カルテ700 石剣のバレオン その1
「さて、だいぶ雪も溶けてきたし、今日こそやるとしようか……あまり気が進まないが」
カイロック山の山荘の食堂でテーブルについて熱い紅茶を飲みながら、赤いパジャマ姿のセイブル・バルトレックス男爵は爽やかな朝には似つかわしくない陰鬱な口調でつぶやいた。ちなみに最後の言葉はすごい小声である。
「あら、とうとうやる気になりましたか、あなた?」
向かいの席に座る同じくパジャマ姿(緑色だが)のコンスタン夫人は対照的に明るい声を上げた。
「まあ、確かに別荘の近くに無数に白骨死体が転がっているのって嫌なもんだしなぁ……はぁ」
彼はため息を吐きつつ窓の方に目をやる。外は残雪はいくらか見られるものの、あらかた地表は顔を出し、秋の草花もちらほら見受けられる。そして辺り一面に古びた鎧や剣、そして骸骨戦士の屍が散らばっており、ちょっとした戦場跡の様相を呈していた。
「これじゃあお客様を呼ぶことも出来ませんしね」
「人間性を疑われるのが落ちだろうしな。それにしても、ダオニールが残っていてくれたら良かったんだがなぁ……最近腰もちょっと痛いんだよ」
愚痴をこぼしながら男爵は紅茶のカップを覗き込む。あの優秀な老執事は、雪の止んだ夜にいとまごいをして、少女や少年と共に立ち去ってしまった。今頃はいずこの旅の空の下だろうか。
「泣き言を言っても始まりませんよ。フィズリンだって協力してくれますし、毎朝こんな景色を眺めるのはもううんざりですから、さっさと片付けてしまいましょう! 大丈夫、力を合わせればすぐ終わります! いいですね、あ・な・た!」
「はいはい、わかりましたよ……」
夫人の火力強めの叱咤激励を受け、ぼんやり座っていたセイブルは、ようやく重たい腰を上げた。
彼の弟であるレルバック・バルトレックスが冬の護符を発動させて死亡してから早一か月の日々が過ぎていた。




