01 Sランク勇者、無能の烙印を押される
「どうか、これで世界樹の守りの復興を。我らヒューマンにも大樹の恩恵は絶大ゆえに」
「ふん、今回はえらく手こずったものだな。先代勇者は、もっと迅速であったぞ」
「面目ない。魔王配下の魔物が思いのほか手強く。あちらも代を重ねて強力になっているようで」
「ジェイドと言ったか? 言い訳だけは先代以上だな。まあ、これはもらっておこう」
世界樹の村の長老は、そう言って魔石の入った袋を手に取り、中身をチラ見してほくそ笑む。あの中のどれだけの魔石を、本当の復興に役立ててくれるのだろうか…。いや、それを見越した上であの量を渡したのだ。魔族の脅威から確実に世界樹を守ってくれさえすればそれで良い。
「では、私達はこれで。いよいよ魔族領に向かいますので、最寄りのドワーフの村で装備を整える必要があります」
「滑稽だな。あのような醜い者共の力を借りねば魔族と渡り合えぬとは」
「彼らの技術に並ぶ物はありますまい。この鎧も、ヒューマン領で暮らすドワーフ族がしつらえたものです」
「はっ! ヒューマンとはなんと脆弱な。なぜ神はこのような脆弱な種族に勇者の地位を与えたのだろうな」
「脆弱ゆえに、でしょうな。魔族にとって、我々は蹂躙するしか存在意義のない種族のようですから。では」
世界樹を守るエルフの村。そこに住む者達の、なんと見目麗しく若々しいことか。この長老にしても、俺よりはるかに若く見える。二世代前の勇者を知っているというから数百年は生きているはずだが、その姿は青年といっていい。もっとも、俺が…俺達『勇者パーティ』が、魔族を追い出し、世界樹を取り戻すまで、だいぶ衰弱していたらしいが。
魔物から得られる魔石には、世界樹からの魔力を制御する機能がある。付与魔法次第では、より純度の高い魔力が得られ、更なる長寿と不老が確約される。基本的には階級のないエルフの民であっても、利権をめぐって争いになることは珍しくない。魔石を有力者達に渡すことは、この村のエルフならば皆知っている。私利私欲ばかりに使えば、世界樹を守る魔法陣の復興には足りなくなる。だからこそ、魔石を多めに渡したのだ。
「さて、村の出入口に急がないとな。パーティ仲間が待っている」
半年前に母国の王都で結成された魔王討伐パーティは、勇者である俺、ジェイドと、聖女サリー、魔導士ロキ、僧侶シンの4人で構成されている。ロキの黒魔法、シンの白魔法は攻撃・防御共に強力で、剣士である俺は、一応は前衛であるものの、魔法発動の時間稼ぎや数多くのザコにトドメを刺すことに特化した支援攻撃が多い。勇者としては地味であるが、いずれも重要な役割だ。
サリーは回復役だが、聖女にしては魔力量が極めて少なく、戦闘時ではもっぱら、事前に合成したという回復ポーションを投げるのが定番だ。初めて会った時は、なぜこんな少女が聖女として神に選ばれたのか不思議であったが、回復役としては十分な活躍をしている。しているのではあるが。
「ジェイド、長老と何を話していたの?」
「何って…世界樹やこの村のこれからのことを話してきたんだ。そう、言ったろ?」
「…あんな奴、魔族に殺されてたら良かったのに」
「サリー! なんてことを言うんだ!」
「うるさいわね。ホントのことじゃない」
村の出入口の近く、世界樹の葉がわずかに舞い散る場所に、サリーは立っていた。今年で16歳のはずだが背が低めで、ドワーフの女性と言われれば納得してしまうかもしれない背格好だ。もっとも、それはぱっと見の話で、よく見ればまごうことなきヒューマンであり、そして、整った顔立ちの美少女である。スタイルも、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。その魔力量の低さと、キツい言葉遣いさえなければ、聖女としての資質は備えていると言えるだろう。
「で? どれだけの魔石を渡したの?」
「どれだけも何も、全部だ。お前達が予備として持っているものを除いてな」
「…なんですって!? 防御の魔法陣を発動させるだけなら、数個程度あればいいはずよ!?」
「サリー、世界樹を守ってきたのは長老達だ。魔族に苦しめられてきた分、報いがあったっていい」
「あの魔石は、私達パーティが半年の間に獲得してきたものよ!? 報いっていうなら、私達が使うべきじゃない!」
「俺達が持っていたところで何になる? ヒューマンの街に行けば金にはなるが、しょせんはそれだけだ。エルフ達の方が、よほど理に適った使い方ができる」
「上から目線の連中を不老不死にすることの、どこが理に適ってるっていうのよ!?」
