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SEASON  作者: うさみかずと
~始まりのSEASON~
2/62

咲坂久留美です!

講義が終わるといつも無意識にグランドのほうに引き寄せられる。

バックネット裏にある少し離れたベンチに座り隠れるように硬式野球部の練習を見学していた。

マウンドから投げるピッチャーの姿を見ると、止まっていた心臓がきゅうに動き出した感じがした。そして同時に一抹の不安を感じるのだ。実戦練習が始まる頃にはわたしは逃げるようにグランドをあとにして帰宅する。

どうしたらいいかわからなかった。

 すっぱりやめてしまえば楽になる気もする。

 まだまだあがき続けたい気もする。

 どちらを選んでも満たされないのだ。だから今日も気がつけばグランドのそばをふらふらしている。混沌の迷路に迷い込んだみたいに暗い道のなかを手さぐりで出口を探している。

 カン

 ナイスバッティング

 甲高い声と気持ちの良い木の音が聞こえた。ピタッとあしを止める。

「男子じゃない」

 久留実は思わず一歩踏み出す。さっき聞こえたこえは、おそらく女の人の声だ。バックネットに近づくにつれ音はおおくなっていく。 しっかりグランドをのぞいたのは、それが初めてだった。

 いつも男ばかりのグラウンドに女の子が10人と少し、試合形式のバッティング練習をしている。

「ツーアウト二塁一本ホーム投げてこいよ」

 そうナインに声をかけてセットポジションからピッチャーは投球モーションにはいる。サイドハンドぎみのフォームから投じたアウトコース低めのボールをバッターは、踏み込んで右方向に打った。セカンドの頭上を越えてセカンドランナーが一気に三塁を回る。クロスプレーになる。そう思われたがランナーは、キャッチャーのタッチをひらりとかわしホームを滑った。久留実は拳をかため目を見開いていた。久しぶりに興奮していたんだと思う。

