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カルテ82 閑話休題 その14 新月の夜の邂逅(前編) その5

「やれやれ、結局戦わねばならんか。坊よ、なんとかなりそうか?」


 フシジンレオは、ようやく自分の尻の方から背中に這い上がってきたシグマートに尋ねる。


「兄さんの、父さん譲りの大火の護符はよく知ってますし、僕の手持ちの護符で相殺できるかもしれませんが、オダイン先生の実力は未知数ですね。符学院の若手教師ですが、結構な使い手という評判ですし、独自の研究に打ち込んでいるという噂です。正直勝てるかどうか、わかりません」


「なに、こちらは相手の頭の上で地の利があるし、私のクロスボウと少年の護符、それに……遺憾だが、ヒヒジジイの爪や毒針があれば、楽勝だろう。確かその尻尾のトゲトゲは任意で発射できるのだろう、フシジンレオ?」


「出来るが、周りにいる者に満遍なく当たるから、きっとお主も被弾するがええのか?」


「「使えねえ!」」


 マンティコアライダーの二人が声を揃えて絶叫すると同時に、オダインも袖口から黄褐色の札を抜き取った。


「ぬっ、あの護符はいったいなんじゃ?」


「わ、わかりません。僕も初めて見る物です。油断しないでください!」


「よし、あの糸目男は私に任せろ。イーブルエルフを侮辱したことを後悔させてやる」


「さっきから何をコソコソ作戦会議してやがる! 無駄なんだよ! 食らいやがれ、メルカゾール!」


 痺れを切らしたカコージンが、茜色の札を天に掲げ、解呪を唱える。途端に護符から数本の首を持つという伝説の魔獣ヒドラのような幾筋もの炎の柱が出現し、渦を巻いて荒れ狂いながら夜空に向かって燃え上がり、マンティコアとその乗り手たちを焼き尽くさんばかりに接近した。


「相変わらずの間抜けっぷりですね、カコージン兄さん。さっきのを見ていなかったんですか? もう一丁リバオール!」


 憎たらしいくらいのふてぶてしい表情で、シグマートは再びさっと新たな青色の護符を手にすると、のんきに口ずさむ。あたかもタコの触手の如く四方八方から襲いかかる炎の群れに対抗するように、同数ほどに枝分かれした水流が虚空に噴出し、少年の鼻先にまで近づいた火の舌を瞬時に消し去り、余勢をかって眼下のカコージンに降り注ぐ。


「はん、こんな水くらい、逆に心地良いわ……ってアチチチチチチ!」


 小馬鹿にした眼で弟を見上げていたカコージンが、突如黒頭巾を捲り上げ、更には戦艦みたいな金髪のカツラまで脱ぎ捨てると、身体中をかきむしり、大道芸人みたいにピョンピョン地上を飛び跳ね、絶叫する。


「やれやれ、間欠泉の護符と、水の護符との区別もつかないようでは、まだまだ修行が足りませんよ、カコージン・オーラップ先生。もっと相手をよく見て行動しなさい」


 オダインが、呆れたように札を持ったままつぶやく。そういう彼自身は、まだ何一つしようとはせず、呪文を唱える様子もない。


「よくやったシグマート! 残るはあのスカした奴一人。彼の手を札ごと射抜いてやる! てやぁっ!」


 雄叫びと共にミラドールがクロスボウを発射するのと、オダインが厳かに「テトラカイン!」と詠唱したのはほぼ同時であった。夜闇を真一文字に突っ切って稲妻のようにオダインの右手を強襲した矢が、カキンという高い音とともに何者かに狙撃を阻まれ、地面に突き刺さった。


「な、なんじゃあれは!?」


 一人観戦モードで蚊帳の外のマンティコアが、ゴクンと唾を飲み込む。


「あ、あれはガウトニル山脈に生息するというカミナリ鳥!? ま、まさか生き物を封呪することまで出来るなんて……!」


 先ほどの余裕は何処へやら、瑠璃のように青ざめたシグマートがワナワナと唇を震わせる。


「いかん、シグマート、伏せろ! カミナリ鳥は普段は大人しいが、群れに攻撃を加えた者を何処までも追い回し、刃物も通らないほど鋭く硬いくちばしで突き刺すぞ!」


 ミラドールが血相を変えて怒鳴ったとおり、札から飛び出した無数の黄褐色の鳥たちが、その丸っこく鈍重そうな外見とは裏腹に、銀色に輝くくちばしを槍の穂先のようにこちらに向け、彼らめがけて吶喊してくる。


「そうか、あの糸目男、カミナリ鳥の習性を上手く利用して、私に先手を取らせたわけだな、畜生!」


「フシジンレオさん、ここはひとつ、尻尾を巻いて逃げましょう!」


「ってもう遅いわ!」


 慌ててミラドールが矢をつがえ直すも間に合うわけもなく、絶望を運ぶ死の天使の群れは、生贄の獅子たちに一斉に襲いかかった。

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