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SEASON  作者: うさみかずと
spring season
5/62

港経済大学戦1

りかこを抑えてから久留実は圧巻の投球だった。真咲に助言されたプレートの位置を少し変えるだけで昨日のことが嘘の様に打者を翻弄できた。詩音を内野ゴロに仕留めた後、美雨を三振に打ち取り、一イニングを完璧に抑えることが出来たのだ。ピッチャーは一イニングごとに変わり次はりかこがマウンドに上がる。久留実はライトの守備位置につき、じっとりかこの球筋を見ていた。先頭バッターはあんこだ。右バッターのあんこは、オープンスタンスでバットを頭の後ろに構える。りかこが投じた初球はストライクからボールになるスライダーだった。ストレートを狙っていたあんこの打ち気をそらすナイスボールだったが、体勢を崩しながら左手一本で反応して、センター前にボールを運ぶ。あのコースは、通常なら引っ掛けてゴロになるのだが、左手首が返らずに最後まで残っていたからこそ外野までボールを運ぶことが出来たのだろう。改めてあんこの非凡な打撃センスに驚かされる。

「りかこさん。ナイスボールでした。なんかすみません」

「うるさいわ、静かにしてなさい」

 りかこの機嫌が悪くなり、とばっちりがこちらにくることを恐れた久留実は、あんこが恨めしく思うときがある。

 バッターボックスに入る前に翔子があんこにサインを送る。セオリー的にバントの可能性が高い。左ピッチャーのりかこはファーストにけん制を一球投じて頷いた。セットポジションからクイックモーションで投じる。あんこのスタートが少し遅れた。インコース高めのボールを翔子はセオリーどおりバントをする。一塁方向に転がるナイスバントになったと思ったが、りかこは投球が終わると同時に一塁方向にマウンドを降りていた。素早く捕球をするとそこからが速かった。振り向きざまにセカンドベースにストライク送球。しかもステップなしの送球だった。カバーに入ったショートのソフィーが流れるようなグラブさばきでそのままファーストに送球をしてアウト。ダブルプレーで一気にツーアウトランナーなし。わずかに二球で簡単にピンチを切った。次のバッターもサードゴロに抑えて、涼しい顔してマウンドを降りる。

 

「お疲れ様でした。じゃあこれからは各自の反省練習にするね。以上全体解散」

 練習が終わると上級生たちは自由だった。そのまま練習する人やすぐに帰宅する人とさまざまだ。久留実はというとはあんこをキャッチボールに誘っていた。

「久留美ちゃん。今日凄かったね」

 自分のことのように喜ぶあんこは久留実から唯一ヒットを打っている。アウトコースの球を逆らわずに右方向に打たれた。

「でも、あんこに打たれたよ」

「たまたまだってば、ほら久留美ちゃんの球が速いから当てただけで飛んでくんだよ」

「あんこは、野球好きなんだね」

「うん。大好き」

 クールダウンのつもりがいつの間にか塁間まで下がり七割くらいの力で投げている。

「あんた、試合前に肩つぶすつもり?」

 振り返るとアイシングを施したりかこが立っていた。あんこに戻ってくるように言うとキャッチボールを中断するように指示する。

「ピッチャーの肩は消耗品なんだからしっかりケアしないと、休み肩だから今は軽いけど連戦になったら上がらなくなるわよ」

「す、すみません」

 それだけ言ってりかこはアイシング道具を貸してくれた。ベンチに座り少し熱くなった右肩をアイシングで一気に冷やす。

「肩、肘だいたい十五分でいいわ。終わったら、洗ってあそこのバックに片付けておいて」

 久留実は中学生のころからアイシングをしていなかった。肩の強さに自信があり、どんなに投げても痛くはならなかったからかもしれない。

「久留実ちゃんアイシング中ごめんね、明日以降の授業の予定教えてくれる?」

 真咲が隣に腰を下ろして尋ねてきた。金曜日までの予定を伝えるとメモに書き込んで「ありがとう」と笑顔で言った。

「どう久しぶりに打者を抑えた気分は?」

「まだ、実感はあまりわきませんが、とても楽しかったです」

「よかった。それでね土曜日の港経大の初戦なんだけど先発お願いね」





四月某日 川口市某球場。

 人工芝の綺麗な球場だ。外野にはラッキーゾーンがあり、フェンスを越えなくともあそこを越えればホームランになる。土のグラウンドに比べると芝のグラウンドは、イレギュラーが少ないこともあり打たせて取るピッチングスタイルのりかこに有利な環境だ。しかし、相手チームの予想に反しマウンドに上がったのは久留実だった。先発を宣告されてから急ピッチで仕上げたため、行けるところまで行く作戦で秋季リーグで連投したりかこの負担を少しでも減らす目的もあるらしいが、久留実はマウンドを任されたからには最後まで投げぬくつもりだ。

「昨日も言ったように港経大のピッチャー西口は、ストレートよりもゆるい変化球でコーナーをつく軟投派のピッチャーです。緩い変化球は一拍ためてひきつけて逆方向に打てば大丈夫だよ」

 整列前の円陣で真咲の激が飛ぶ。審判たちがお互いに挨拶を終え懐かしい緊張感が伝わってくる。

「くるみちゃん。三振ばんばんよろしく」

 整列準備で横に並んでいるとき隣のあんこが背中を叩いて言った。

 「集合」のかけ声と共に両チームが向かい合いキャプテン同士が握手を交わして健闘を称えあう。

 お互いに礼を交わして勢いよく自陣ベンチに戻る。

 電光掲示板にスターティングメンバーが発表されるとバックネット裏に陣取った各大学の偵察にきていた選手たちがざわつき始める。

 