また、始まってしまった。サリーは、俺がこうして解放した街や村の復興のために奔走することを、快く思っていない。いや、むしろ憎んでさえいるのではないだろうか。おとぎ話で伝えられるこれまでの勇者がかなり美化されているから、そのギャップに耐えられないのかもしれない。
実際、サリーが聖女として王城に現れた時は、その美少女っぷりを遺憾なく発揮すると共に、そのわがままっぷりも遺憾なく発揮していた。出自の詳しいことはわからないが、よほどいい所のお嬢様だったのだろうか、国の重鎮である貴族達どころか、国王にすら反抗的だった。既に40歳近い冒険者あがりの庶民の俺には、恐れ多くてとても真似ができない言動だった。
「ほんっとに、なんでこんなのがSランクなのよ…! 冒険者ギルドも頭おかしいんじゃないかしら」
「『勇者の紋章』が影響していたかもしれないのは否定しない。だが、実力だぞ? 前にも言ったが、この『勇者の剣』は王家のものだからな。魔王討伐のために借り受けるまでは、普通の剣で戦っていた」
「…っ! そんなものがあるから、あなたは…!」
俺の右手の甲に『勇者の紋章』が現れたのは数年前だ。普段は指出しグローブをはめているから他人に指摘されることはなかったし、ずっと旅をしながら冒険者をやってきたから家族はおらず、宿の部屋で自分が見る分には、何かのアザぐらいにしか思っていなかった。それが、王城でSランク昇任の儀式をした時に、礼儀としてグローブを脱いで出席したら、このアザが『勇者の紋章』であることを国王自らが指摘したわけだ。
「そんなことより、サリー、お前の魔力量が未だ微々たるものであることの方が心配だ。魔力制御の練習とやらは毎日しているのか? 剣士の俺にはよくわからないが、ロキやシンがいうには…」
「なに、私が聖女であることを疑ってるの? もう一度見せようか? 『聖女の紋章』」
「いい! だから、こんなところで服を脱ごうとするな!」
「ふんっ、意気地なし」
「そういう話じゃないだろ!?」
王城で初めて会った時、聖女であると自己紹介したサリーを訝しんだ俺は、いきなりその場で服を脱いで『聖女の紋章』を見せつけられ、大いに狼狽した。とはいえ、彼女の胸からヘソのあたりまで伸びたそれは、極めて神秘的な輝きを放っていた。
「あーあ、これだから、いい年こいて童貞のおっさん勇者はよー」
「ロキ、それはいつか自分に跳ね返るかもしれません。因果応報というでしょう?」
「けっ、妻帯者だからって偉そうに。なんだよ、シンはジェイドの肩を持つのかよ?」
「まさか。Sランクという称号や勇者の紋章にあぐらをかいている者に、吾輩は同情などしません」
「かかかっ、あぐらをかいているとは言い得て妙だよな。勇者とは名ばかり、くそつまんねー権威にしがみついているだけってな!」
「その通り」
「…」
いつの間にか近づいてきたロキとシンにも、酷い言われようである。ふたりとも実力はあるが、サリー同様、なにかしら反抗的な言動が目立つ。俺を非難するのは構わないが、Sランクという称号にしても勇者の紋章にしても、国王が認定しお墨付きを与えたもの。それらをないがしろにするような発言は、国家への反逆と捉えられかねない。それは俺が何度も注意してきたことだが、相変わらずの態度である。既に18歳になったロキもそうだが、30歳になり故郷に妻子もいるシンまでがこうだというのだから頭が痛い。魔法学院や修道院というのは、このような者達を輩出するようなところなのだろうか?
「とにかく、次の攻略対象はいよいよ魔族領だ。ここに来る前に寄ったドワーフの村に行くぞ。こうしている間にも、まだ解放できていないビーストの…」
「…もう、いい」
「サリー? なんだって?」
「もういい、って言ったのよ」
そう言ってサリーは、空から舞い降りてきた世界樹の葉を一枚、手に取る。
「『バインド』」
ビシッ
なっ…! 身体が、動かない…!?
「おい、サリー!?」
「最初から、こうすれば良かったのよ。そして、エルフの長老達から魔石を奪って、私が世界樹の防御魔法陣を発動させて…」
「何をバカな! 最低ランク…Fランクの魔力しかないお前が、そんなこと…!」
「なら、そのFランクの束縛魔法を解いてみせなさいよ。勇者とやらの力で」
「くっ!」
右手の甲に魔力を集め、『勇者の紋章』を発動させる。俺は魔法は使えないが、紋章による一時的な魔力放出で、たいがいの魔法攻撃は打ち消して…。
「…な、なぜだ!? いつもなら…」
「それが、あなたの実力なのよ。Sランク冒険者の勇者さん」
「さ、サリー…!」
どうあがいても動けない俺に、サリーは目をキッとさせて俺を見据え、そして、『宣言』した。
「ジェイド、あなたみたいな無能はもう要らない。パーティからさっさと出ていきなさい!」