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13 Sランク勇者、Fランク聖女に勧誘される

 記憶を取り戻したサンドラ王女…5年前まで、辺境の街の宿屋の娘だった『リリー』は、長老の家でずっと塞ぎ込んでいる。無理もない、自らのアイデンティティが突然崩壊したのだから。その上で、これまでの5年間の記憶はきっちり残っているのである。このギャップに耐えられる方がおかしいだろう。もちろん、サリーのことを言っている。


 そういう意味では、サリー…元サンドラ王女の素性は未だにわからない。王女であったことと、賢者級の存在であることは全く関係ないからだ。ただ、以前感じたように、俺には到底理解できないような事情を抱えていると思えてならない。そもそも、11歳かそこらの年齢で、王女の身分を自らあっさり放棄する理由とはなんだ? そしてその頃には既に、記憶を操作するような魔法が使いこなせていたという。わからない。何がどうなっているのか、全くわからない。


 ガタガタガタッ


「結界が…村を覆っていた結界が、消えていく!」

「なんだと!?」


 同じく長老宅で物思いにふけっていた俺は、駆け込んできた若手のエルフに、そう言われる。長老を含めた俺達に、状況を伝えに来てくれたようだ。


「殿下、村の出入口に行ってみましょう。サリー達が、戻ってきたのかもしれません」

「私は…ジェイド殿に、殿下と呼ばれるような者ではない…」

「今の殿下は、間違いなくサンドラ王女ですよ。さあ」

「ああ…」



 俺とサンドラ王女、長老達、3人の騎士団員、などなどが、村の出入口に集まり、結界の様子を見守る。サリーの姿は見えないが、確かに急速に結界が薄れていく気配をひしひしと感じる。


 そうして、最初に結界に閉じ込められた時から半年近く、サンドラ王女達が入った時から数週間。村の出入りに何の障害もない感覚が伝わってくる。


「おおお…。サンドラ殿下、最寄の街に行きましょう。我らの無事を伝えねば!」

「し、しかし…」

「我等にとっては、殿下こそがサンドラ王女であり、騎士団総長です」

「今でも、民を救いたいのでしょう? であれば!」

「わかった、わかったから、そう引っ張るな!」


 騎士団員達も、記憶のこと、5年前のことを聞いている。彼女が騎士団総長に就いたのは、俺がSランク冒険者となり勇者となる少し前のことである。彼らにとっての総長は、確かに彼女しか存在しない。


 そうして、彼等が去っていった後。


「ふうん、あの女、記憶を取り戻したんだ」

「サリー!?」


 近づく気配など全くなかったサリーが、いつのまにか俺の近くに立っていた。


「お前、いつの間に…」

「あの女と顔を合わせたくなかったのよ。記憶を取り戻したのなら、なおさらね」

「それで、結界を消したのはやっぱりお前なのか? ロキとシンは? 魔族達はどうした?」

「はいはい、順番に話すわよ。まあ、最初は…」


 近くに佇む、世界樹の村の長老を見るサリー。


「自力で若返ったようね。私に復讐したいかしら? 相手になるわよ」

「いや…。貴様が戻ってきたことを、確認したかっただけだ。儂は家にいる。用があるなら来い」

「私の方に用はないわ。だから、行かない」

「そうか。縁があれば、また会おう」


 そう言って、本当に家に戻っていく長老。いろいろと思うところがあるようだが、今ここで何かしようとは思っていないようだ。長老が家に帰ると、他のエルフ達も散り散りとなっていく。


 その代わり。


「いやしいしゅぞくが、またふえた!」

「でていけ、ヒューマン!」

「しね、しね!」


 そう言って、また石を投げようとする子供達。


「『束縛(バインド)』」


 そんな子供達に、容赦なく束縛魔法をかけて動きを止めるサリー。


 つかつかつか


「文句があるなら、強くなりなさい。それとも…弱いくせに突っかかってきたあなた達は、今ここで私に殺されたい?」

「「「…!?」」」

「しばらくは動けないけど、我慢しなさい。大人達に、この魔法は解けないから」


 すたすたすた


「変わらないな…。いや、よりキツくなったか?」

「気のせいでしょ」


 俺が、いや、俺達が、この村にいる間に大きく変わった一方、旅を続けていろいろなことがあったはずのサリーは、あまり変わっていなかった。



 とりあえずじっくり話を聞くため、川の近くに移動する。魔族による世界樹の封印が解けてからずっと、村のあちこちに舞い散る葉が大量に捨てられている場所だ。いつもの長老の家は、今回だけは避けたかった。


