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12 Fランク聖女、魔王を討伐する

「不老不死はつまらなそうだったからね、魂の存在を確認して、記憶を保ったまま転生を試みたのよ」

「記憶を、保ったまま…」

「そして数千年後に転生したら、あらびっくり。その転生と記憶の術がパクられてるんだもん。なーにが『勇者と魔王』よ。バッカじゃないの?」

「だよなあ。ヒューマンと魔族の間で数十年ごとに戦争を起こして、両方の権威を保とうだなんてな」

「茶番もいいところです。そこの魔族達も、だいぶ甘い汁を吸ったのではないですか?」

「何!? どういうことだ!」

「ぐっ…」


 魔王の周囲にいた上級魔族、特に、最後にして最強の四天王、閃光のミゲルの狼狽えぶりは凄まじかった。


「絶大な魔力を持つ魔王が復活したとなれば、少なくとも、魔族領内のドワーフやビーストの集落は労せずして支配できる。魔道具や奴隷は思いのままですな」

「バカな! 弱肉強食を是とする魔族が、権威だけで利を得ていただと!?」

「だってよう、四天王の配下がいたビーストの村とか、ゴブリンとか投入されても無抵抗だったぜ? 『魔王によって殲滅されるよりはマシ』とかって」

「だから、私達が勝手に解放したら、なんてことするんだって非難轟々だったわよ。配下の上級魔族に何を吹き込まれていたのかしらね」

「そんなこと…脆弱で卑怯なヒューマン共と同じではないか! 貴様らあっ!」

「魔王として何十回と転生させられて、その度に利用されていたことに気づかないなんて、哀れよね」


 最初に当時の権力者達に魔王として選ばれた時から、直情的でプライドの高い性格が利用されていたのかもしれない。『三つ子の魂百まで』は、転生でも有効だったようである。


「ジェイドが記憶を保たず転生を繰り返したのは…魔力のせいかしらね?」

「ヒューマンは、極端に魔力を持たない場合が多いからな。今のサリーみたいによ」

「ある時期は記憶を保ったのでしょう。今のジェイドは、魔法ではなく剣技を『勇者の紋章』で発動していますから、記憶を失ったケースでしょう」

「いずれにしても、ヒューマン側も勇者のおかげで潤うわけよ。なにしろ、最弱の種族だから」


 これは、ジェイド自身も気づいていたことである。もっとも、それを『神の加護』としていた時点で、神に選ばれたかのように振る舞っていたエルフやドラゴンと大して変わらないという話もある。


「まあ、そういうわけで、ある意味『諸悪の根源』である私が、直々に解決しようとしたわけ」

「転生と記憶を操る術を生み出しただと…。貴様は一体…」

「転生前は『賢者』とか呼ばれていたこともあったわね。でも、大した知恵も知識もなかったよ?」

「なんだと?」

「私が悟ったのは、たったひとつ。それが、全てを生み出したわ。だから…ここで、あなたを殺す。私が殺せば、この茶番は潰える」


 ひゅんっ


「『勇者の剣』だと!? それは、勇者にしか使えないはず!」

「だーかーらー、そんなの、数千年前に誰かがそう作っただけなんだって。もともとオーラがダダ漏れだったし、理屈はすぐわかったわ。特定の魔力パターンにしか反応しないように作られていたってね。攻撃する方も、される方も。魔族全般に有効なのは、魔王と同じ種族だからかしらね」

「ならば、なおさら…!」

「理屈がわかれば、同じ魔力パターンを生成すればいいのよ。旅の間にジェイドの『勇者の紋章』は分析し放題だったし。じゃあ、いくわね!」


 びゅっ

 だだだだだっ

 キンッ!


