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11 Sランク勇者、王女の涙に狼狽える

 エルフ達と和解してから数日。実際は和解と言えるほど禍根がなくなったわけではないが、それでも、少しずつながら交流の輪は広がっている。とはいえ。


「あっちいけ、ヒューマン!」

「おとうさんをころした、しにがみ!」

「いやしい、しゅぞく。しんじゃえ!」


 子供達には、道で会うと相変わらず石を投げつけられている。大人達の真似から始まったはずのそれは、大人達が迫害をやめるようになっても続いている。より、陰湿な形で。


「お前達、やめないか!」

「殿下、何もしない方がいいでしょう。時が解決するのを待つしかありません」

「だが…」

「民から慕われていた殿下には、理解し難いことかもしれませんが」


 小さい頃から剣と魔法に打ち込んできたサンドラ王女は、しかし、文武両道でもあった。どちらかというと貴族や諸国重鎮との政治的交流が活動の中心だった国王と比べ、騎士団や冒険者ギルドとの交流が多く、また、諸地域を漫遊して民との触れ合いにも邁進していた。明らかに庶民派と言えるサンドラ王女としては、子供達に嫌われるというのは辛いことだろう。


「私は、民を守りたかった。種族など関係なく、手を差し伸べたかった。実際は、それでもうまくいかないことも多かったが。しかし、私は諦めたくなかった…」

「知っています。だからこそ、殿下を悪く言うものはこれまでいなかったのでしょう。ですが、ここはエルフの中でも特に閉鎖的な村です。今は協力的な者達でも、理屈ではない、心の中のわだかまりはまだあるでしょう」

「だから、時間が必要、ということなのか…」


 まだ落ち込む様子を見た俺は、ある意味不本意ながら、サリーの言動を思い出す。そのままサンドラ王女を連れて長老宅に戻った俺は、世界樹の葉を煎じたものを飲みながら、慰めるように話をする。


「俺はこういう役回りでしたから、助けた者達に非難されることも多々ありました。それでも、使命を果たすためと堪え、騎士団に…殿下達に引き継ぐための対応を進めました。サリーは、いや、ロキとシンもですが、別の反応をしていたましたが」

「別の?」

「簡単に言えば『放置』ですね。負傷者に最低限の治癒を行って努力不足を非難されても、『ああ、そう』と言って、次の患者に移動して」

「…彼女は、気にならなかったのだろうか。そんな非難を受けても」

「後で散々悪態をついていましたから、そうでもないのでしょう。以前は、聖女とも思えぬ未熟な言動と嘆いていたのですが…」

「賢者、と見れば…ということだな」


 ありとあらゆる現象に関心をもち、この世に不可思議なものなどないかのような振る舞いを見せる、しかし、それに見合うだけの知識と知恵を確かに備える存在。そんな賢者は、道理を何よりも重んじ、人々の不満や欲望に迎合することはない。それは、簡単なようでなかなか難しい。目の前で喜怒哀楽を見せつけられて、動揺のひとつも見せないのは、心がないかのように思われてしまうからだ。


「そういえば、サリーは、俺が勇者として見い出される前…Sランク冒険者として叙される前に、王家によって聖女の認定を受けたのですよね?」

「ああ。元は辺境の町娘でな。宿屋の娘として働いていたところ、宿泊客として逗留していた騎士団員が関心をもったのがきっかけだ」

「騎士団員、ですか?」

「そうだ。その時は私も同行していてな。父上に辺境の様子を学ぶよう言われ、災害級の魔物の討伐に向かった騎士団について行ったのだ。私は領主の館に泊まったのだが」

「なるほど…。しかし、関心とは?」

「それが、愉快な話でな。『料理』が素晴らしかったと」

「料理? サリーは、料理ができるのですか?」

「知らなかったのか? 魔物の、通常であれば捨ててしまうような部所を使った、安くて美味い料理だった。実は、私も食べたことがあってな」


 サリーが、魔物の料理? これまでの旅で、サリーが料理をしているところなど見たことはなかった。いや、サリーにしてもロキやシンにしても、とても料理が出来るようには見えなかったから、俺が勝手に食事を用意してきたという話もあるが。しかし、サリーは魔物の肉を食べるのを避けていたはずだが…。


「なぜか、力がわく料理だった。魔力も精神力も、数日間みなぎるようだった。それで、奉公のために王城に連れていくことになったのだ。実際は、王城に着いてしばらくしてから『聖女の紋章』が発見され、奉公らしい奉公はしていないのだがな」