「今月2本目のタイムリーヒットだ」

 やったーと一塁ベース上でぴょんぴょん跳ね始める。

「あんまり調子に乗らないことね」

 不機嫌そうな声が答え、帽子を外した。長いきれいな髪が風になびく。

「いいじゃないですかー練習なんですから」

「よくない。相手に対して失礼だ。それにいまのは、少し抜けたのよ。ベストボールじゃないわ」

「打たれたからってそういうのは大人気ないでーす」

「はぁ?」

「なんでもないですよー」

 けらけら笑う小柄な子がヘルメットをとり、ふう、と赤くなった頬の汗をぬぐい、丸い瞳が何気なくこっちを見て、

「あーー!」叫んだ。

「わっ!なにあんこいきなり」

「うわああああはははあ」

 マウンド上の女の人のこえを無視してすごい勢いでかけてきた。

「きみ一年生だよね」

 ネット越しにすごいテンションで聞いてくる。

「はい」

「もしかして入部希望だったりする?」

「え、あのちょっと見ていただけなので」

「あ、見学ね。そうだよね……まず見学だよね。もっと近くで見てってよ」

「いえ、もう失礼し」

「見てって、ね」

「はい」

強引にせめられては仕方なく頷いてしまった。

「あ、あたし、安城こなつ。経営学部一年。あんこって呼んでね」

 半ば引きずるようにして久留実をグランドに連れ込みながら、思い出したようにその人は言った。

「同じ学部だ」ため息を漏らす。

 いやな予感しかしない。

「あんこ、だあれその子」

 なんとなくグランドに入るとさっきマウンドにいた人がゆっくりと近づいてきた。

「待望の新入部員ですよ。」

「いえ、まだ、見学だけで」

「あんこ、あんた無理やり連れてきたわけじゃないわよね」

「まさか。そんなわけないじゃないですかー。ねー」

「いや、強引に連れ込まれました」

 あんこがこっちをじっとにらんだ。言うとおりにしろ、と顔に書いてあった。なんて身勝手な。

「だめよ。無理やり入部させてもすぐ辞めるわ」

 と、ロングヘアーのさっき打たれた人。

「りかこさん。わかってますか? 今年一年生わたししか入部しなかったらどうするんですか」

「べつにわたしはかまわないわ」

「危機感持ってください新入部員が一人だけだったらどうしてくれるんですか」

「ひとのせいにするなー」

 りかこがゲンコツを振りかぶると、あんこがけらけら笑って逃げた。その光景を目にして久留実はなんだか少し羨ましい気持ちになる。

「あなた名前は?」

 小学校の親睦レクみたいな質問。

「咲坂です。咲坂久留実」

「かわいい名前だね」

「ふーんじゃあポジションは?」

 りかこは間髪入れずにきいてくる。気がつけば守りについてた人たちが周りに集合していた。

「ピッチャーでした。」

 ピッチャーときいてりかこの目つきが変わる。

「あっそ、持ち球は?」

「まっすぐだけです」

「え、なんて聞こえない」

「まっすぐだけです」

 今度は、大きな声で答えた。

「はい。素人決定。さあみんな練習に戻りましょう」

「りかこさん、きついですよ。どんだけ余裕ないんですか」

「お前な……」

 口をとがらせてプルプル震えるりかこ。あんこは、度胸があるというか、ただのお調子者なのか。

「真咲さんがいないのに私にどうしろっていうの」

「とりあえず投げてもらいましょうよ。あたしユニフォームの替え持ってますから」

「ちょっとまって思い出した咲坂久留美。栄西シニアのピッチャーで数々のタイトルを獲得した天才少女。高校では名前は聞かなかったけどまさかね」

 久留実にとっては過去の栄光。わずらわしい過去の。

「昔のことです。それに高校では野球部を途中でやめました」

 はっきりと言った。

「それで過去の栄光ひきずって大学野球やろうってわけ、なめられたものね……でもいい機会だから投げてもらいましょう。勘違いちゃんに現実をわかってもらうのも大切よね」

 りかこは、ベンチにある予備のグラブを手渡した。

「大学野球は奥が深いわよ、天才少女」

 大変なことになった、と思った。

 中三の夏の関東大会以来、バッターに向かってボールを投げてない。おじいちゃんが死んだ三月からは、キャッチボールすらしていない。ボールを触ってない一ヶ月なんて久留実にとってはありえないことのに、よりによってこんなときに実戦なんてできるわけがない。できることなら帰りたい。とは言ってももうユニフォーム着てしまった、りかこは眉間にしわを寄せて睨んでいる。もうやるしかなさそうだ。

「サインはどうする? ってまっすぐオンリーか。カッコいいね」

 いきなりマウンドにあがる久留実をなだめるようにサインの交換をしてくれた。

「すみません」

「いいよ、わたしは楠田翔子。ピッチャーも兼ねていて本職じゃないから基本自由に投げ込んできな」

「はい、ありがとうございます。」

 久しぶりにマウンドから見渡す景色はいい。グラブに眠る硬球を右手で握りしめしっかりと縫い目にかける。

 プレー

「打たしていこくるみちゃーん」

 セカンドの守備につくあんこは楽しそうに声をかける。

「純粋に野球が好きなんだなぁ」つぶやく、久留実とあんこは正反対だ。

「なにをボーとしてるの早く投げなさい」

「はい」

りかこの声で我に帰り、投球モーションにはいる。ワインドアップから一呼吸おいて身体をすこし前後にゆらす。目を開けるとキャッチャーのミットとが見えた。足を高く上げることで生まれる勢いを利用して体重移動をする。地面に足がついた。腕がムチのようにしなる。

 バシーと乾いた音がグランドに響く。

 ストライーク!

 長らく止まっていた時計の針が動き出した。

「な!」

 その場にいた誰もが声を失う。コースはど真ん中。しかしバッターは反応できない。シーンと静まった雰囲気をぶち壊したのはやはり、

「くるみちゃんすごいよあんな速い球投げれるなんて」あんこだ。

「あんこうるさい。あと二球あるのよ黙りなさい。」

 りかこはきりきりした様子で顔を真っ赤にしている。

「のぞみ、あんたもあんたよ振りなさいよ。真ん中でしょ」

「は、はいすいません」

りかこに恫喝され涙目になってるのぞみをあんこはかばう。

「りかこさんいけないんだー。のぞみちゃんいじめたー」

 気を取り直して第二球またもど真ん中。今度は打たれた。久留実の股を抜けてセンター前ヒットになる打球をあんこが飛びついてキャッチし素早く起き上がり一塁に送球すると乱れることなくアウトになった。

「ナイスセカン」

久留実は無意識にそういった。

「えへへー任せなさい」

 ワンアウト。

 アウト一つとったのも久しぶりだ。一ヶ月のブランクはコントロールを狂わせる。それにしても甘かったとは捉えられた。男子でも簡単に打てないストレートを、久留実はただならぬプレッシャーを感じていた。集中してプレートの土を払う。

「ソフィーあなたが打ちなさい」

 りかこはショートを守っている内野で一番背が高い人を呼びつける。

「ワタシ打ッテイイデスカ! ラッキーだね」

 そう言ってニコニコしながらバッターボックスに向かう。二、三回バットを振ると左打席に入った。雰囲気でわかるこのバッターはやばい。ロージンを満遍なくつけて、深呼吸する。久留実は細心の注意を払ってキャッチャーの構えたアウトコース低めを狙って投げる。指先にかかる感覚いいボールだ。ソフィーはゆったりとタイミングをとりはじめ地面に足がついた瞬間バットを振りぬいた。スイングスピードが予想以上に早すぎて久留実はバットの軌道が見えなかった。乾いた音が響き咄嗟にうしろを振り返る。打球はあっという間に左中間を切り裂いた。

「くるみ、三塁ベースカバー」

 翔子の声でカバーに走るが間に合わずバッターは三塁でストップ。あそこまで完璧にとらえられたことは一度もない。

 その後のピッチングは散々なものだった。スリーベースを打たれた久留実は完全に集中が切れて投げる球は全てボー球と化し打たれに打たれまくった。

「どう火だるまになった感想は?」

 マウンドに立ちすくむ久留実に近いてりかこは言った。

「やっぱりダメでした。すみません練習の邪魔して、もう帰ります」

 もう何回こんな思いをしたのか、イニングの途中でマウンドを降りるのは一番つらい。

「待ちなさい」

 りかこの呼びかけに振り返った。

「あなたが野球に対してどう向き合ってきたかなんとなく分かったわ。本当にやる気があるなら明日講義が終わったら河川敷のグラウンドに来なさい」

「……」

「咲坂さんみんな待ってるからね」

「マタ勝負シヨウ」

 涙を隠してグラウンドを去る久留実を先輩たちは笑顔で見送ってくれた。


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