「それで、魔族は?」

「私が魔王の首をはねたら、大人しくなったわ」

「…そうか」

「びっくりしないのね。魔王の首なら、証拠としてアイテムバッグに入れてあるけど、見る?」

「いや、いい。いろいろわかったんだよ、おかげさまでな」

「ふーん」


 じっ


「な、なんだ?」

「目のクマが、消えてるね」

「…やっぱり、俺を休ませるために閉じ込めたのか」

「休めたの?」

「どうかな…。ロキとシンは?」

「さあ? 魔王討伐後にパーティ解消したから、今は何をしているのやら。あ、別にケンカ別れしたわけじゃないからね。あなたと違って」

「そうか…。なあ、サリー」

「何?」


 俺は、少し間を置いて、あらためて尋ねる。


「俺は、今でも無能か?」

「無能ね。少なくとも、勇者としては」

「冒険者としては?」

「Sランクってのは眉唾ものね。せいぜい、Cランクかしら?」

「そのココロは?」

「Fランク聖女の私に負けっぱなしだから」

「…なるほどな」

「でも、そうね。死に急ぐようなことがなくなれば、Aランクにはなるかも」

「もう、死に急ぐ必要はなくなった」

「そう」


 サリーは、相変わらず冷たい感じで、いい方が端的だ。だからだろうか、会話がなかなか続かない。尋ねたいことはまだまだあるのに。


「なあ、サリー。お前は…5年前まで、サンドラ王女だったのか?」

「なんか変な質問だけど、まあ、そういうことになるわね」

「なぜなんだ? 今のサンドラ王女の方はともかく、俺には、記憶を集団改変してまで、町娘になろうとする理由が全く思いつかない」

「魔王と勇者の輪廻を止めるため…と言ってもわからないよね。ロキやシンと違って、転生システムを理解しているわけじゃないから」

「ああ、わからん。だから、もうちょっとわかりやすく言ってくれ」

「もうちょっと…。そうね、これからはもう、魔王も勇者も現れない。そうしただけ」

「だが、『勇者の紋章』は残っているぞ?」


 そうして、右手の甲の紋章を見せた俺だったが。


「『消去(デリート)』」


 しゅううううっ


「こんなに…あっさり…」

「魔力の多い魔王と違って、魂も浄化しないと次の転生で復活するけどね。それはおいおい…ああ、そうそう」


 ひゅん


「『勇者の剣』! やっぱり、お前がもっていたのか。これは、破壊しないのか?」

「破壊というか、無効化ね。『解呪(デイッセンチャント)』」


 ぼうっ


 剣は、その形状はそのままだったが、同じく刻まれていた紋章が消え、特有の輝きも失った。


「はい。護身用には必要でしょう?」

「俺がもらっていいのか?」

「王家が知ればうるさいだろうけど、別の剣だって言っとけばバレないわ」


 俺はサリーから『解呪』された剣を受け取り、腰に差す。


「解呪、か…。勇者の力は、呪いだったとでもいうのか?」

「言い得て妙ね。魔王と勇者の因縁は、人為的につくられたもの。数千年前のヒューマンと魔族の権力者達が、その権威を子々孫々に残すために」

「そう、か…。魔王が討伐されたことは、広まっているのか?」

「魔族領では既に広く知られているわ。他の種族には、噂程度かしら。凱旋なんてしないし」

「ならば、ヒューマンの影響力は急速に衰えていくだろう。ビーストには略奪され、ドワーフには金銭を搾り取られ、エルフには見下され放置される」


 ざっ


「サリー、それがお前の望みだったのか?」

「そうなると知ってやったという意味では、その通りね。ヒューマンに仇なす私を討伐する? 無能な勇者さん」

「…しないさ。それは、あの子供達がやっていることと同じだ」

「そうね。私を討伐したければいつでも来なさい。返り討ちにしてあげるから」

「具体的には?」

「シンが古代種のドラゴンを倒した方法でも使ってみようかしら? 浄化魔法を『反転』させて、首をあっと言う間に腐らせるの」

「…その方法をシンに教えたのは?」

「私に決まってるでしょ」


 効率的な中級治癒魔法を自ら生み出すほどのサリーだ、既存の魔法を組み合わせた複合魔法など、お手のものなのだろう。しかも、それを自ら使用して他者を圧倒するよりも、人々に道具として知らしめて好きなように使わせる。それは、つまり。


