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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

フリークフレーク

作者: 空見タイガ

 監獄ではなかった。青空を仰ぎながら、寄宿舎のルームメイトである 石尾妙鬼(いしおみょうき)と共に校門をくぐる。

「おれってバカだかんね、善いことができないんよ。結局よ、常に最善を尽くすのが一番たいへんよ? 気が抜けないし、頭を使うし。ところが悪いやつってのはよ、あらかじめ決まっていることを破るだけでなれるんよ。しかも継続しなくていい。一度だけで悪いやつという称号を得られる。だから何かになりたいけど、なるための努力はしたくない怠惰で刹那主義のバカは悪行に手を染めるというわけなんよ……ま、みながみなおれみたいなバカって決まったワケじゃないけどよ。坂梁も気を付けろよ? 間違えて入学した一般人って言うならよ」

 まだ登校には早い時間だった。早寝早起き先手必勝がウリの石尾に付き添っているせいだろう。見える生徒もまばらだ。刃物をちろちろと舐めながら蛇行しつつ進む女子生徒、バットを引きずりながらゆっさゆっさと歩く男子生徒、談笑しているが誰も目が笑っていない眼鏡集団。石尾が勘違いしたように間違えて入学したわけではなかったが、それでもここに来たことは間違いだと薄々気づいていた。

「ま、何かあったらおれが守ってやんから、そんなに心配することねえけどよ」

 石尾は袖を捲りあげる。頼んでもいないのに触らせようとする逞しい筋肉を見るに、腕に自信があると分かった。今まで観察したところによると、人を傷つけた実績があるようだった。

 近づく校舎を横に、青空から目を離さない。

「守るって、石尾。校則忘れたの?」

「忘れるわけねえよ。この学校が殺伐としているのは、そもそも校則のせいなんだからよ」

「だったらもっと用心してほしいな。僕のせいで石尾が処刑されたら悲しいよ」

「坂梁、おまえ……本当に一般人なのなあ」

 校舎に入り、空が見えなくなる。決して名残惜しいとは思わない。あれは空を映したスクリーンに過ぎない。校舎の他、寄宿舎や売店も含めた学校敷地内はドーム型スクリーンに覆われている。だからそんな偽物が視界から去ってしまうことに何の寂しさもおぼえない。

 偽物だと分かっていてもなお、外に出るたび顔を上げて空を見るのは――現実から目を逸らすためのちょうどよい言い訳に過ぎない。

 

 そういうわけで、高校に入学して一週間目の朝。校門で縊死していた石尾の死体を見つけた僕は、そのまま立ちつくし空を見上げた。

「これは、たぶん……第一発見者、なのか。はあ。発見者になってしまったか」

 学校から貸与された携帯端末をズボンから取り出して、カメラ機能を立ち上げる。第一発見者は現場の写真を撮って学校側に報告しなければならなかった。

 貸与時に既に登録されていた学校のメールアドレスに、通報テンプレートに従った現場の状況説明と写真を送信する。これから先のことは何も知らなかった。校則には「第一発見者は学校側の問い合わせに極力応じるように」と書いてあるのみだ。

 義務は果たしたと、そのまま校門をくぐりぬけて校舎に入ろうとしたところで、肩を叩かれた。そのまま振り返る。一人の男子生徒――ネクタイの色を見るに上級生だろう。細身の眼鏡が立っている。

「君、第一発見者?」

「ああ……いや、そのあたりよく分からなかったのでとりあえず通報しておきました」

「ん? あっ、一年生か。ちょっと待ってね……うん、君が第一発見者みたいだよ」

 上級生は携帯端末の画面を見せた。画面上部のでかでかと書かれた「事件データベース」の題字の下に今日の日付と通報メールの受信日付、発見者の名前とクラス、被害者の名前とクラスが左から右に並んでいる。一番右には「写真1」「写真2」「写真3」とリンクが張られていた。

