10 Fランク聖女、温泉に入り魔王城に乗り込む
「はー、いいお湯ねー。生き返るわー」
いよいよ魔王城がはるか遠くに見えるほどに近づいてきたサリー達は、山の麓に天然の温泉を見つけた。覚えたばかりの土魔法で、手早く風呂場を整えたサリーは、
「アホかあっ! いきなりすっぽんぽんになって湯に浸かりやがってえ!」
「いきなりじゃないわよ? ちゃんとかけ湯してから入ったじゃない。見てなかったの?」
「そんな話はしてねえ! つーか、見るかよ!」
そんなサリーを直視できないロキとシンは、今は風呂場を背にして後ろを向いている。
「サリー殿…。あなたの知恵と勇気は尊敬しておりますが、その、女性としての自覚のなさはどうにかなりませんかね…」
「私が女なのはちゃんとわかってるわよ。何よ二人共、ジェイドのこと言えないじゃない」
「げふっ」
「ロキだけでなく、吾輩にも跳ね返るとは…。因果応報、恐るべし」
繰り返すが、サリーはきちんと自覚している。自分が異性にどう見られているかを含めて。そうでなければ、今は亡き師匠ドワーフにあんなことは言えない。
「俺達だって、男なんだぞ! 襲われても文句言えねえぞ!」
「襲いたかったら、襲えば?」
「ごふっ」
「ふんだ。あ、襲うなら後ろから襲ってね。私は、あなた達の裸なんて見たくないから」
「サリー殿、もう勘弁して下さい…」
この二人にそんなことができるはずもなかった。この御時世、こうしてパーティを組んで旅をしていると、オークやゴブリンの村に連れ去られた女性の悲惨な末路や、盗賊に襲われた村での集団強姦の現場に居合わせてしまうことは何度もある。そんな時は、たいがい即座に殲滅戦に移行するため、そういった行為を行う連中には憎々しい感情しかない。そんな連中のお仲間になることなどあり得ないわけである。単に、ジェイドとロキとシンが揃ってヘタレという話もあるが。
「ジェイドもねー、あの年まで童…独身を貫くって、どういう人生観なのかしらね」
「たまたま相手に巡り合わなかったってだけじゃね? 魔法学院の教官の半分以上はそんなだったし」
「修道院の僧侶は全員妻子持ちでしたが。吾輩も含めて」
「そうかよ。はー、俺も魔王討伐が終わったら嫁探しの旅でもするか」
「死亡フラグ?」
「じゃねえよ!」
温泉をしっかり堪能したサリーが上がると、ロキとシンが次に入る。もちろん、サリーも二人が入っているところをマジマジとは見ない。先程の二人と同じく背を向けつつ、周囲の様子を眺めていた。
「景色もいいわねえ。ここに温泉宿でも作ろうかしら?」
「魔族領のど真ん中にか?」
「お客がいるならどこにでも!」
「しかし、魔族社会は貨幣を用いません。経営は難しいのでは?」
「そうなのよねえ…」
魔族が基本的に弱肉強食の世界なのは、お金の概念が浸透しないことにも理由の一端がある。集中的な物々交換のために市場を開くということもない。物が、食料が、製品が、一方からもう一方に、弱い者から強い者へ、流れていくだけ。
「お金そのものは知ってるはずなんだけどね。金銀財宝を溜め込んでいるみたいだし」
「どこぞの物好きな竜の一族と同じじゃね? 習慣ってだけでよ」
「装飾品扱いなのでしょうなあ」
「それを言ったら、ヒューマンの王侯貴族だって…」
子供の頃に見た、王城のとある一室。表向きは国の宝とされつつも、王家の権力の象徴でもあったそれらの中に、ひときわ輝いていた、その宝。
ひゅん
「サリー殿!? 突然『勇者の剣』を取り出してどうしたのですか!?」
「おいおい、まさか魔王の気配を感じたとかじゃねえだろうな?」
アイテムボックスから取り出したそれを、構えるわけでもなく、腰に差すわけでもなく。ただ、大きな杖のように、地面に垂直に立てるだけ。
「こんなものがあるから、ジェイドは…」
「サリー、それはまだ必要なんだろ? 破壊するなら、やることやってからってな」
「あともう少しなのです。それまでは…」
「…わかってるよ。あと、もう少しで…」
もう少しで、魔王を倒せる。そうすれば…。
「こんなガラクタ、未来永劫、要らなくなる。『勇者の紋章』は、しかたないけど」
「難儀だよな。神ってやつも。なあ、僧侶のシン様よ?」
「僧侶だからこそ、わかるのです。神は、高みにおられるのみ」
「なるようにしかならねえもんなあ。サリーもそうだったんだろ?」
「そうだね。昔の私は、そういうところで生まれ育ったから」
この世界の人々、特に、ヒューマンの国々では、神の加護が信じられている。才能や名誉は、神の加護によるもの。呪いや悲劇は、神に見捨てられたもの。だから、魔族は神に見捨てられた存在、悲劇の元凶。魔族自身、そんな神を敵視することに存在意義を見い出して生きているところがあるから、ある意味、ヒューマンと魔族の共通認識と言える。
「だから、ここで止める。数千年続いた『偽りの運命』を、この手で」
