カルテ689 怪球カマグ(前編) その77
「もうさっぱりわからねえよ……お手上げだわ、団長さんよ。白旗上げて降参だ」
覇気を失い弱々しくも何とか喋る彼を、ヒュミラは面白そうに見つめながら、ティーカップを置いた。
「いいか、よく聞けケルガーよ、先程のホーネルとの戦いの様子からもわかる通り、お前は決して馬鹿ではなく、むしろ知略を尽くして相手を倒すのが上手いタイプだ。しかしながら将たる者はそれだけでは務まらん。古今東西のありとあらゆる知識を身に付け、それを自由自在に使用できてこそ一人前の指導者と言える」
説教を続けながら彼女は傍らに置かれた魔封剣を眺めやった。
「例えばこの剣ハラヴェンには先も述べたように風の魔法が施されている。そのようなにわかには信じがたい不思議な品々が世の中にはごまんとある」
「……」
黙って大人しく傾聴していたケルガーだったが、彼女が何を言いたいのかがだんだんわかってきた。要は、何らかの魔法アイテムを使用した、ということなのだろう。
「ちなみにグラマリール学院長の密かな趣味に小物作りというものがあってな、まるで店で売っている商品のようにそれはそれは素晴らしい出来栄えだったぞ」
「おい! いきなりいきなりどういうことだってばよ!?」
いきなり話が180度違う方向にすっ飛んで行ったので、ケルガーは思わず立ち上がって突っ込んだ。
「まぁ、そう興奮するな。人間には誰しも他人には知られたくない様々な趣味嗜好があるものなのだ」
「いやそりゃわかるよ! 俺だっていろいろ変なその手の本を実家のベッドの下に山ほど隠し持っていたし!」
「「「貴様の性癖なんぞどうでもいいわ! ていうか知りたくもない!」」」
「童貞副団長殿は黙ってくれ! でも今そんな話の流れじゃなかっただろう!」
「黙るのはお前の方だ、ケルガー。ここからが本題だぞ」
渋面を作ったヒュミラが、まだ握りしめていたティーカップを勢いよく机に叩きつける。幸い割れることはなかったが、ピキッという嫌な音が走った。