「させぬわ! 意図がバレようと、魔王様をお守りするのは我らの使命!」

「ここで朽ち果てろ! ヒューマンの王女!」

「昔はともかく、今の貴様の魔力なら…!!」

「『束縛(バインド)』」

「「「ぐべっ!?」」」


 開き直りつつもサリーを倒そうと一斉に襲ってきた、閃光のミゲル以下、上級魔族達。が、サリーの束縛魔法で、あっと言う間に地に伏せられてしまう。


「ちょっとちょっと、十年前と同じじゃないのよ、これじゃあ」

「な、なぜ…!? 感じる魔力量は桁違いに低いのに…」

「そりゃあ、世界樹の葉っぱをこれだけ使えばね?」


 そうして、いつの間にか手に持っていた何枚もの世界樹の葉をバラまく。蓄積されていた魔力は消費したため、既に用済みだ。


「我ら魔族の中でも『銀翼のズール』しか魔力をフルに引き出せない世界樹の葉を、こうもあっさりと…」

「太古の伝説、ヒト型生物の頂点に君臨した賢者というのは、間違いないのか…」

「ちっがーう! 君臨なんかしてないって!」

「え、違うのですか?」

「俺達、サリーの実力を知って、てっきり伝説通りかと…」

「性格も、女王様気質ですしな。あの可愛らしい魔王殿と違って」

「あなた達、後でぶっとばす」

「「ほら」」


 つかつかつか


「というわけで、大人しく死んでね」

「…本当に、もう…」

「今まで、ジェイド…『勇者の紋章』を持つヒューマン以外に殺されたことは?」

「…ない」

「じゃあ、とりあえず死んでみたら? 騙されたと思って」

「…わかった。でも、最後に教えてくれ。賢者サリー、貴様は何を悟ったのだ?」

「神は、世界に干渉できない。ただ、預言するのみ」

「預言…」

「神の加護なんてないってことよ。己の信念に従って生き抜くだけ。じゃあね」


 しゅばっ


 どすっ、ばさっ

 ゴロン…


 『勇者の剣』で、躊躇なく魔王の首をはねるサリー。地に転がった少女の首の表情は、無表情だった。


「魔王様が…くっ」

「いっそ、我らも殺せ!」

「そうだ! 獣のように地を這う生活はゴメンだ!」


 くぎゃー、がーっ


「うっさいわねー、あなた達にはやることたくさんあるでしょうが」

「だよなあ。魔族領のあちこちの集落が蜂起するから、逃げ惑うとかな」

「それが、獣のようだと言ってるんだ!」

「仲間達と逃げて逃げて、逃げなさい。そして、なんとか逃げ切ったら、その先の地で魔族らしい生活をするといいわ」

「魔族領は広い。濃い魔力は他の種族をあまり寄せ付けない。いくらでも生き延びる余地はあるでしょう」

「魔王城も、武器の回収以外はそのままにしておくわ。周囲には森の恵みもあるし、籠城してみるのもいいかもね。あ、それとも…」


 くるっ


「宿屋でも、経営してみる?」



「しかし、本当に宿屋経営を広めるとは…」

「広めてない広めてない。一週間かそこらで何が出来るってのよ」

「確かに、今はただ温泉付き住居の作り方を伝えただけですが、魔族には土魔法の使い手も多いですし、これはもしかすると…」

「どうかしらね。あとは、魔石を貨幣のように使う慣習が広がればってところかな」


 魔王討伐前に作った温泉宿をモデルとして見せたサリー達は、当面の目標として『魔族のみの集落作り』をやらせてみた。弱肉強食の彼らは魔物や他種族を支配するだけだったため、自給自足的な生活慣習がほとんどなかったためである。これが根付くかは彼ら次第である。できなければ、狩られる側と化していくだけである。


 そうして、魔王城にいた魔族達に一週間ほどあれやこれやと付き合った後、モデルにした温泉宿に再び逗留し、また旅を続けるための英気を養っていた。今はまた、サリーが温泉に入って話をしている。ロキとシンは後ろを向いて景色を眺めている。


「でも、どうする? まだしばらく一緒に旅をする? それとも、ここで別れる?」

「どうすっかなー。サリーがどうするのかに依るかもだけど」

「私?」

「サリー殿は、どうするのですか? このままジェイドを迎えに行くのですか? それとも…」

「…今さら、王女なんかに戻りたくないわね。王都全体の記憶の再改変も面倒だし」

「5年前にそれやって、数年は魔力が最低ランクのままなんだっけ」

「そうなのよ。もっとも、世界樹が復活したから、その魔力を遠隔使用すればあっという間だけど」

「でも、したくない?」

「する必要もないわね」


 神の加護など端から皆無のこの世界。ならば、思いのままに(預言に従って)生きるしかない。サリーの心の中には、王女に戻るなどという思い(預言)は存在しない。本当に、今更である。


「魔族の脅威もなくなったし、現王女もこれからが正念場かもな」

「そうだね。あの女、身内と暮らすよりも名誉を選んだんだし。ま、宿屋の方は私が『里帰り』してちょくちょくサポートするよ」

「であれば、王城で召し抱えられているという設定は残さないと」

「あ、そっか。どーするかなあ。あの両親だけ、記憶をもう一度書き換えようかな。でもなー」


 5年の間に何度か帰省しており、その間に前世の経験を(・・・・・・)活用して(・・・・)盛り上げたこともあって、相応の愛着もある。そして、なにより。


「ジェイドと初めて会ったのも、手伝っていた宿屋だったのですよね」

「そーなのよ! あの世話好き、人手が少ないだろうからって、勝手に部屋を掃除したり、ベッドメイキングしたり、しまいには、ヒマだからって受付に座ってたりするのよ!?」

「だから、宿屋の主人向きじゃないかと思ったわけか」

「でも、料理は簡易なものしかできないっていうね。だから、魔物の臓物の煮込みを出してやったわ!」

「あれか。あ、もしかして」

「うん、魔物料理との反応で、『勇者』って事がわかったのよ」

「『魔王』は王女時代に把握していたから、紋章発動前に駒が揃ったってわけですね」

「そそ。あとは、魔法学院と修道院をこっそり調べて、先回りしてロキとシンにコンタクトをとって」

「勇者や魔王のそれとは比較にならないほどの『紋章』を自ら刻んだってことか。それ、消せるのか?」

「世界樹の村を出てすぐに消したわよ。見る?」

「「丁重にお断りいたします」」

「むう」


 ちゃぷっ


「よし、じゃあ、俺はここで別れるわ。俺も今更魔法学院に戻るつもりねえしな。アイテムバッグはもらえるんだよな?」

「うん。魔王城にあったアイテムバッグも全て奪ってきたし、ドラゴンの素材を中心に等分してあるから」

「では、吾輩もそうしますかな。修道院に寄付をした後、妻子を連れてどこか別の街に行くことにします。独立した教会を兼ねた孤児院を運営できればいいのですが」

「『神の加護などない』って教義か? 迫害されるぞ」

「そこをうまくやるのが聖職者ですよ」

「なまぐさー」


 こうして、魔王討伐パーティは解散することとなった。魔王が討伐されたのだから当たり前ではあるが、これまでと違うのは、勇者は魔王討伐のはるか前に追放されているということだった。

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