ばどころか完全に押し倒された側のジェイドとしては、大変複雑な気分である。というか、そんな様子の彼らを見て、キツい性格のサリーの反応に戦々恐々としたのだが…。
さっ
「お父さん、この人達、こわーい。やっつけてー」
「おまっ…!?」
サリーをよく知っている者なら、まず間違いなく絶句するであろう、この言動。少なくとも、ジェイドは唖然とした。その、あまりの気持ち悪さに。口には出さないし出せないが。
「おうおう、いいねえ。俺らの実力、見せてあげようか?」
「おーい、裏庭空いてるよなー? 模擬戦に使うぜ!」
「安心しなー、おっさんには手加減してやんぜー」
三人組だけでなく、ギルドにいた冒険者達のほとんどが見物のため裏庭に移動する。中には、賭けまで始めている者もいるようだ。
「おい…。俺に、どうしろと」
「軽く相手にすればいいじゃない」
「それは、そうだが…」
実際ジェイドは、Sランクになるまでにも、こういう手合いには何度か遭遇した。しかし。
「サリーを守るためというのが、どうにも納得できない…」
「ひっどーい。父親なら『娘はお前らなどにはやらん!』って場面じゃない」
「誰が父親だ、誰が」
ジェイドは、野外訓練のために一度、サンドラ王女と一緒に王都の冒険者ギルドを訪れたことを思い出す。相応の知名度があったとはいえ、騎士と従者の組合せ以外には見られず、とても自然な対応ができた。それと比べると、今の状況はなんとも理不尽な気分である。
がやがやがや
「おい、おっさん、まずは俺だ! かかってこいよ!」
「そうか。わかった」
ひゅんっ
「なっ…ごへっ」
三人組のひとりに一瞬で肉薄したジェイドは、剣を鞘に入れたまま、脇腹を突いて気絶させる。
「な…なんだと…」
「おい、面倒だから、ふたりいっぺんにかかってこい」
「ざけるなあ!」
だっ
キンッ、キンッ
「くらえ、『ファイヤボール』!」
ぼうっ
ひょいっ
「かかったな! 『ウィンドカッター』!」
びゅおおおおっ
しゅばっ
「なっ、剣で魔法を切り裂いただと…がふっ」
「あうっ」
ドサドサッ
「ふう…。殺さずに倒すってのも久しぶりだな」
ちんっ
「マジかよ、あの、さえないおっさんが…」
「あれ、そういえば、あの剣…」
「似てるよな。けど、こんなところに…」
ジェイドの素性を疑うような発言が聞こえてくる。早くこの場を去るべきかと、やはり見物していたサリーのところに足早に戻る。
「終わったぞ、サリー」
「…」
「サリー?」
「失格」
「なに?」
ぴっ
「あれじゃあ、全治一日ってところじゃない。明日には復活して、あなたがいない時を狙って私を攫いに来るかもよ。せめて、一週間くらいは動けないようにしないと」
「あれ以上やったら重症になってしまう。それに、攫いに来たらお前が片付ければ…」
「せっかく親子のふりをして無難に済ませようとしているのに、それは変でしょ。あと、重症になったら最低ランクのポーションでも置いていけばいいし」
「それは、そうだが…。はー、わかった」
すたすたすた
「ぐっ…なんだ?」
「すまんが、娘が待ち伏せを怖がっていてな。もうちょっと痛めつけさせてもらう」
「え、ちょ、ちょっと待」
「ひいいいっ」
ごすっ
がっ
どどどっ
「うう…」
「こんなものか。じゃあこれ、回復ポーションな」
ことっ
「おい、今度こそ帰るぞ」
「まだ言いたいことあるけど、まあいっか。困るのはジェイドだし」
「なんだ? はっきり言え」
「見なさい。見物している人達みんな、ジェイドを死神みたいに見てるわよ。世界樹の村を思い出すわね」
「どうすればいいってんだ…」
「戦術ばかりに気をとられて戦略的な観点がないからこうなるのよ。私が蹂躙した時に、あんな目で見られたことがあるかしら?」
「お前の場合は恐怖や憎悪よりも、呆れや諦めが先に来るがな。って、それもわざとだったのか!?」
「当然じゃない。さ、行きましょ。ジェイドは当面、私の側を離れないこと」
「…」
サリーの言うことはいちいちもっともではあるが、そもそも、親子のふりをして冒険者達をけしかけたのが誰だったのかまでは気が回らないジェイドであった。たとえ、その手をサリーにしっかり繋がれていても。