「そうですか…」

「宿屋を営んでいた両親も、ずいぶんと喜んでいたな。これも、神の加護だと…」


 そう、しみじみと語るサンドラ王女。サリーを召し抱える時に、何かあったのだろうか。その様子は、まるで…。


「…殿下!? どうしたのですか!?」

「え…? あ、あれ、なんだ、どうしたのだ? なぜ…」


 ふたつの瞳から滴り落ちる涙が、サンドラ王女の頬をとめどなく流れる。本人は訳がわからないという表情ながら、涙はいつまでも止まらない。


「なんだ…? なに、が…」

「殿下…」

「サリーの両親の、あの宿屋の夫婦の姿を思い出した途端、胸が締め付けられるような…」


 その様子を見て、俺は何もできなかった。できなかったが、何かをしなければならない、そんな気持ちが膨れ上がった。涙を流すサンドラ王女の姿に、おぼろげながらも、心当たりがあったから。



 俺は、家で書物を書いている長老に声をかけ、サンドラ王女の状況を説明した。期待していたわけではなかったが、エルフの知恵にすがってみたい気になったのだ。


「それで、お主は儂に何をさせたいのだ?」

「昔の記憶を鮮明に思い出す魔法、というものはありますか?」

「鮮明、となると難しい。ふむ、我らの記憶を掘り起こすためにも、改良を試みようか」


 そうして長老は『追憶』魔法を文字で書き下ろし、改良を施す。鮮明、かつ、正確な時期の記憶を追体験するために。口伝を再現するには、伝え聞いた時の言葉を思い出した方が良いようだ。


「…よし、試験的な確認も済んだ。あのヒューマンを連れて来い」


 サンドラ王女に話をし、せっかくだからと、サリーと出会った頃の記憶を鮮明にすることを提案した。サンドラ王女も、涙の理由は気になっていたから、二つ返事で了承した。


「その記憶は、いつ頃のことなのだ?」

「ちょうど5年前です。この季節の、この時期…」

「それを、強く意識するのだ。では、いくぞ。『追憶(レミニッセンス)』」


 ぼうっ…


 バチッ!


「むっ!? なんだ、これは…」

「どうしましたか?」

「強力な魔力に弾かれた。いや待て、この魔力の感じは…」

「もしかして、サリーですか?」

「そうだ。『老化』魔法の時と同じ波長だ。人によって異なる声色のようにな」

「そうですか…」


 やはり、サリーが絡んでいたか。そしてもしかすると、サリーの『賢者』としての素性が隠されているのかもしれない。


「更に強く魔法を発動するのは、危険ですか?」

「危険ということはない。ただ、掘り起こされた記憶が精神波となって、我々にも感知されてしまうかもしれない」

「…長老、お願いします。ここまでしてサリーが私の記憶を隠す理由を、知りたい」

「わかった。では、もう一度いくぞ。『追憶』」


 ぶおんっ


 サンドラ王女が立つ地面に、魔法陣が描かれる。先ほどは描かれなかったそれから光が溢れ、サンドラ王女を包み込む。


 サアアアアアッ


 サンドラ王女から、見たもの聞いたもののイメージが放たれる。これが、掘り起こされた5年前の記憶―――



 尋ねるのは、美しいドレスに身を包む、まばゆくも可愛らしい美貌を備えた少女。


「確かに、剣技も魔力も素晴らしいわ。でも、いいの? このまま故郷を離れて」

「私は、人々を救う立場になりたい! こんな辺境で、このまま終わりたくない!」

「それが、あなたの望みなの? この地を捨てることになるのに?」

「弱い人々を、魔物や魔族から守れるようになりたい、それがおかしいというの!?」

「でも、そんな立場になったら、あなたの御両親は守れなくなるかもしれない。それでも?」

「お父さんとお母さんは、納得している。私が、活躍することを。だから!」


 ドレスに身を包む少女は、その姿に似つかわしくない、深い深いため息をつく。そして。


「まあ、いいわ。でも、私の目的もあるからね。じゃあ、リリー(・・・)、早速『交替』してみる?」



「ああ、あああ…!!」

「そんな…バカな…」

「記憶が封じられ、その上に偽の記憶が施されていたのか。なんとも(むご)いことを…」


 それを5年前、今の(・・)サンドラ王女だけでなく、一緒に旅をした騎士団員や現地の領主、そして、国王を含む王城や王都の人々の全てに施していたというのか、サリーは…。


「いや、本物の(・・・)サンドラ王女(・・・・・・)が、か…」


 あまりの衝撃に、俺達はしばらく呆けていた。足下から崩れていくような何かを感じながら。

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