 光栄大学

一番センター    新庄

二番セカンド    安城

三番ショート    佐藤

四番キャッチャー  早乙女

五番レフト     織部

六番サード     鈴木

七番ファースト   立花

八番ピッチャー   咲坂

九番ライト     堀越

 データのない選手が二人もスタメンで、絶対的エースのりかこさんが先発ではないからだ。

「なんだよ、久留美。緊張してんの? じゃあ初々しい久留美ちゃんのために先制点をプレゼントしちゃおうかな~」

 そう言って私の頭をポンと叩いた詩音は笑いながらゆっくりと打席に向かう。

「詩音さん、先頭出塁お願いします」

 久留実がそう言うと肩に乗せたバットを少し上げて左打席に入った。

主審の腕が上がる。

「プレイ!」

 負けられない初戦が始まった。


「良い一番バッターの条件ってなんだと思う」

 久留実は練習後のグラウンド整備の時間に詩音に尋ねたことを思い出していた。

「やっぱりピッチャーの球種を見て、球数投げさせることですかね?」

「なるほどね。あんこはどう思う?」

 二人の話を立ち聞きしていたあんこは待ってましたと近づいてくる。

「私は絶対出塁ボールを見極めてフォアボール。走って走って相手をかく乱です」

 詩音は、首を縦に動かしている。

「二人の考えはよく分かった。一番バッターに大切なことをよく理解している」

 トンボを肩に担いで詩音はベンチに向かって歩き出す。

「私が思う良い一番バッターの条件はね……ずばりプレーボール直後の初球を迷いなく打つこと」

そう言って勢いよく振り向くからトンボの先があやうく二人の顔面に当たりかけた。危ない、危ない。

「なんかもったいない気がするな。だって打ち損じたら一球でアウトですよ」

 あんこが首をかしげながら指摘すると詩音は、待ってましたと言わんばかりに笑った。まるでおもちゃが欲しくてだだをこねていた子供に親がとうとう心折れて「分かった。買ったげる」と言ったときにさっきまでのことが何にもなかったかのように元気になる。そんな屈託のない笑顔のまま二人を見て言った。

「久留実に質問です。ピッチャーはプレイボール直後の先頭バッターに初球の入りはどう意識しますか?」

「そうですね、プレイボールに関らず先頭バッターには必要以上に意識します。投球はリズムが大事ですからストライク先行でなるべくカウントを悪くしたくないですね。打たれることより、フォアボールでランナーに出したくないので初球は自信のあるボールで確実にストライクをとりに……あっ」

「あっ」

 二人はお互いに目を合わせた。詩音は、「気がついたかい」とに言って肩に乗せたトンボを下ろした。

「そう実はそこが盲点。バッターにとって最初のウィークポイントはまさに初球。ピッチャーは、ストライクを取って早く楽になりたいからね。私はそこを狙う。そうだ面白い話をしてあげる」

「面白い話?」

 ここにきてあんこの食いつきが凄い。この向上心の塊は貪欲に自分にない人の感覚をスポンジのように吸収しようと目を輝かせる。

「日本人メジャーリーガーのイチロー選手が、なぜ一五〇キロを超えるまして一四〇キロ近い変化球を投げるピッチャーの球を年間二百本もヒットできると思う?」

「足が速いから、内野安打が多いとかですか?」

 なんとなくそう答えた。詩音は、「それもあるが私の見解だと少し違う」人差し指を立てる。

「イチロー選手はフォアボールが少ない。なぜならストライクゾーンにくるあまいボールを積極的に打っているからなんだ」

「なるほど。甘い球がくる確率が高いのが初球というわけですね。さすが詩音さん経済学部で統計学を専攻してるだけありますね」

 あんこの大げさなリアクションに詩音は頬を赤らめる。

「まさに好球必打ですね」

 回想終わり。試合に視線を移す。

 詩音はゆらゆらと体を前後に揺らしタイミングとる。港経大のピッチャー西口は右のスリークォーター。その初球の入りは、緩い変化球だった。詩音は右足を一度左足の近くにステップして再度踏み込んだ。足を高く上げないアベレージヒッターに多いすり足タイプの打ち方だ。

 打球は一、二塁間を抜けてライト前ヒットになる。浅いオーバーランから一塁ベース上に立つと、したり顔でピースサイン。ベンチは拍手喝さいの大盛り上がり最高の口火を切った。

「師匠が作ったこの流れものにしちゃうよ」

二番のあんこは落ち着いていた。ピッチャーの初球をしっかりと一塁側にバントで転がしてランナーを二塁に送った。送りバント成功だ。

「ナイスバント」

「えへへ」

 ベンチに戻ったあんこを全員でハイタッチしてソフィーの打席を見守る。ソフィーは、バットを二、三度振ると満面の笑みで打席に入る。肩に担いだバットをポンと叩いて腕を伸ばすバットは高さを変えずに顔の横に構えた。西口は足元のロージンバックを必要以上につけまくり警戒していた。

「ソフィー、完全に長打を狙ってるわね」

 りかこは、嬉しそうににやにやしながら言った。ベンチに漂う得点の雰囲気に久留実は身震いする。

 快音響いた打球は左中間をライナーで抜けた。打球は勢いよくフェンスにワンバントであたり詩音は一気に三塁を蹴った。ボールは中継に入ったショートからホームに帰ってくることはなくソフィーもゆうゆう二塁を陥れた。先制点。

「な、私の言ったとおりになったろ」

 詩音は、高々と右手を上げる。

「ナイスバッティングです」

 ぱちんと叩いた手と手が気持ちのいい音を鳴らした。その興奮も冷めないうちに四番の真咲がフェンス直撃打を放ちあっという間に二点を奪った。


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