「坂梁裕……さかはりゆたかで合ってる?」

 はいと答えれば、上級生は学校に与えられた偽名に対して「良い名前だね」と簡素な社交辞令を述べて姿勢を正した。

「私は賢木常博(さかきつねひろ)、この学校の二年生だよ。きつねくんと呼んでね」

「賢木先輩。用件は何ですか?」

「話が早くて結構。今回の被害者である石尾妙鬼くんについて何か聞かせてほしくてね」

「先輩は僕と同じ一般生徒ですよね?」

 うなずく先輩に、携帯端末内にある校則の資料を開いて該当箇所を指した。

「学校側の問い合わせには極力答えるように、とあります。ただの生徒に過ぎない先輩に話をする必要はないでしょう」

 早足で校舎に駆け込もう。足を一歩踏み出したところで、後ろから腕をひっぱられる。予期せぬ事態に思わず振り向いてしまう。そこには腕を掴んだまま胡坐を組んで座りこむ賢木先輩の姿があった。

「坂梁君が話すまで私はここを退かないよ!」

「誰かに蹴り殺されるかもしれないですよ」

「おやまあ、それは困った。確かに私は善良な人間で、よく狙われているのでね」

 校門の方向が騒がしい。他の生徒が登校しはじめていたようだった。先輩を立ち上がらせて、隣にいることを許した。

「あなたは悪いことをしないんですか?」

「ははは。そんなことはしないよ。だって犯罪を突き止められたら、処刑なんだよ?」

 陽気に笑う先輩に、横を通り抜けようとした女生徒はぎょっとした顔を――しなかった。

 

 相次ぐ少年犯罪を受けて刑事処分可能年齢の引き下げが検討されていた時、一人の男が世論を変えてしまった。

「戦時の英雄は平和な世では極悪人です。彼らもそうなのかもしれません。今、その時の判断において悪いことをしているからといって、そのまま彼らを切り捨ててしまうにはあまりにも、惜しい。その能力はいずれ役にたつかもしれないし、何より彼らは行動力に溢れ、機知に富み、若いのだから!」

 その思想を基に作られた学校こそが僕の通う高等学校である。表向きは願書を出して記述式の筆記試験で合格ラインに達すれば入学許可が下りる。実態は犯罪に関わった少年を学校関係者がスカウトする形で生徒の確保を行っている。

 この学校には寄宿舎がある。また、学校敷地内から簡単に出られないようになっている。むろん、外部の人間も好奇心で出入りすることは出来ない。生徒の経歴はもちろん伏せられるし、偽名の利用が義務付けられている。世間に居場所がなく、罪を犯す環境にある子どもたちにとって魅力的な楽園である。しかし、本当に犯罪を嗜む子どもたちを――僕たちを引きつけた条件は、もっと残酷で甘美なものだった。

「まあ安心しなさい。私はただの動機マニアで、特に今回のような単純な事件においてはそもそも出る幕がないから」

 学校敷地内にあるカフェテリアにて、姿勢正しく食事を摂る先輩を見ながらパンにかじりつく。

「単純な事件?」

「私の同級生に糸魚川京太郎という科学部のエースがいてね。今回の事件だったら犯人を突きだすのに、一日も掛からないだろう。彼は積極的な平和主義者だからね」

「だけど、生徒の告発によって学校側につきだされた犯人は処刑されるでしょう。その後押しをすることが平和なんですか?」

「彼は暴力を根絶したいのではなく、平和の維持に努めたいだけだからね」

 賢木先輩は続けて自身の同級生について紹介しはじめ、彼らさえいればどんな事件の真相もつまびらかにされてしまうと断言した。

「動機を収集しているうちに、先輩が事件を解決することもあるんですか?」

「そうだね。優秀な同級生たちを出しぬいて犯人を見つけられた時は、感慨もひとしおで」

「感慨?」

「まあ、それはさておき。今回の事件はそういう豪腕の存在を知らない一年生の起こしたものだろう。ルームメイトだったんだろう? 彼を殺しそうな人間に心当たりはないかい?」

