表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
麻痺  作者: 葉月雨音
1/2

縁(えにし)1

なぜ主婦は不倫に走るのか。その不倫はどのように行われているのか。そして不倫がもたらす惨めな結末をリアルに書き上げたいと思います。

八月七日午前二時、激しい雨が窓を叩く。


彼が眠れないのは、北海道らしからぬ湿度と気温のせいではない。


彼が寝るベッドのシーツは生温かかった。


この部屋の温度は、隣の部屋で眠っている妻の体温よりも高いのではないかと、彼は妻の温もりを記憶から呼び起こそうとしたが、今となってはもう忘れてしまった。


結婚して二十年目の夏である。


彼の名は誠人まこと、四十五歳。自宅で企業のホームページの管理やパソコンの修理を請け負いながら、休みの日には近所のサッカースクールのコーチをしている。

特にサッカーが好きではなかった少年時代ではあったが、誠人が社会人になった頃にJリーグが始まり、結婚して自分の子供ができた頃に日本でワールドカップが開催された。

そんな盛り上がりの中で子供にサッカーを習わせ、あわよくばプロにと夢を描いた親の多かったこと。御多分に洩れず、誠人もそんな親の一人であった。

しかしそんな親の夢は儚くも破れ、我が子はいつの間にか高校を卒業した。だが、自分の子がサッカースクールを卒業してからも人手が足りないサッカースクールの手伝いを頼まれると、人の良さなのか、ただの子供好きなのか、自分の時間を潰してサッカー選手を夢見る子供達との時間を過ごした。


一度目は九年前、誠人の妻が三十八歳の夏のこと。彼女が高校時代に所属していた陸上部の同窓会で再会した、一つ年下の男だった。


妻の名は美樹。誠人より二つ年上の四十七歳。結婚した頃に胸の辺りまであった長い髪は、出産を機にバッサリと切り落とされ、今ではショートカットになっている。それは活発な美樹に似合わないわけでもなかった。

ただ、誠人の好みとは違う点を除けば。

美樹は見た目は誠人よりも若く見られることが多く、週に三回行っているスーパーのパートでも同年代から羨ましがられる程だ。その度に美樹は優越感に浸るのである。


高校時代の美樹は、大きな瞳と笑顔が可愛らしい女の子で、男子生徒の憧れの存在だった。

付き合っていた男子はもちろんいたのだが、同窓会で再会したのは、その頃付き合っていた彼氏ではなく、同じ高校に通う一つ下の彼氏の弟だった。

その弟も高校時代、他の男子と同様、美樹に憧れを抱いていた一人だ。


同窓会の席でも美樹はその頃と変わらず、同期の男子の視線を独り占めしていた。

そんな中で兄の彼女だった憧れの人に、男はそのころの自分の気持ちを伝えたくて仕方なかった。


「お兄さんは元気?」

先に話しかけたのは美樹だった。

男は、兄は仕事の都合で出席できなかったこと、そして兄の近況を美樹に伝えた。


男の名は雪彦。学生時代は陸上で全日本クラスの大会に出場し、その体力を買われ高校を卒業後、警備会社に就職。今でも年代別の大会では上位に入賞の活躍をしている。

日に焼けた顔と日頃からトレーニングされたその体つきは、体脂肪率が一桁であることは想像するに難しくはなかった。


「美樹さんも高校の時と全然お変わりなく。」

雪彦は社交辞令ではないのだと付け足したい思いを隠すように話しかける。

「他の男子は別人みたいで名前を聞いてびっくりするけど、雪彦君は昔のままだね。」

美樹は弟としか思っていなかった雪彦に男を意識してしまったことを覚られぬよう「昔のまま」を強調する。それは自分自身への警報であることに間違いはない。


二年に一度開催されているこの同窓会には、美樹は結婚する前に一度だけ出席したことがある。

その時は同期の女友達と恋話で盛り上がり、他に誰が出席していたかはほとんど憶えていない。


しかし、その時のことを美樹の服装まで鮮明に憶えていたのは雪彦だった。


「よくそんなことまで憶えているね。なんか可笑しい。」

美樹は雪彦を見ながら笑う。

雪彦の口から語られたことは、もう10年以上昔のことだ。

「まるでストーカーだね。」

そう言うと、美樹は自分に好意を持っていたことを確かめるように、雪彦の顔を覗き込んだ。

「ええ、大好きだったんですよ!彼氏が僕の兄じゃなかったら、告白してましたよ。」

雪彦はなるべく冗談に聞こえるよう、声のトーンを高くして話をした。

それは自分には妻がおり、小学生の女の子が二人いて、自分には家庭があるという自覚がそうさせたのだ。


「そうだったんだ。ありがとう。」

久しぶりに胸が高鳴る感覚に戸惑いつつ、にっこり笑いながら、冗談でも嬉しいわと返す美樹。

こんな気持ちはいつ以来だろうかと、雪彦と話をしながら記憶を辿る。


「みきーっ!」

奥のテーブルから同級生に名前を呼ばれ、それに応えるように美樹は左手を軽く挙げる。

「向こうで友達が待ってるから、またね。」

と、その場から立ち去ろうとする美樹に

「これ僕の連絡先です。時間があれば食事でもご一緒に。」

雪彦はヴィトンのカードケースから名刺を一枚取り出し、少し緊張した面持ちで手渡した。

時間があれば食事でもというのは大人のやりとりである。

雪彦は食事だけなら、お互いのパートナーにとやかく言われることもないだろうという免罪符のような言葉を美樹に投げかけたのだった。


そう、食事だけなら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