「おう、やってやろうぜ。運命なんか関係ない、俺達の手でよ」
「サリー殿が築き上げたこの舞台で、全てを終わらせましょう」
「ええ。たとえ、それが…」
たとえそれが、多くの人々を死に追いやることになったとしても。
◇
「うん、これでよしっと」
「おいおい、本当に宿屋作っちまったよ。土魔法、俺も覚えよっかな」
「しかし、なかなか変わった造形ですな。これも、サリー殿が昔いたところの?」
「そうだね。本当は、もっと木とか石を使うものなんだけど。まあ、こんなものかな」
昔は宿屋の娘だったというサリー。小さい宿らしく、接客からベッドメイキング、料理に掃除と、なんでもやっていた。今作りあげた宿屋の建物も、二階建ての部屋が数室ある程度の小ぢんまりしたものだ。
「結界も施したから、今日はここに泊まりましょ。英気を養うわよ!」
「魔王城が見えるところに宿屋作って、風呂に飯に布団とか…とんでもねえな」
「規模ははるかに小さいですが、快適さは下手な貴族の屋敷よりも優れていますな」
「メイン食材は、あの頭が弱かった古代種のドラゴン肉よ。モモを唐揚げにしよっか」
「うおおおおお! 俺、あれ好きなんだよ! それをドラゴンの肉で…じゅるり」
「魔物の臓物では味わえない一品ですからな。吾輩も楽しみです」
そうしてサリーは食事の支度を始める。これまでの旅でアイテムボックスに蓄えてきた道具や食材をフル活用して。
◇
翌日。
サリー達一行は、すぐ目の前にある魔王城を眺めていた。
「ようやく、ここまで来たかあ。なんとか魔力も体力も温存できたし、やってやるぜ!」
「魔王城の周囲にもサリー殿の結界が展開できましたし、城になだれ込む魔物も少ないでしょう」
「世界樹があるわけじゃないから、いつまでももつわけじゃないけどね。2、3日で決着つけないと」
「入ってすぐに決着つけられそうだけどな。んじゃま、いきますか。『爆裂』!」
ドガアアアンッ!!
ガシャン!
ドオンッ…
ぎゃー、ぎゃー
「あ、破壊した門から魔物達がうじゃうじゃ」
「ロキ、あんまり殺さないでよ? 殲滅しちゃったら後がなくなるから!」
「わーってるって。うおらっ、衝撃波!」
「吾輩は、催眠魔法を中心に攻めていきますか」
「お願いねー、シン。私は、弱くて広い束縛魔法をかけていくから!」
シュバッ…!
ぼふっ、ざあっ
くげーっ
があっ…
バタバタバタ
魔物や分隊指揮官の下位魔族を次々と倒し、魔王のいる玉座の部屋に向かってひた走るサリー達。シンの探索魔法で魔王の居場所は把握済みだったから、迷うことなく走っていく。
◇
バタン!
「よっしゃー、到着! おらあ、魔王はどこだあっ!」
「探さなくても、ほら、あそこ」
「おお、これはこれは…」
魔物が取り囲む中、待ち構えていたかのように玉座の椅子に座っている、少女。その傍らには、上位魔族が数名佇んでいる。
「勇者でもないヒューマン3匹が、よくぞここまで来た。だが、ここで貴様らは…な、に…!?」
椅子に座っていた魔族の少女、すなわち魔王は、入ってきたサリー達を見て立ち上がり、絶句した。正確には、サリーのみを見て。
「ふふふ、驚いてくれて何よりだわ」
「なぜだ!? なぜ、貴様がここにいる! 報告では、聖女は貴様ではなく、サリーとかいう…」
「だから、サリーじゃねえか。愛称だけどよ」
「見事に引っかかってくれたということですな。魔族領の奥までは影響を及ぼせませんから」
「まあね。でも、うまくいったわ。昔の私を知っているあなたが、最大の懸念材料だったから」
あらためて、魔王達に対峙するサリー達。その表情は自信に満ち、不敵な笑みさえ浮かべている。
「答えろ! 一体どういうことなのだ!!」
そう恫喝されたサリーは、しかし、全く動じない。一方、魔王は動揺を隠せずにいる。昔のサリーを少なからず知っているがゆえに。
「だから、ここまで来るための作戦だったのよ。でも、なつかしいわね。一介の魔族として王都に忍び込んできた時以来かしら」
「しかも、その弱々しい魔力…。数年前は、その巨大な魔力量に怯え、何もできなかったというのに。その美貌でちやほやされていた、ヒューマンの小娘に!」
「あんなもの、必要とあればどうとでもなるからね。この世界は、魔力に満ちている。先天的な才能などなくても、生物から奪わなくても」
「ぐっ…。なぜだ、なぜヒューマンごときに、神は…!」
「そこから変なのよ。あなた達魔族も、ヒューマンを含む他の多くの人々も」
ざっ
「神は、何もしない。しているのは、私達、生きとし生けるもの。神様は御立腹よ? 何もしていないしできないのに、都合の良いはけ口にされて」
「何を言う! ならば、この『繰り返し』はなんなのだ!? 『魔王の紋章』の発現と同時に甦った、この記憶は! これが、神の仕業でなくてなんだというのだ!」
「ああごめん。それ、私が生み出した技術の悪用。私自身が『転生』したかっただけなのにね」
「なん…だと…?」