 校門で首をつっていた石尾の姿を思い浮かべて頷いた。

「先日の放課後、体育館裏でクラスメイトの鳩沖志染(はとおきしじみ)と激しく口論をしていました」

「君はそれに同行したんだ?」

「いえ、同行したわけではないのですが、話の内容は聞いています……鳩沖が僕を殺そうとしていたそうなんです。何の取り柄もない一般人だったら殺すのも簡単だろうって」

 説明している内に賢木先輩はにこにことしはじめた。おそらく僕も笑っていた。

「なるほどねえ。実に短絡的な考え方だ。校門につるして見せしめにするのも頷ける」

「あんな自殺のやり方はないですからね」

「君ねえ。君、分かってないよ。自殺に見せかけるわけないじゃないか。坂梁君、君は犯罪者の自己顕示欲を舐めてるよ」

 すぐ斜め前の席から椅子をひく音がした。視線を上げると、天井に向かうようにして硬く伸びたピンク髪が見えた。

「すべての犯罪者が己の犯行に気付いてほしいとは限らないと思いますが」

「誰も辿りつくことのできない海の底で、痛ましい殺人があったとしよう」

 地味な髪の色をした先輩はパンのゴミをくしゃくしゃと丸めて、やや腰を上げた。

「罪はどこから始まるのだと思う?」

「殺した時点で、もう罪なんじゃないですか?」

「私がこのことを君に話した瞬間に、罪が始まったんだよ!」

 テーブルを挟んで話すには少し大きい声量だった。しかしカフェテリアの入口で激しい罵り合いが始まっていたので、注目を受けることはなかった。先輩は完全に立ちあがって争いの方を向いた。

「あれは一年生じゃないか。まったく血の気が多いね」

「争っているうちの一人は鳩沖みたいですね」

「動機が歩いてやってきた!」

 尋ねる前に先輩は両腕をぴたっと体の側面につけたまま、小走りで炎上する人間関係に飛び込んでいった。僕も食べ終えたパンのゴミを丸めて、立ちあがり、カフェテリア内にあるゴミ箱に捨て、近くの自動販売機でジュースを買い、プルタブに指を引っ掛けて、一気に飲み干し、空になった缶を潰し、近くのゴミ箱に捨て、先輩の背後にぴたっと張り付いた。

「鳩沖君。君は石尾妙鬼君に何を言われてカッとなったんだい?」

「賢木先輩、その人は鳩沖ではありません。鳩沖はそこにいるチビの方です。身長百六十三センチ、体重六十二キロ、小学校から柔道一筋でしたが、中学で入部した柔道部で先輩にわざと怪我を負わせて退部、その後はボクシングジムに通っていたそうです。性興奮の対象はいたって一般的なもので、特に巨乳のお姉さんが好きだと考えられます」

「人間凶器だね」

「なんなんだよオマエら!」

 鳩沖は言い争っていた相手を押しのけて、僕の胸倉を掴もうとした。が、背伸びをすることで自動的にその手は緩み離れた。

「オイオイオイ……誰かと思えばオマエ、一般人の坂梁裕クンじゃないか……親友が死んだその日に他のヤツとつるむなんてな……なんて……なんて薄情なヤツなんだ!」

「石尾はルームメイトであって親友ではないから」

「見損なったぜ坂梁クン! 一般人がそんなヘーゼンとした風で、オレはガッカリ、ガッカリだな!」

 ところで、と鳩沖は区切って先輩を一瞥した後に再びこちらを向いた。

「この学校には一般人ヅラしたヤツがたくさんいるんだな」

「まさかこの私のことを言っているんじゃないだろうね? 鳩沖志染君。ところでさっきの質問の回答だけれど……」

 制服のポケットからメモとペンを取りだした先輩を前に、鳩沖は近くにあった椅子を軽く蹴っ飛ばした。

「オレはアイツと関係ねえよ!」

「君と石尾君が言い争っているところを見たと坂梁君が証言しているんだよ」

「僕の名前を出しちゃだめでしょう」

 噛みつかんばかりの威勢で再び掴みかかろうとした鳩沖から逃げたところで、すぐ傍に立っていた男とぶつかった。鳩沖と争っていた人だ。鳩沖と比べなくても大木な背丈で、その分厚い胸板は僕をしっかりと受け止めた。彼はぶつかってきた頭を見て。

