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カルテ9 吸血鬼と怪鳥 その4

「見える! 僕にも影が見えるぞ! なんか刻の涙とかも見えちゃいそう!」


 部屋の主と思しき白衣のモジャモジャ頭は、非礼極まることに、リリカに気づいた気配は欠片もなく、光り輝く板に貼り付けられた、何やら黒っぽくて薄い板のような物を凝視していた。


 なんとなく不快な臭いが感じられたが、変わった調度品の数々にやや驚いていた彼女は、あまり気にする余裕がなかった。


「心臓に近過ぎたからよくわからなかったのか……こういう時って本当にCT欲しくなるよな〜。どこぞの電器屋でセール品でも売ってないかしら……って、おっとごめんごめん、今終わりますからね〜っと」


 ようやく立ちっぱなしのリリカの存在を感知した様子で、男は薄い板をぺっと引き剥がすと、机の上に置かれた茶色い紙袋に放り込んだ。かつて経験したことのないぞんざいな扱いを受けた彼女は、烈火のごとく激怒した。


「ちょっと! 何様なのよ、あなたは!」


「僕は当本多医院の院長、本多と申します。これでも一応医者でしてね、白衣を初めて着た時なんか自分でもパン屋さんにしか見えなかったんですけどね、ハハハ……」


「ふざけないで!」


「あら失礼、少し場を和ませようとしたつもりだったんですが……ところであなたのお名前は?」


「冗談じゃない、たかが人間ごときに全生命を超越した誇り高き種族のあたしが、わざわざ名乗るわけがないでしょう!」


「でもこの問診票には、『バンパイア・ロードのリリカちゃんじゅうななさいかっこじしょうかっことじる』って書いてありますよ〜」


 いつの間にやら本多は、先ほどセレネースが記入していた紙を手にして、ニヤニヤ笑いを浮かべている。


「あっ、勝手に見ちゃダメっ!」


 焦った彼女は紙を奪い取ろうとしたが、本多の座るローラーのついた椅子がひょいと横移動したため、たたらを踏んでしまった。


 普段であればこんな醜態を晒すことはあり得なかったが、何せ復活したてであり、まだ身体が思うように動かせなかった。それがまた、腹立たしく、悔し涙が出そうになった。


「うがぁっ! 何勝手に避けてんのよこの鳥の巣頭! そもそもあんたの汚い髪の毛見るだけで嫌なやつを思い出すのよ! 一回死になさい!」


「勝手にって言われましても、これは僕の所有物なんですからあげませ〜ん」


「ムキーっ! 乙女の秘密を読んで喜んでるんじゃないわよこの変態がぁ! おのれ、こうなったら貴様の血を吸って、湯上りのワイン代わりに飲み干してくれるわ!」


 怒髪天を突くリリカは、碧眼の双眸を真紅に変じ、牙をむき出しにして襲いかかった。


 通常、バンパイアは何も飲み食いしなくても特に困ることなどないのだが、今回のように大量に魔力を消費したり、破損した肉体を再生した時には、人間の血を摂取して力を回復させる必要があるのだ。見たところ、この無礼な男は首からよくわからない管と金属でできた装身具をかけているが、特に銀製品ではなさそうだし、他に身に帯びている物からも、銀の臭いは感じられない。


「おっと、診察室では暴れないでくださいね〜」


 変貌したリリカと相対しても余裕綽々の彼は、先ほど袋にしまったばかりの黒い薄板をスッと抜き取ると、彼女の眼前に突きつけた。


「ふん、こんな板がなんだってんのよ!……って、きゃぁっ!」


 払いのけようと板に触れた途端、灼けつくような痛みを感じ、彼女は慌てて手を引っ込めた。


「おや、本当に効果あるんだ。まるでゴキちゃんに出くわした女の子みたいな反応で、嗜虐心をそそりますね〜」


「ま、まさか、それって……」


「ええ、このレントゲンフィルムってやつは現像に硝酸銀を使用するんで、微量の銀を含んでいましてね〜、吸血鬼であるあなたの苦手なものだろうと推測しまして、万が一のため、手元に置いておいたんですよ。これって銀が採れるから、保管期限を過ぎた古いものは、業者が引き取ってお金に換えてくれるんですよ〜。もっとも結構な量が必要ですけどね〜」


「知らないわよ、そんなこと! 畜生、下賎な人間の分際で! あ〜ん!」


 ついに、気高き淑女のリリカは、あらん限りの大声を上げて、幼女のように泣き出してしまった。

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