カルテ688 怪球カマグ(前編) その76
「さすがに秘書の仕事は全身鎧を着て顔を隠して出来るような代物じゃねえだろうが! てかもしそうだったらどんなマニアックな職場だっつーんだよ!?」
冴えわたるケルガーの突込みはこの地に吹く烈風のごとくヒュミラに切りかかるも、彼女は軽く微笑み返しただけで、残った紅茶を一気に飲み干した。
「どうなんだよ!? 答えられないからって胡麻化さないでくれよ団長!」
「フフ……じゃあ逆に聞くが、どうやっていたと思う、ケルガー?」
ヒュミラは質問に質問で答えながら、謎めいた微笑を浮かべ続けていた。
「うーむ……」
ミノタウロスは一旦深呼吸して頭を夜の冷気で冷やしながら、愚直に熟考する。時間なら腐るほどあった。
(よく考えたら、そもそもこの人ってこんな僻地で俺の監視なんかしている場合じゃない気がするな……)
実際こうやっている今も彼女の二重生活、否、もはや三重生活が機能しているとするならば、何か意表を突くような上手い仕掛けが存在するはずだ。例えば……。
「わかった! ヒュミラ団長は実は双子……いや、もう一人おまけで三つ子だったんだ! どうだ、俺の名推理は!?」
「……」
「「「……」」」
ケルガーは凄いドヤ顔で自信満々に人差し指を上司に向かって突き付けるも、室内の空気は氷点下の外よりも冷え切ったかのように思われた。
「アホかボケ牛がぁ! 残念ながら私は双子や三つ子どころか天下無敵の一人っ子だ!」
「「「ギャハハハハハハハハ! 腹が痛ぇ! さっすが名探偵だぜ!」」」
「あっ、そう……」
ワンテンポ置いた後、二人に怒鳴られアンド嘲笑され、さしものミノタウロスも一瞬心が折れそうになったが、何とか持ちこたえた。
「で、でもよ……そっくりさんじゃないんなら、他にはもうまったく思いつかないぜ。幻覚や催眠術でも使っているっていうなら別だけどよ……」
「まあ、この問題はちょっとお前には難しすぎたかもしれんな。何しろ私も実際に見た時には驚きのあまり魂が抜け出そうになったものだ」
「?」
謎は更に深まるばかりだった。