「あのう、ボク、帰ってもよろしいですか」

 と小声で聞いてきたが、返事をする間もなく鳩沖が甲高い大声を上げた。

「一体なにをオレたちより一年多く何を学んできたんだよ、パ・イ・セ・ン。人生の必須科目だっつーに、知らねえの? 諍いなんてなくたって、人は人を殺せるんだよ」

 最近の若者は! と憤慨する先輩を放って、鳩沖はひそひそと話しかけてきた。

「それにしたって坂梁クン。タイヘン、タイヘン良かったじゃないか、アイツが殺されて」

「よいかどうかは置いといて、嬉しくはないな。人が単純に死ぬことは」

「人が複雑に死ぬのは嬉しいのかい?」

 割り込む形で賢木先輩はこちらを覗きこんだ。眼鏡のレンズにべったりと指紋がついている。

「そうですね……嬉しいというより素晴らしいことだと思います。複雑に死ぬというのは、複雑に生きたということですから。ばらされて殺されたために、見栄えの良い人生になったという人もいるでしょう」

「なんて模範的な利他的回答!」

「あれで模範なのでしょうか……というより、ボク、本当にそろそろ……」

 鳩沖は蹴っ飛ばした椅子を元の位置に戻して、改めて椅子を蹴り飛ばした。

「特別な死の方が嬉しいのはけっして、けっして見送るヤツだけじゃねえんだな! これが! 殺る方だって、ただの殴打より拷問してから最後の一撃を食らわせた方が楽しいし、安らかな死体よりばっくりと割れた腹から内臓が飛び出ていた方がやりきった感がある。そしてその死人にはもう口が無いわけだから、惨殺死体の周辺では晴れやかな気持ちの人しかいないんだ。これを良かったと呼ばずにして、何を良いと言うんだ?」

「まあ、なるほど。それなら私も同感するね。良かったとしか言いようがない」

 僕に近づけた顔を離して、賢木先輩は口元を隠しながら鳩沖を見た。

「派手な殺しは証拠が残りやすいからね」

「まだ疑ってんのか、パイセン?」

「先輩に対して横柄な後輩が殺人に関与している確率は八十パーセントでね」

「私怨で雑な数字を出すのはやめてください」

「君も覚えておいた方がいいよ、坂梁君。世の中の動機の九割は私怨だ」

「一割は何なんですか?」

「死刑」

 今度は戻す作業すらなかった。鳩沖は椅子を蹴り倒して何度もその背を踏みつけた後、くるりとこちらを振り返った。

「とにかく、オマエはアイツを殺した犯人に礼を言ったって良いぐらいなんだ、坂梁クン。そうでなきゃ、分かるか? オマエはいずれアイツの短気に殴りつけられて殺されてたぜ? なんたってアイツには罪人の矜持がない。一度でも勇気を出したことのあるヤツは眠っている子羊の首を絞めようとはしねえ」

 彼は僕たちの間を抜けて、カフェテリアから去った。先輩が呼び止めようと足を一歩踏み出したその時、尻ポケットに入れていた携帯端末が震えた。確認するより前に、先輩が携帯端末の画面を見せた。メール、受信日時は今、件名『☆★石尾妙鬼くん殺人事件について☆★』――。

「入学式に校長先生が長々と話されていたことを、君たちはきちんと聞いていたかな?」

 メールには処刑の場所と日程まで書かれている。文面を眺めてからふと視線を上げると、冷やかな様子で笑ってこちらを見ている先輩と目があった。

「罪を犯してもなお裁かれることのない優秀な人間は放免しよう。しかしながら、罪をたやすく看破されてしまうような者を保護する必要はない。極限状態において知恵を絞ってもなお鈍い働きしかしない、将来性のない子どもには処分を与える」


 処刑もとい処分は決行されたのは、石尾の死体発見を報告してから三日後だった。先輩によると殺人の場合は被害者の死因に合わせて殺害するらしい。

 倫理の教育ということで、生徒の処分は学校全体に公開されていた。先輩に誘われるがまま視聴覚室に入る。椅子五行が五列に三段で横並び二セット。百五十人ほど収容できるらしい。既に用意されていたらしい席のほとんどが埋まっていた。それでもまだ少ない方だと先輩は語る。