「サリー、お前は伝説の『賢者』なのか? この世のありとあらゆる術を生み出したという、神のような存在。一説には、『神の加護』もその賢者が創造し、神そのものとして君臨したという」

「神じゃないわね。神様が何もできないことを思い知った、ただのヒト型生物よ。ていうか、君臨なんてしてないっての」

「賢者であることは否定しないのか…」

「身動きのとれない王女なんかに転生したのは誤算だったけどね。あ、でも、状況を早く把握できたのは良かったのかしら?」

「やはり、俺には理解できそうにないな…」


 わがままで傍若無人のように見えるサリーは、実際は、誰よりも厳しく、そしてマイペースな性格だった。これからのヒューマン全体の衰退を案じながらも、この性格こそが生き抜くために必要な何かなのではないかと思い始めていた。気のせいかもしれないが。



「ところで、ジェイド。あなた、宿屋で働く気はない?」

「…は? それって、サリーの…いや、『リリー』の実家の?」

「そうじゃなくて、魔族領に増え始めてる宿屋のこと。温泉付きだよ!」

「…ちゃんと、説明してくれ」


 かくかくしかじか


「勇者としての俺は追放して、宿屋の従業員としては勧誘するっていうのか…」

「うん、そう。魔族領で最初に攻略した砦の近くにも温泉が見つかってね。あらゆる種族を対象にした宿屋を始めようと思って」

「いや…俺は、客として泊まるだけの経験しか…」

「あー、やっぱり忘れてるな? 宿泊客のはずなのに、部屋の掃除とか勝手に始めるようなことをしてきたくせに!」

「そ、そうだったか? 確かに、『勇者の紋章』が現れる数年前までは安宿が中心だったから、自分であれこれ対処していたが…」

「あ、料理は期待していないからね。それは、私がやるから!」


 そうして、サリーがどこからともなく取り出した、魔物の臓物を煮込んだ料理を食べさせられる。そうか、サンドラ王女が言っていた名物料理とは、このことだったのか…。


「場所が場所だから、用心棒も必要だしね。あ、ヒューマン諸国からの遠征があった時は、砦の魔族達が征伐する手筈だから」

「征伐、か…」

「征伐でしょ? ありもしない神の加護を根拠に攻め込んでくるんだから。反社会的もいいところよ」


 状況次第だが、これからのヒューマン諸国は、他種族からはかつての魔族のような扱いを受けるかもしれない。そうならないようにするのも、元勇者としての俺の努め…とも思ったが、魔族に敵対してこその勇者だったのだから、俺が関わるのはむしろ逆効果だろう。このまま行方不明となった方がいい。


「今のサンドラ王女のところに行くなら、止めないけどね。仲は良かったんだし、元勇者なんだし、次期国王くらいにはなれるかもよ?」

「彼女を娶って俺が国王か? バカバカしい。国の衰退をどうにかできるような能力は俺にはない。権威だけではどうにもならない今は、なおさらな」

「わー、あの女、どんな政略結婚させられるんだろ。強くなって人々を守りたいって言ってたのに」

「他人事のように言うんだな」

「他人事だし」


 とことん厳しいサリーの言葉に、現王女のサンドラ殿下に同情を禁じ得ない。彼女を慕う騎士団員達の活躍を期待するしかないだろう。


「…わかった。この村に留まり続ける理由はないし、他に行くところもないからな」

「そうこなくっちゃ!」


 そう答えるサリーの表情は、とても明るかった。それはおそらく初めて見るであろう、サリーの少女としての素顔だった。俺を追放した時のようなキツい口調と反抗的な態度しか知らなかった俺には、眩しすぎる笑顔である。いつもこうなら、俺は…。


 だが、名誉や権威ばかりが渦巻く世界よりも、素朴で粗野な生活を営む世界。それは本来、地味な中年男(さえないおっさん)の俺こそが追い求める世界なのではないだろうか。俺が宿屋の仕事を覚えたら、サリーはまた旅立つに違いない。賢者の生まれ変わりとして、俺の理解の及ばない世界に。


「そうよねー、既存のヒューマン諸国がアテにならないなら、魔族領で産めよ増やせよだねー。前世では知名度のせいで敬遠されてたから縁遠かったけど、今世こそは…!」


 何か、凄まじい寒気に襲われたように感じたのだが、気のせいだろうか…。

本編はここで完結です。明日、番外編1本を掲載する予定です。

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