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麻痺  作者: 葉月雨音
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縁(えにし)2

同窓会はそれ程遅くはならなかった。

美樹は次の日パートの仕事があることと、少々飲み過ぎたこともあり、時間通りに迎えに来た誠人の車に乗り込んだ。ドアを開けながら「ありがとう」と言っただけで美樹は目を瞑りシートを倒した。

誠人は美樹に話しかけようとしたが、それを拒むかのような空気を感じ、何も言わず自宅まで車を走らせた。


「着いたよ」

誠人の言葉に美樹は「うん」とだけ返事をして、車を降り先に玄関のドアを開ける。

そして誠人と会話することもなく寝る準備を済ませ、子供が寝ている寝室へ向かった。


誠人は美樹との会話がめっきり少なくなったのは何時からだろうかと、誰もいないリビングのソファーに座り、テレビから流れるニュースを見るとはなしに缶ビールの蓋を開けた。



翌日、美樹はパート先の休憩室でスケジュール帳に挟んであった一枚の名刺を取り出した。

雪彦の名刺。

そこには職場の電話番号とともに、彼の携帯電話の番号とメールアドレスが記載されている。

美樹は一文字ずつ自分の携帯電話に雪彦のメールアドレスを打ち込んでいく。


「昨日は久しぶりに会えてとても楽しかった。お兄さんに会えなかったのは残念だったけど。今度食事にでも誘ってね。美樹」


美樹は本当の気持ちが表に出ないよう、雪彦の気持ちを煽るようなメールを送った。

きっと雪彦はすぐに返信をくれるだろう。美樹は昨日の雪彦の様子を思い出していた。


その日の夕方、美樹の携帯からホイットニー・ヒューストンのオールウェイズ・ラヴ・ユーが流れ、メールの着信を知らせる。


「こんにちは メールありがとうございます。」


「こんなに早く連絡をくれるとは思いませんでした。」


「明日の朝まで勤務なので仕事が終わったらメールします。」


たった三行しかない雪彦からのメールに美樹は心臓の鼓動が早まったのを感じる。


「お仕事頑張ってね。」


一言だけ雪彦の携帯に返信した。

この一言だけで雪彦の気持ちに入り込むには充分だと美樹は確信していた。

きっと雪彦は仕事中も自分のことを考えているに違いない。

いや、昨日から雪彦のことをずっと考えているのは自分自身だ。

美樹は罪悪感を伴うこの胸の高鳴りを、自分では抑えることができないような気がした。

そして明日には二人の秘密めいたメールのやり取りが始まるであろうことも美樹は感じていた。


付き合った期間を含めると十三年間一緒にいる誠人には特に不満があるわけでもない。

家事や子育てだって嫌な顔をせず手伝ってくれる誠人には感謝をしている筈だった。

生活に不自由している訳でもない。

パートの給料は全て自分の自由になるお金だ。

しかし、子供ができてから「ときめき」を失ったのは間違いない。

代わり映えのない毎日が不満だったのかもしれない。美樹はそう思った。

そんな時に現れた昔の彼氏の弟。見た目も兄弟なのでよく似ている。

百八十センチを越える身長と、俳優を思わせる甘いマスク。

自分の旦那は「いい人そう」と友達には言われるが容姿を褒めらたことはない。

恋愛体質だとは思わないが、少しくらいときめいてもばちは当たらないと正当化している自分に気づく。

美樹はドラマと現実の違いを判っていると思っていた。

ただ一瞬だけ、ドラマのヒロインのようになれたらと心のどこかで思っていたのかもしれない。


夕日が差し込むリビングで陽の当たらない場所を選んで座る美樹。

そこへ仕事を終えた誠人が、開けっ放しの扉からリビングに入って来た。

「今日はもう終わり?」

美樹はなるべくいつものように尋ねる。

「もうサッカーの練習が終わる時間だろう?迎えに行ってくるよ。」

壁にかけてある時計を見ると、針は六時を指している。

「あ、お願いね。私は晩御飯の支度をしてるから。」

そういうと美樹は携帯を握りしめ、キッチンへと向かう。

誠人は美樹の表情が少し固いことに気づかず、テーブルに置いてあった車のキーを取ると、そのまま玄関を出た。


車のエンジン音が遠くなっていくのを聞きながら、美樹は冷蔵庫から食材を取り出す。

キッチンでしなければいけないことがあるのは解っているのだが、何故かそれに集中できない。

美味しいものを食べることは好きなのだが、料理は得意ではないことだけが理由でないことは気付いている。


また雪彦のことを考えていた。


美樹は自分がアイドルに夢中な中高生みたいだなと少し可笑しくなった。

あと三十分もしたら誠人は子供を連れて帰宅するだろう。

ふと現実に引き戻され、玉ねぎの皮を向き始める。

日常に少しだけ張りが出たような気がした。

学生時代のようにまた走ってみようか。そうしたら雪彦と共通の話ができるかもしれない。

明日メールが来たら、今のランニングシューズの流行を訊いてみよう。

そんなことを考えながら、美樹はみじん切りにした玉ねぎをフライパンに移した。





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