「首吊り死体はこの学校だと珍しいけど、不運みたいなものだからね。今回の加害者は」

 これが卒業間際の三年生が行った、傑作的な事件であれば視聴覚室の扉が壊れてしまうぐらいに人が押し寄せるんだけど――先輩はそう語って空いている席についた。その隣に腰を下ろす。既に準備は整っているらしく、欠伸をする間もなく死刑中継が始まる。

 白い部屋の中央に、首を吊るのにちょうどよさそうな縄がつるされている。叫んで暴れている鳩沖の姿を見ていたところで、先輩が囁いた。

「ところで知ってるかな、一年生君。この学校では外部に対して生徒の情報が漏れないように配慮されていると同時に、学校内においても生徒の個人情報が暴露されないように配慮されている。特に犯罪歴に関しては」

「ああ、そうですね。犯罪はプライベートに関わるところですからね」

「それに君みたいな何の罪もない一般人や軽犯罪者は犯罪の標的にされやすいんだ。でも弱者が強者に殺されても学校側としては面白くないだろう?」

 天井からつるされた縄とそれを映すカメラはまったく動かなかったので、上下共に黒い服を着た複数の処刑人に取り押さえられてばたばたと手足を動かす鳩沖の動きが、より鮮明に見えた。

「では、なんで鳩沖君は君が一般人であることを知っていたんだろう」

 涙と鼻水で鳩沖の顔はぐしゃぐしゃになっていた。感情的に昂って顔が崩れる鳩沖を見るのは、これで二回目だった。一回目のこともはっきりと覚えていた。処刑人が鳩沖をひっぱるようにしてぐいぐいと縄の前にまで押しやっていった。

「僕が言いふらしたからじゃないですか?」

 会場にいた面々はこれから起こることに期待していた。僕の言葉は先輩の期待を裏切ったらしかった。

「それ、自分で言っちゃうかなあ」

「先輩が僕について探っていたのは分かっていたので」

 暴れる鳩沖を床に転がして、処刑スタッフが殴る蹴るの暴行を加えた。会場は盛り上がりで、近くの人とハイタッチしている人も見かけた。

「最初からおかしいと思っていたんだよ。その日はずいぶんと早かった……他の生徒が登校してきたのもずっと後だっただろう?」

「一度部屋に戻って時間をつぶしていたんですけどね。第一発見者になってしまいました」

 ぐったりとする鳩沖を大柄の処刑スタッフが高い高いと上に持ち上げた。もはや宙に浮いた足をばたつかせることもままならなかった。そのまま首に縄が掛けられた。その瞬間、はっと気付いてまだ抵抗しようとしていたが、大柄の処刑スタッフが勢いよく彼の体を下ろした。

「君は自分が一般人であるという情報を流すことで、クラスメイトが自分を狙うように仕向けた。そうすれば石尾君が自分を守る――という口実を得て、相手に暴力をふるいにいくだろうと」

「まさか返り討ちされて殺されるほど軟弱だとは思いませんでした」

「なぜそんなことをしたんだい?」

「動機マニアなら自分で考察したらどうですか?」

「そう私は動機マニアであって、推理マニアでも動機推理マニアでもないんだよ」

「僕はただ純粋に気になったんです」

 吊られた鳩沖の体がびくっびくっと痙攣した。誰かが息をのむ音が聞こえた。

「僕のために殺したのに、よりにもよって僕に告発される哀れな友の顔を!」

 周囲でまばらな拍手が鳴り響いていた。

「傑作! なんと素晴らしい真実。私は真実を愛している! なぜなら真実で私の手を汚すことなく人を殺せるからだ!」

 知っていますよ、と口の中で答えた。石尾も鳩沖もあなたのことも、一日中張り付いて観察ストーキングしていたから。

「手を汚さないで人を殺せるんでしょうか?」

 拍手が終わり、みなが席を立ちあがる。

「だって犯罪を突き止められたら、処刑なんだよ?」

 僕たちもみなに続く形で立ち上がり、視聴覚室を後にする。

「人が死んだし面白い後輩とも出会えた! 嗚呼なんて素晴らしき安全合法対岸蚊帳の人殺しゲーム!」

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